世界一かわいい(自称)幼馴染みの天堂さんはクーデレ街道をひた走る
スズシロ
世界一かわいい(自称)幼馴染みの天堂さんはクーデレ街道をひた走る
天堂さんは可愛い。とてつもなく可愛い。
流川高校3年2組、出席番号21番の天堂桃香はクラスのアイドルだ。恐ろしく艶のある長い黒髪、きりっとした目元に涙ぼくろ、とてつもなく整った顔立ち、そして他者をも寄せ付けない
成績優秀、頭脳明晰。才色兼備でお金持ちなお嬢様。非の打ち所がないとはまさにこのこと。クラスどころか学園の華、世界に誇る天才。そう言っても過言はない。
「天野君、何ぼーっとしてるの。早くプリント取って」
いけない、ついぼんやりとしていた。
前の席に座っている天堂さんが冷ややかな目でこちらを見ている。慌ててプリントを受け取ると天堂さんはムスッとした顔で前を向いた。
「お前、今日天堂さんに睨まれてただろ」
「見てたのか。あの冷たい眼差しがたまらないんだ。羨ましいだろう」
「……変態だな、お前。でも正直羨ましいよ。天堂さんの後ろの席だなんて」
昼休み、いつものように友人と昼食をとる。横川は一年生の時からの友人で、天堂さんファンクラブの同志だ。
俺が天堂さんの後ろの席になった時、一万円払うから席を変わってくれと懇願してきた筋金入りの天堂ファンである。
「毎日天堂さんの美しい御髪を拝めるんだろ? 良いよなぁ」
「たまに髪を編みこんでくる時があるだろ? その日は一日天堂さんの美しいうなじを拝めて最高なんだよ」
「はぁ? ズルいぞ! やっぱり一万円で譲ってくれよ~」
「嫌だね! 運も実力の内って言うだろ? あの席は神様が俺に与えたもうた席なのだよ。ハッハッハ」
どうだ。羨ましいだろう。そうだろう。
悲しいかな、成績も容姿も横川に完敗している俺にとって、これくらいしかマウントを取れることがないのだ。許せ、横川。
「男子ってそういう話ばっかだよね~、きっもー」
ふいに横から辛辣な言葉が降りかかって来た。
登 初音。ギャルだ。
「うなじがどうとかキモくない? 天堂さんもなんとか言ってやりなよ」
「……」
登と一緒に弁当を食べていた天堂さんが手を止めた。
そう、俺たちは天堂さんの真横で堂々と変態じみた話をしていたのである。
「別に、どうでもいいし。というか、天野君ってそういうのが好きなんだね。変態」
軽蔑したような、冷たい刺すような視線。
心からどうでもいい。興味がない。そう言いたげな目だ。ああ、これだよこれ。これこそ天堂さんの真骨頂。数ある魅力の中でも最も魅力的な所だ。
この冷たさの裏には「デレ」が隠れているに違いない。
そう、天堂さんは所謂「クーデレ」に違いないと俺は踏んでいるのだ。
思わず口元がニヤリと緩んでしまう。そんな俺を横川と登はドン引きしたような目で見ていた。
「キモイ」? ああ、そうとも。そうだろう。ハッキリ言おう。俺は変態だ。
常にすました顔をしている品行方正な天堂さんがクーデレであるという妄想を常日頃24時間365日している。妄想? いや、天堂さんはクーデレに違いないのだ。
『別に、どうでもいいし。というか、天野君ってそういうのが好きなんだね。変態(明日は髪を纏めてこようかな。……別に、天野君のためじゃないんだから!)』
心の中で副音声を再生し、悦に浸る。最高だ。どんなに天堂さんに冷たくあしらわれようとも、俺には全てがご褒美に感じた。
「なんか天野って一つ上の世界に居る気がする……」
「そうか?」
「なんというか、キモイよね……。冷たくされて喜んでるし! 自分がどういう顔してるか鏡で見たことある?」
「まぁ、俺にとってはご褒美だからな!」
「ご褒美?」
しまった。心の声が口から出てしまった。
天堂さんは不可解そうな顔をしていた。そしてしばらく考えた後、何かを理解したのか「ご褒美……。ふーん」と表情一つ変えずに呟いた。
翌日、驚くべきことに天堂さんは髪の毛を編み上げた姿で登場した。そして何事もなかったかのように平然と俺の前の席に座る。俺の席からは日焼けしていない真っ白なうなじが丸見えだ。
え? まさか俺に気がある?
そんな錯覚をしてしまいそうだった。
だって昨日の会話からのこれだぞ。勘違いするなという方が無理だろう。俺の視線は天堂さんのうなじに釘付けだった。
「おはよう、天野君」
天堂さんが急に振り向いたのでばっちり目があってしまう。うなじを凝視していたのがばれたかもしれない。そんな焦燥感を隠すように、出来るだけ平静を装って返事をする。
「て、てて天堂さんおはよう」
てて天堂さんってなんだよ。思い切り動揺している。
それでも天堂さんは一切表情を変えなかった。流石天堂さんだ。
「今日はいつもと違う髪型だね。どうしたの?」
これ以上攻撃を受ける訳にはいかない! 会話の流れを掌握するためにこちらから本題に切り込む。
「なんとなく気分転換。……別に、天野君の為じゃないから」
ウワーーーーーッ!!!
凄まじいクーデレの波動を受けて俺は一瞬失神した。いや、意識が飛びそうになった。
心なしか、天堂さんの頬が少し赤い気がするが気のせいか? やっぱり天堂さんはクーデレなのでは? クーデレ道の正統後継者なのでは? クーデレ免許皆伝なのでは??
「そ、そうなんだ。似合ってるよ」
流石にうなじが見えて良いですねとは言わない。俺は紳士だ。今俺が出来る最大限の返しをパンクしそうな頭をフル回転させて絞り出した。
天堂さんは何も言わずに前を向く。
ドッドッドッと心臓が凄まじい勢いで鼓動しているのが分かった。俺は今、とても気持ちが悪い顔をしている気がする。
「うわ、天野の顔気持ちわるっ」
登校してきた横川が硬直している俺の顔を覗き込んで叫んだ。
◆
俺と天堂さんは幼馴染だ。クラスの男連中からはズルいズルいと言われるが、正直幼馴染という絶対的立場の恩恵はあまりうけていないように思われる。
というのも、俺が天堂さんと一緒だったのは幼稚園までで、天堂さんは小学校に上がると遠くの町へ引っ越してしまったからだ。
だから高校に入って天堂さんを見た時は周囲に心配されるほど大声を出して驚いた。あの超絶美少女を俺が見間違えるはずないからだ。
幼稚園の頃から天堂さんは美少女だった。
クラスの中でも光り輝いていた人気者で、発表会ではいつもお姫様。男子たちの憧れの的で、女子にはよく僻まれていたっけ。天堂さん一人いるだけでクラスの人間関係はドロドロだ。
「ましょうのオンナってああいうこをいうのよ!」
と女子たちが井戸端会議をしていたのを見た時は震えあがったな。幼稚園児でも女は女だ。
幼稚園の頃から俺は地味で目立たない男だったから、勿論天堂さんとの接点はあまりなかった。「おはよう」「さようなら」の会話をするだけの日がほとんどだったし、天堂さんの周りには常に誰かが居たから一緒に遊ぶ機会が無かったのもある。
だから「幼馴染」というには薄すぎる、「幼稚園の頃の知り合い」という程度なのだ。
だが、驚くべきことに天堂さんは俺のことを覚えていた。
「天野君、変わってないね」
高校の入学式で出会った時、彼女は一言そう言ったのだ。
あの天堂さんが俺のことを覚えていてくれた。幼稚園の教室の隅でいつも一人絵を描いていた俺のことを覚えていてくれた。
そのことがあまりにも衝撃的で、俺はその瞬間天堂さんの虜になってしまったのだ。俺はチョロい男だ。
一方、天堂さんはというと俺のことなど一切気にしていない様子だった。所謂「眼中にない」というやつだ。
幼稚園からの仲だからと言って親し気に話しかけてくれるわけでもないし、幼稚園の頃に先生に無理矢理呼ばされていた「りっくん」という愛称で呼んでくれるわけでもない。
むしろ「知り合いではありません」オーラが凄かった。
そうだよな。「俺たち幼稚園からの知り合いなんだよ!」なんて言われたら「何言ってんだこいつ」ってなるよな。俺たちもう高校生だし。
天堂さんは入学してすぐに学年の噂になった。
勉強も運動も出来る品行方正な世界一の美少女だ。噂にならない訳がない。あっという間に人に囲まれて、結局その流れで俺と天堂さんが同じ幼稚園出身だという事がバレてしまった。
男たちには「幼馴染」というフレーズが強烈だったらしくしばらく煩く言われたが、天堂さんの俺に対する態度が「幼馴染」に対するそれではないと気付くと誰も何も言わなくなった。
嬉しいけど、悲しいよ。
そんなこんなで何もないまま二年が過ぎ、三年目に突入して今に至る。
俺と天堂さんは相変わらず普通のクラスメイトだ。普通、そう普通の。
「オレ達さー、大学生になったらバラバラになっちゃうんだよな」
ある日、横川が唐突にそんな事を言いだした。
「そりゃそうだろ。みんな別々の大学受けるんだからさ」
「なんか悲しいよな。天堂さんともお別れだぜ」
「え?」
「天堂さん、京都の大学目指してるって」
初耳だった。
聞けば、天堂さんの祖父母が京都に住んでいて今も両親は祖父母の家で同居しているらしい。つまり、天堂さんはこの高校に通うために一人暮らしをしているようだ。
そんなの初めて聞いたぞ。てっきり、両親の転勤か何かでまたこっちに戻って来たのだとばかり……。
「知らなかったよな。一人暮らししてるってことは先生に口止めしてたらしい。両親が戻ってこいって言ってるから京都の大学を受けるって話してるのを山田が偶然聞いたんだって」
「……そうなのか。じゃあ、もしも受験が成功したら天堂さんに二度と会えなくなるかもしれないってことか」
「大げさすぎないか? 会いに行けばいいじゃん」
「会ってくれると思うか?」
「……無理だな」
「忙しいから」とか何とか理由をつけて断られる未来が見える。
冬が明けて春が来たら天堂さんがまた遠い所へ行ってしまう。急に突き付けられた事実に俺は激しく動揺した。また会えなくなるなんて思っていなかったから。
「ええ、本当。京都に戻ってこいって父が言ってるから、京都の大学を探しているの」
放課後、さり気なく天堂さんに聞くと彼女はあっさりと認めた。
俺ががっくりと肩を落とす。夢であってほしかった。
「いきなり何? 誰から聞いたの?」
「横川だよ。横川は山田から聞いたって」
「そう。びっくりさせて悪かったわね。でも、元々そのつもりだったから」
天堂さんは顔色一つ変えずにそう言ってのける。
「元々そのつもりだった」という言葉がチクリと胸に刺さった。もしかしたら、何も言わずに京都へ行ってしまうつもりだったのか?
いや、待てよ。別に俺は天堂さんの彼氏でも親友でも何でもない。天堂さんが俺に京都へ行く事を伝える義務も理由もないじゃないか。
つまり、天堂さんは何も悪くないのだ。俺は天堂さんにとって道端の通行人と同じ、いや、道端の雑草と同じような存在。
天堂さんが俺にとって世界一の美少女だとしても、俺は天堂さんにとって日常の景色の一部でしかない。
「なんだか寂しくなるな」
「え?」
「もう卒業したら今みたいに会えなくなるんだろ?」
「……そうよ」
天堂さんは長い髪をかき上げる。夕日に照らされたつややかな髪を細い指で耳にかける仕草がなんとも色っぽい。
「でも、会いに来ても良いのよ?」
「ん?」
「別に、会えない距離じゃないでしょう。難しい事じゃないわ」
ん???
一瞬、思考が停止してしまった。これは何だ? もしかして、「会いに来て」って言ってる? 俺に? 天堂さんが?
ハッハッハ、そんなことある訳ないじゃないか。都合のいい解釈をしては天堂さんに失礼だ。
「でも、俺なんかが会いに行っても天堂さんは嬉しくないだろうし……」
「……そんなことない」
「天堂さんにあっちで彼氏が出来たら彼氏に申し訳ないし?」
「作らないわよ、そんなもの」
「お金無いし?」
「言ってくれれば新幹線のチケットを送ってあげる。うちに泊まれば宿泊費も無料でしょう」
「て、天堂さんのお家にお泊り!?」
「構わないわ。両親も久しぶりに天野君に会いたがっていたし」
え? え? 記憶が確かなら、俺、天堂さんのご両親に2,3回しか会ったことないんですけど?
幼稚園の授業参観や運動会の時に母が挨拶している後ろでもじもじしてただけなんですけど?
そもそもうちの親と天堂さんの親ってママ友でも親友でも無かったはずなんですけど?
「なんなら、天野君も京都に来たって良いのよ」
「いや! 俺天堂さんと同じ大学に入れるくらい頭良くないよ!?」
「別に同じ大学に入る必要はないでしょう。一体いくつ京都に大学があると思ってるのよ。馬鹿?」
いかん、天堂さんのペースに飲まれている。これではいけない。というか、天堂さんってこんなにボケるキャラだったっけ? いつも真面目でクールビューティー、嘘や冗談は言わないイメージだったのに意外だ。
「……もしも京都に来るなら、うちに下宿しても良いけど」
「エッ!!!!」
俺は廊下どころか二つ隣の教室にまで聞こえていそうなくらい大きな声を出した。
そ、そ、それって……
「同棲はマズイよ! ほら、俺って健全な男子だし? 天堂さんみたいな見目麗しい品行方正な美少女と一緒に居たら何するか分からないよ? 危ないよ?」
「年齢相応成長をしているということね。問題ないわ」
「え」
「……お風呂上りにうなじを見る位なら問題ないわ」
「は?」
「見られて減る物じゃないし」
おいおいおいおい。これは夢か?
俺は思わず自分の頬っぺたをつねった。痛い。夢じゃない。
俺は今、確かにこの現実世界で天堂さんに同棲しないか(実家)と誘われているのだ。そんなことがあって良いのだろうか?
一生分の運が巡って来たとか、ドッキリだったとか、いつの間にか並行世界に移動してしまったとか、そういう仕掛けがあるんじゃないかと疑ってしまう。
いや、別に一生分の運を使い切ってしまっても良い。
宝くじが5億円当たるより天堂さんと同棲して毎日風呂上りにうなじを拝ませてもらえる方がずーーーーーーっと良いし幸せにに決まっている。
『お風呂、上がったわよ。さっさと入って』
風呂上りで火照った顔で天堂さんが言う。
濡れた髪をまとめ上げ、髪の毛を乾かしている姿を後ろから眺める。ルームウエアの襟からチラリと見えるうなじ。
その魅惑の三角地帯に見惚れていると
『早く入って。お湯が冷めるでしょ』
と天堂さんに怒られるのだ。……うん、悪くない。
いや、そういう問題じゃないだろ!! どう考えても天堂さんはおかしい。
普段の天堂さんなら「同棲しよ♡ お風呂上りにうなじも見て良いよ♡」なんて例え罰ゲームだとしても言わない。むしろ、「まだ若いのに同棲なんて不埒な」とでも言うイメージだ。
どうした? 体調でも悪いのか?
俺は天堂さんの身体を足のつま先から頭の先まで観察した。うん、いつも通り世界一かわいい。異常なし。
じゃあ頭でも打ったとか……。
「ちょっと! 何固まってるの?」
フリーズして動かないに業を煮やしたのか、天堂さんはムッとした様子だ。
「ご、ごめん。いや、天堂さんの様子がおかしいからどうしたのかなって。何か悩み事でもあるの? 俺で良ければ話聞くよ?」
天堂さんを刺激しないように恐る恐る尋ねると天堂さんはしばらく何かを考えた後大きくため息を吐いた。
あれ? 俺、何かまずい事を言っちゃった?
「幼馴染なのに、どうして分かってくれないの」
「……え?」
「私達、幼馴染でしょ?」
「いや、幼馴染って言っても幼稚園のクラスで一緒だっただけだし」
「……」
天堂さんは大きく目を見開くとそのまま動かなくなってしまった。口をぽかんと開けて茫然自失状態だ。そ、そんなにショックを受けるようなことなのか?
「じゃあ、幼馴染だって思っていたのは私だけだったってこと?」
天堂さんの大きな瞳にみるみるうちに涙が溜まる。やばい、天堂さんを泣かせてしまった。
どうやら天堂さんは本気で俺を幼馴染だと思っていたらしい。一体あの幼稚園生活のどこにそう思い込む要素が合ったのか分からないが……いや、俺の認識が間違っていた。きっと俺たちは正真正銘の幼馴染なんだ。
「いや、俺たちは幼馴染だよ」
「……良かった。私の勘違いだったらどうしようかと思った。じゃあ同棲しても問題ないわよね。幼馴染だし」
「なんでそうなるの!? やっぱり変だよ、天堂さん! 一体どうしちゃったんだ!?」
天堂さんはふいと目を逸らす。スカートをぎゅっと手で握りしめ、口をきゅっと結んで肩を震わせている。
「私、京都に帰ったらお見合いをするの」
「へー……って、お見合い!?」
「父が見繕った男性と」
流石お嬢様。天堂さんはお金持ちだから、きっと相手の男もお金持ちで容姿端麗、長所だらけで短所がないパーフェクトヒューマンなんだろうな。眩しいぜ。
「実は、お見合いをする条件として高校生活の間だけこの街に戻ることを許して貰ったのよ。だからどっちにしろ卒業したら京都に戻らないと行けないの」
「じゃあ、尚更俺と同棲なんて出来ないじゃないか」
「お見合いはするけど受けるつもりはないわ。相手の方には悪いけど……」
「じゃあ、どうしてお見合いなんか」
「どうしてもここに来たかったから。こうでもしないと、この高校に通えなかったから」
「そこまでして、どうしてまたこの街に戻って来たんだよ」
「それは……」
天堂さんはチラッと上目使いで俺の方を見た。そして何か言いたげな表情で黙りコクってしまった。
「……天野くんはもう、ももちゃんって呼んでくれないの?」
しばしの沈黙のあと、天堂さんの口から出てきたのは予想だにしない言葉だった。
今何て言った?
ももちゃん。確かに天堂さんはそう言った。
「ももちゃん」とは幼稚園での天堂さんのあだ名だ。園児の仲を深めるために先生に無理やり呼ばされたニックネーム。
確か俺は「りっくん」だったな。名前が律だから。
いや、待て待て。なんで今そんな話をするんだ? 天堂さんとは同棲の話をしていたはず……。
その話に「ももちゃん」が関係あるというのか?
「え、だって……俺たちもう高校生だし」
天堂さんは「ガーン」という効果音が聞こえてきそうな顔をした。
「な、なんで? 私達幼馴染でしょう? あだ名で呼んでも別に不自然ではない思うわ」
「あれは先生に強制的に呼ばされたあだ名だったから……」
「えっ」
「え?」
なんだ、その反応は。
「入学式の時、久しぶりに会ったのによそよそしくて『天堂さん』なんて他人行儀な呼び方をしたのって、もしかして私の事を覚えてなかったから?」
「いや、覚えてたよ! 覚えてたけど、昔から天堂さんってみんなの人気者で高嶺の花って感じだからさ! 俺とは別の世界の人と言うか、幼稚園でも遠くから見てるだけだったし? だから馴れ馴れしくするのも変かな~って」
「そう。じゃあやっぱり幼馴染って思っていたのは私だけだったのね。さっきは気を使ってくれてありがとう」
天堂さんは涙を拭うを教室の出口へ向かって歩いて行く。
え、待って。このまま帰っちゃうの? 明日どんな顔をして会えばいいんだ!?
頭の中で色々な考えを巡らせる。いや、このままでいいのか? 天堂さんは何か言いたい事があったんじゃないのか? だってさっき、何か言いたげにしていたから。
「ももちゃん!」
天堂さんの腕を掴んで引き留める。もう、これしかない! どうとでもなれ。
「……もういいわ。全部私の勘違いだったの。忘れて」
「忘れられるわけないだろ! 世界一かわいい天堂さんが困ってるのに! 何か言いたい事があるなら言ってくれよ!」
「……」
夕暮れの教室で、俺と天堂さんは向かい合った。誰も居ない、静かな教室の中で。オレンジ色の夕日が差し込み、俺の影が天堂さんに重なる。天堂さんの表情をうかがい知る事は出来なかったが、掴んだ腕は震えていた。
「私、貴方に会うためにこの街に来たの。昔、結婚の約束をしたのを覚えてる? 『おおきくなったらけっこんしてください』って言ってくれて嬉しかった」
その刹那、俺の脳裏に当時の記憶が蘇った。
確かあれは幼稚園の年長さんだった頃、おませな園児たちの間で「けっこんごっこ」が流行ったのだ。人数合わせで強制参加させられた俺は女子に命令されて天堂さんにプロポーズ(の真似)をしたのだ。
え、まさかそのことを言ってる?
でも、それ以外に天堂さんにプロポーズなんてとち狂った真似をした覚えは無いし……。というか、幼稚園以降高校に入るまで一度も会ってないし。
「もしかして、幼稚園の時の話してる?」
「そうだけど」
やっぱりー! 念の為確認したが合っているようだ。
「それで、お見合いの話が出た時に天野君に合わなきゃって。父に頭を下げて三年の猶予を貰ったの」
「でも、それにしては俺に対して冷たい態度だったじゃないか」
「さっきも言ったけど、天野君がよそよそしい態度だったから忘れてるのかなって思って。……ももちゃんって呼んでくれないし」
うん、忘れてた。というか、幼稚園の時のプロポーズごっこを真に受けるって大丈夫か……? でもその時の約束(?)をずっと覚えていてくれたなんて、天堂さんは可愛いなぁ。
いや、そうじゃなくて!
流石の俺でもドン引きだ。天堂さんは純真無垢すぎる。天然? 清楚? そんなものじゃない。
と言うか、そんなことを三年間ずっと考えてたの?? あの高嶺の花な態度を取りながら頭のなかでずっと「ももちゃんって呼んでくれないな」って思ってたの??
俺のためにわざわざ京都から引っ越してきたの??
俺は、情報の渦の中でもがき苦しんだ。あまりの情報量の多さに頭が考えるのを止めてしまったのだ。
「天野くんは、私がどこの誰とも知らないおじさんと結婚しても良いの?」
え、なにそれ。相手がおじさんなんて初耳なんですけど。てっきり天堂さんに釣り合うような世界一のイケメンだと思ってたよ。
「よ、良くはないけど」
「……じゃあ、京都の大学受けてよ」
「今からじゃ無理だよ!」
「そこは私が何とかするから安心して」
天堂さんは表情一つ変えずに言う。怖いよ。
「それとも、私は天野くんにとってその程度の存在だったっていうこと?」
究極の質問だ。正直、俺は天堂さんが幼馴染みだと思い込んでいるただのクラスメイトなのだ。
確かに天堂さんはかわいい。世界一かわいい。真っ直ぐ伸びた艶のある黒髪にしなやかな肢体。
滅多に笑わない冷静な所も、たまに見せる国宝級の笑顔も、神が作りたもうた最高の創造物だとしか思えない。
俺は天堂さんが好きだ。だが、その好きは憧れであって……
「もう、はっきりしなさいよ。……りっくんのバカ」
少し言葉を溜めた後、恥じらいながら上目使いで放たれたその言葉は俺の心の臓を貫いた。
まるで稲妻のような衝撃。頭から指先までビリビリと走り抜けたそれを、後に俺は「天堂インパクト」と名付けた。
やっぱり天堂さんは最高だ。天堂さんは世界一の美少女。天堂さんLOVE IS FOREVER。
世界一かわいい(自称)幼馴染みの天堂さんはクーデレ街道をひた走る スズシロ @hatopoppo
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