麗色

森田義一

第一章 邂逅

#1 始まりの朝

 寒い。肌で直接感じる空気の冷たさよりも先に「寒い」という感情が押し寄せてくる。もう12月であと一か月もすれば今年も終わるのかなどと頭の中で考えたりしながら布団を自分から剥ぐ。この時期は布団から出られただけでも褒めたたえられるべきではないだろうか。そんなどうでもいいことを考えながら朝の支度をする。今日は体育の授業があるので体操服を持っていくのを忘れてはいけない。模試の申し込み期限はいつまでだったか、など忘れてはならないことは思い出せばきりがない。あくまで思考を優先させながら朝ごはんを食べ、制服を着て支度し、家を出る。今日は購買でパンでも買って食べようか、でもお金がないから1つだけにしよう。そんな悲しい決断を下しながら学校へ向かう。英単語帳を持つ手が悴む。今、手が悴むのと受験本番で点数を落とすことを天秤にかけ、英単語を覚えることを選んだ。

 教室に到着し自らに割り振られた座席に着席する。管理されている感覚が生徒である僕らの側にもひしひしと伝わってきてそれだけで朝の登校のこの時間はいつもげんなりする。友人の山本にこの前貸した日本史の資料集を返してもらうため、声をかけた。

「この後の一時間目で資料集使うらしいから返して」

「あー、そういえば返すの忘れてたな。ほいよ。ありがとな。」

そうして目当てのものを返してもらうと僕は何事もなかったかのように自分の席に戻り朝礼が始まるまでの時間を終礼時のテストの勉強に費やした。勉強している最中にふとロッカーに教科書を置き忘れていたのを思い出した。今すぐに必要というわけではないが確実に覚えている今のうちにやっておかないとまた忘れてしまって今度は僕が山本にお世話になってしまうかもしれないなどと考えていると僕の足は無意識にロッカーへ向かって動いていた。

 ロッカー付近には登校し急いで自教室に向かう生徒たちの焦る気持ちと彼らの吐く荒い息で気温は低く、寒いはずなのに暑苦しく感じた。そんな彼らを横目に僕はロッカーへ向かい教科書を手に取った。ロッカールームにはこの学校の過去の卒業生が描いた絵が飾られている。その絵は京都のとある寺院の仏像をモチーフにして描かれているみたいだがそのことについて興味も朝礼までの時間もなかったので特に何も考えることなく僕はただ教室に戻ることだけに意識を向けた。ロッカールームから教室までは少し距離があり、廊下を走ってはいけないと頭では分かっているが歩いていると間に合わないと思い駆け足で戻ったため、息が上がった状態で教室に着いた。ただ教科書を取りに行っただけなのにまるで世界大会で走り切ったアスリートのような心持で水分補給をし、呼吸を整えた。

 そうこうしているうちに朝礼が始まり、担任の教員が連絡事項を機械の音声ばりの単調で抑揚がなく、聞き手の睡眠を促すような読み方で読み上げるが、加えて滑舌が悪い。こんなのを聞くくらいなら、メールか何かで伝えるかプリントを教室に貼っておいて各自読んでおくよう言っておく方がよっぽど合理的だろう。こんな生産的でないことを考えるということに時間を浪費していると一時間目の日本史の担当の教員が教室に入ってきて準備を始めた。ほどなくしてチャイムが鳴り、日直が号令をかける。教員が感染症対策と称して換気を執拗に行うせいで入ってきた寒い空気と暖房器具により暖められた空気、そして生徒たちの嘆息とそこに含まれる様々な感情が入り混じった教室で一時間目の授業が始まった。

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麗色 森田義一 @sho_0920

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