他人の日常を覗き見

昔ピーマンを包丁で真っ二つに切ったとき、断面ギリギリに青虫がいたことがある。私は恐れ慄いたが、青虫もさぞかし恐ろしい思いをしたことだろう。のんびり過ごしていたら、いきなり自室に包丁が入り込んできたのだ。私はその後青虫の入った半分に切られたピーマンを、勝手口を開けて用水路に投げ込んだので、その後の青虫の安否は不明である。
さて、本作である。一度読んでレビューを書こうと思い、色々と考えていた時に青虫の事を30年ぶりくらいに思い出したのである。
青虫にとって私は非日常であり、私にとってピーマンの中に住む青虫は非日常であった。
チコと彼君は日常の中にいる。いつものチコと、いつもの彼君。
チコは日常の中を懸命に生きていて、目に入る景色、鼻につく匂い、まとわりつく温度、それらを飲み込んで生きている。
彼君も同じく、自分で決めた時間、場所、方法に習い生きている。
人一人が生きている描写を巧みに描き出しており、そこに命を感じさせる力には感嘆しかない。
誰かにとっての日常がここに書かれていて、それを覗き見させてもらっているのだ。
人を丁寧に真摯に書くというのはこういうことだろうなぁと感じた。
読んでよかった。何度でも読み返したい。
私はピーマンを見るたびに本作を思い出し、チコちゃんに思いを馳せるんだろうなあと思う。

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