第3話『出会い』


 私は、家に帰った。

 小さな部屋の中に漂う静寂が、心に重くのしかかる。

 龍一との記憶や彼の両親との会話……何度もぐるぐると頭の中で回り続ける。

 会社も辞めて、実家とは連絡がつかなくなった……

 でも、これが私の「現実」なのだと思うしかない。


「……ごめんね」


 暗い部屋でぽつりと呟く、いっそのこと楽になりたいと思ってしまう。

 私が死ぬ事で全て償えるなら――そして、向こうにいる龍一に謝ってまた一緒に過ごしたい。


――ピンポーン


 すると、インターフォンが鳴る。


「誰……?」


 こんな私に訪問なんて……インターフォンの画面を見ると、スーツを着た綺麗な女性が笑顔で立っていた。


「初めまして〜♡ 深坂さんですか? 少しお話がしたいのですが……お時間よろしいでしょうか?」


 本当に誰だろう。

 スーツ姿でわざわざここに来るなんて……

 

「……私に、話……? なんのご用ですか?」


 私は、震える声で聞いてみる。


「ふふ、本日は詩月さんの社会復帰支援としてやって来ました♡ 夜月弥生と申します。少しでも力になればと思いまして♡」


 彼女はそう言うと微笑む、画面越しでもわかるほど優しそうで綺麗な女性だった。


「社会復帰支援……?」

 

 私はどこか不安になりながらもドアを開ける。

 私より少し背の高くて、年上に見える包容力のある女性だった。


「ありがとうございます……♡ ふふ、家……綺麗ですね」


 弥生さんはそう言うと、やけに片付いた部屋をみる。

 ……龍一と死ぬと決めた日に全て綺麗に片付けておいた部屋。

 なんだか、全て見透かされているような気がした。


「ありがとうございます……一人でいると、掃除くらいしか……」

「そうなんですね。 あ、そうだ、突然お邪魔してすみません……私、こう言うものです♡」


 弥生さんは名刺を渡してくる。

――社会復帰支援センター「ミライ」相談員――

 そんなセンターがあったんだ……今までは一生関わることなんてないと思ってたのに。

 昔の私はどう思うんだろう。


「……詩月さんについては警察の方から伺っています……あの出来事のことも……」


 ……私の経歴も事件も……全部……その言葉が胸に鋭く刺さる。拳を握り締め、無意識に力が入る。


「そうですか……でも、どうして、私に? 私の他にもっと支援が必要な方……いると思います。正直、私は……その……普通の人のように生きる資格は無いと思ってます……」


 心の奥底の感情が漏れ出るように、言葉を絞り出す。

 なんで、この人は……私に親しげに……?


「確かに、支援が必要な方は沢山いらっしゃいます。

 スーツを着て会社に勤める方、世帯持ち、学生、主婦……そんな方でも皆さん支援を必要とされています。」

 

 弥生さんは一息つくと、私の顔を真剣な瞳で見つめる。


「――ですが、私は、あなたを支援したいと思ったんです。 私も十年前、あなたと同じ境遇でしたから……」


 弥生さんも……私と同じ境遇だった……?

 一瞬息を呑む、予想外の事実に頭が追いつかない。


「……弥生さんが、ですか? こんな立派な仕事をされているのに……?」


 声が震える、羨望や驚き、それらが混じった複雑な感情が胸を締め付ける。


「どうやって、そこまで来れたんですか? 私には今の弥生さんが……とても眩しく見えます」


 もし彼女が本当に私と同じ経験をしたのなら、私にも……こんなふうに変わる未来があるのだろうか?


「眩しいだなんて……♡ ありがとうございます。

 ふふ、はい♡ 私も、あなたと同じ状況になって、初めは何度も死のうと思いました……辛くて、悲しくて、苦しくて……そして、彼に会いたくて」


 弥生さんは柔らかく話しているが、私は思わず涙が出そうになる。

「彼に会いたくて」その言葉に胸が締め付けられる、この人も、私と同じ気持ちだったんだって。


「ふふ、それでも、私がここまで来れたのは……周りの皆さんのおかげです。 一人じゃ無理でした……だから、詩月さんにも……周りに頼って欲しいんです」


 私は、服の袖で涙を拭う、弥生さんの優しそうな微笑みが、一筋の希望のように思えた。


「私……頼っていいんでしょうか……? 正直、今も龍一に会いたいって……思っちゃいます」

「そう……寂しいわよね……会いたいわよね……」


 弥生さんは優しく私の手を握ってくれる、少し瞳を揺らして涙を堪えているようだった。


「……ふふ、でも、安心して……もう、私たちがいるんだから……これから何者にでもなれますよ♡」


 優しく頭を撫でられる、いつぶりなんだろう……こんなに温もりを感じたのは。


「弥生さん……寂しいです……でも……弥生さんの言葉、信じてみたいです」

「良かった……♡ ええ、信じてちょうだい、私があなたを支えるから! ふふ、じゃあ、早速、市役所に行って、次の仕事を探す準備と……ジムに通いましょうか♡」


 一瞬、思わぬ提案にきょとんとしてしまう。市役所とか、仕事はわかるけど……ジムなんて、考えたことなかった。

 

「……はい、でも、ジムって……そんなお金……」

「ふふ、安心して……♡ 私が会員だから一人まで同伴無料なのよ! 一緒に毎週通いましょう♡」


 弥生さんは嬉しそうにそう言う。

 私は胸が熱くなった、こんなに、考えてくれてたんだなんて。

 なんだか……弥生さんとジムに通うのが、楽しみに思えた。


「弥生さん……ありがとうございます……これから、よろしくお願いします」


 そうして、私の新しい日常が始まった。

 

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