お前に悪でいてほしい

ポメル・ノベル

第0話 プロローグ 

●プロローグ


 悪である。白髪の少女は目の前に立つ黒髪の少女を見て、ただそう思った。



 赤い炎が轟々と燃えていた。

 炎と、その炎に呑まれた人間が数多存在する光景は正しく地獄のようだ、と白髪の少女は思った。その中でたったひとり、平然と立っている者がいる。

 黒だと思った。同時に、赤だとも思った。

 黒の髪と赤い羽織、そして何より炎のように赤い瞳を持つ――幼い少女だった。


「……悪だ」


 ぽつり、と誰にも聞こえないような声で白髪の幼い少女は小さく呟いた。その声には、本来この光景を見た常人に乗せられるべき感情が欠片も存在しない。

 つまるところ嫌悪も憎悪も敵意も軽蔑も、何もない。ただあるのは――。


「誰よりも、悪だ……」


 白い少女の薄い琥珀色の瞳に炎が侵食する。炎は琥珀色の瞳と混じり合い、その色を赤と橙色へ変貌させる。

 彼女の瞳の中には、驚愕と安堵と期待と、そして確かに歓喜があった。胸の内にぽっかり空いた穴を埋めるように、黒い少女は白い少女の胸の内を満たしていた。

 黒い少女が呟くように「『フレイム』」と発する。その瞬間、彼女の片手から発生した炎が全てを呑みこみ、彼女ごと奪い去った。

 離れていってしまう彼女の腕をどうにかして掴もうとしたが、彼女は炎と煙の中に消えた。


 それからどれほど時間が経っただろうか。白い少女の目の前には僅かに残る炎と焼け焦げた骸の残骸があった。

 けれど、少女にそんなものはもう見えていなかった。未だかつて感じたことのない高揚感が白い少女の内側を駆け巡っていた。炎に灼かれたかのように、全てが熱いと感じていた。

 あの闇の底に沈んだように暗く、されど鮮やかな血のように赤い瞳が、今も脳裏に浮かんでは消えてくれない。きっともう、永久に消えないのだろう、と心のどこかで彼女は思った。


 あの瞬間、白の少女にとって黒の少女は、正しく、まさしく、悪であり――救いであったのだ。



 そしてその救いの名を、炎咲日暮といった。

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