第16話
学祭のダンスパーティは、毎年多くの観客で賑わう学祭の目玉行事だ。
自主的な参加はほぼ不可能。全校生徒の中から学祭実行委員会が選出した男女15名に参加券を渡し、渡された者は自ら相方を選び参加する。
全校生徒1000人を超えるこの高校において、選ばれし15名。
当然、校内でも人気な生徒であったり、運動部などで活躍する生徒に参加券が渡されるが、全学年同数になるよう決められているため、部長ばかりが選ばれる、というわけでもない。
2年連続で参加券を渡された俺――日下部(くさかべ)誠(まこと)は、ペアとして選んだ
――すぐに歓声が聞こえる。
ダンサーとして参加出来る生徒は、姉妹校の生徒も合わせて50名ほどであるが、観覧は自由なので、体育館には大勢の観客が集まっていた。
校内でもトップクラスの人気を誇る生徒が集まるというのだから、ファンや友人たちが、拍手や歓声を上げる。
「あの人誰!?」
「超かっこいいんだけど!」
「服もかっこよ!」
そんな声が聞こえた。悪いが、それは俺だ。日下部誠だ、覚えておきな――
キメ顔を、声のした方に向ける。
――しかし、先ほど声を上げた女生徒は、俺の方を見ていなかった。
顔だけでモテるほどの男子なんて、極論言えば数人だ。俺でなければ、3年の倉内先輩か、6組の平山か――おかしい、女生徒の見ている先に居るのは、その誰でもない。
「やばっ!」
「隣の子も超可愛いんだけど誰!?」
「あんなカップル居たっけ?」
歓声の中から声を拾う。先のとは違う女生徒の声だ。そちらの視線を追うと、――誰だ?
美男美女。はっきりそう断言できる二人がそこに居た。
女子の方は、すぐに分かった。髪をアップにしているが、あれは1年の燧華凛だ。俺の誘いを断った女。
――とはいえ、別に恨んでいるわけではない。八方美人を心掛けていても、それを嫌う女、一度別れた女やその親友などから嫌われることはそれなりに多いので、最初から脈ナシと分かっていれば避けるだけで済むからだ。
燧華凛は、確かに可愛い。だが、別に世界一可愛いというわけではないし、性格が気に食わない。
「ちょっと誠くん、誰見てるの?」
「悪い悪い」
そちらばかり見ていたら、カップルのひとみに腕をつねられた。そうそう、こういう嫉妬なら別に構わない。愛されてることが実感できるからな。
だが、燧華凛は違う。興味ないものに向ける視線や態度――あれは、男を男とも思っていない、そんな人種だ。
仮に付き合えたとしても、彼氏のことを第一に考えてくれるようなタイプではないし、彼氏がいるにも関わらず、軽率に男の友人と遊びに行ったりするだろう。
そういえば、クラスのオタク、名前は……何だったか。丹羽だか、丹波だか、丹下だか、そんな感じの奴と仲が良いらしい。――が、当然ながら、燧と腕を組んでいる相手はあのオタクではない。
そりゃそうだ。運動神経ゼロ、体育の時はどんな競技であろうと逃げ回っているようなオタク野郎がダンスなんて出来るはずないし、燧華凛とは生物として釣り合わない。どうやら幼馴染らしく、それなら釣り合わなくともツルむことはあるだろう。
そこに居る男の顔に見覚えはない。となるとたぶん1年だろう。1年男子の顔なんて覚えてない。
まぁ顔は、俺より劣るだろうがそれなりに優れていると思う。ただ、俺より視線を集めていたのだけは気に入らないな。
俺個人が負けてないとすると、カップルを組んでるひとみが、燧華凛と比べて見劣りするから? ――まぁ、それはあるだろうが、俺は性格まで見てるからな。
入場が終わり、音楽が鳴り始める。
カップルは、事前に申請したダンスを踊ることになっている。カップルのうち7割ほどが椅子に座り、一曲目から踊る者だけがステージに上がった。
「きゃー!!」
「かっこよ!」
「なにあのカップル!?」
歓声が聞こえる。そう、俺だ。日下部誠の名を刻め――
「ん?」
「どうしたの?」
女生徒の視線は、確かに集めている。
だが、なんだろう。半分以上が俺を見ていないような――
(またアイツか……ッ!)
誰だあれは。燧華凛の相手――
高い位置のホールド、辛いのに下ろされない踵、針金でも入っているかのごとくピンと伸ばされた背筋――、あれは、素人ではない。ダンスをやりこんでる者の姿勢だ。
注目を集めていたのは、顔でない。凛とした、付け焼刃には思えない立ち姿に皆が魅了されてしまったからだ。
なるほど燧はパートナーとしてダンスの上手い男を選んだのか。確かにあれくらいの顔があれば、男を選り好みする余裕もあったのだろう。
「誠くん?」
「あ、あぁ悪い」
そちらばかりを見ていて、踊りだしに遅れた。慌ててリズムを拾い、ターンに移る。
――一曲目、ワルツ。曲は去年と同じ、『I Dreamed A Dream』。
およそ10組のカップルが、ステージ上で踊る。
所詮はダンス部すらない公立高校の、校長が好きだからと伝統行事と化している学祭ステージ上でのダンスパーティだ。
社交ダンスに詳しい体育教師はおらず、授業として教えられてない。参加者は自主的に動画などで覚えなければならないので、上手さなんて五十歩百歩。
――しかし、俺は違う!
夏休み中は高い金を払ってダンスレッスンに通い、この機会に誰よりも目立てるよう努力してきたのだ。
姉妹校の生徒は外国人ということもあり身体が大きく、ダンスが上手い生徒だっている。そんな中で目立つためには、素人目に分かる程度には誰よりも上手くないといけないのだ。
ワルツのリズムを刻むのは、さほど難しくない。動きが緩慢で、曲調も穏やかだからだ。
ほとんどのカップルが腕を組んでリズムに合わせてくるくる回ることしか出来ない中、事前にひとみと練習を重ねていた複数種類のターンやスピンを決め、会場を沸かせていく。
ベタ足の素人ダンスにおいて、爪先立ちが出来るかどうかというのは誰が見ても違いが分かる重要な部分である。ヒールを履ける女子はともかく、靴で踵を支えられない男子は、足の筋力と爪を起点に動くための練習が重要だ。
俺は、それを夏休みの間ずっと練習してきた。
努力のないモテなんてない。顔が良いだけ、性格が良いだけじゃ二流だ。一流は、人の知らないところで努力を重ねるものだから。
ダンスをしていると視野は狭くなり、周囲を見ている余裕なんてなくなる。至る所で軽微な衝突が発生する中、俺とひとみは華麗なステップで他のカップルを回避していく。
――そして、曲が終わる。
たった数分のダンスで、全身が筋肉痛になるんじゃないかという激しい運動を終え、荒くなる息をなんとか押し留め、平然とした顔で頭を下げる。
ワルツを選んだのは、簡単だから――ではない。これが一番最初のダンスだからだ。
ここで休めば、5曲目の即興ダンスに参加出来るくらいには体力を回復させられるのが分かっていたから。
空いた椅子に座り、観客に背を向け、――ようやく、ぷはぁ、と息を吐いた。
「誠くん、張り切ってたね。大丈夫?」
「あぁ。……まぁ目立てただろ」
「たぶんね」
苦笑気味に返すひとみも、客席まで視野が広くはもてなかったろう。ギリギリ他のカップルに意識が回せる程度だったはず。
観客がどんな反応をしていたかのは、踊りながらでは分からない。それほどまでに集中していた。
「あれ?」
「ん?」
「あの人たち、さっきも踊ってたよ」
「あの人……?」
ひとみが指したのは、――燧華凛だ。
ワルツが終われば、次はタンゴ。ゆったりとした音楽なワルツと違ってテンポが上がり、軽快なリズムでステップを刻んでいくダンス。
(2曲連続なんて、正気か!?)
燧華凛の方は、少し前まで運動部だったから体力があるかもしれない。
男の方は分からんが、モテのために大体のスポーツを齧ってる俺すら、一曲で体力を使い果たしてしまうのが社交ダンスである。
他の休憩中の男子は、あまり疲れた様子はない。まぁそうだ。ベタ足でくるくる回ってるだけの奴らは、精々目が回ったとかそんな程度だろう。本気でやるかやらないか――それだけで、体力の消費量は飛躍的に変わるのだ。
――して、曲が始まり、客としてステージを見てようやく理解する。
(あいつ……やっぱり経験者か)
二曲連続で体力が削れているからか、二人の動きは少しだけぎこちない。だが、その姿勢やホールドは、見様見真似の未経験者のものではなかった。しかし、それにしても目につく。それは、二人の顔が優れているから――ではない。
「……あっ」
――違う。あの二人の動きが目につくのは、根本が違ったからだ。
「あいつら、あえて逆にしてるのか……?」
「逆?」
「分かるか? ……燧の方がリードしてるんだ、あれ」
「えっ!?」
腕の組み方は、一般的な男女カップルのそれだ。
だが、すべての回転運動が燧華凛を起点にしている。つまり、リーダーとパートナーを逆にしたダンスということ。
(そんなの、アリなのか……!?)
そんなダンス、俺は知らない。レッスンで教えて貰っていないから。
だが、――あぁ、なるほど。あの二人がやけに浮いて見えるのは、上手いというだけではない。ダンスそのものが、男女を逆にしたものだから。
身体が大きな男の方が、大きく動く。それはダンスの基本とは全く違うけれど、それでも目に付くのだけは間違いない。
「ほぉ……」
席に座らず、会場を歩いていた校長が自慢の白髭をさすりながら呟いた。恐らく燧のダンスに気付いたのだろう。ちょうど俺の後ろに来たタイミングで、振り返り質問した。
「校長先生、あの二人はワルツの時も
「ん? いや? ワルツは普通に踊ってたよ」
「……そうですか」
返事を聞き、疑問を覚えた。なら、どうしてタンゴだけ変えたのだ。
――その疑問は、曲の半ばに分かってくる。
「体力か……」
男の爪先立ちが、ターンの合間などで時折床に着くようになってきた。――体力切れだ。
当たり前だ。2曲連続なんて、相当やり込んでないと出来ない。今頃は太ももが吊ったように感じていることだろう。表情を作るので精一杯に違いない。どうしてそんな無茶をしたんだと、文句を言いたくなる。
回すか回るか、たったそれだけの違いも、2曲連続にもなると足に来る。
テンポのゆったりしたワルツでもそうだ。だからタンゴではリーダーを体力のある燧に譲り、少しでも体力の消耗を抑える作戦に出たのだろう。
それに、見ていると分かる。運動神経は、圧倒的に燧の方が優れている。
男の方は、ダンスそのものでなく姿勢の維持を重視して覚えたのだろう。
それでも、腕さえ離さなければ遠心力でターンは出来るし、タイミングを掴めばステップだって踏める。あえてリーダーを運動神経の高い燧に任せることで、歪ながら見栄えのいいダンスになっている。
ダンスに詳しくない者は、リーダーとパートナーが入れ替わっていることにも気付いていないかもしれない。気付いているのは自ら勉強した者か、見慣れている者だけだ。
「燧さんと組んでる男子、誰? 誠くん知ってる?」
ダンスも終わり、流石に燧らも席についた。ステージの真反対に座ったのを確認すると、ひとみがそちらを見て聞いてくる。
「いや、知らない。1年じゃないのか?」
「んー……1年にあんな男子居たら女子の中で噂になってると思うけどなぁ……」
ほとんどの男子はダンスに合わせて髪を上げているので、普段と雰囲気が全然違うというのもあるだろう。野球部のような短髪だとセットなどしようもないが、あまり興味のない男子の顔、更に髪型まで違うとなると、誰かさっぱり分からないものだ。
その後はクイックステップ、チャチャチャの2曲が終わると、そこからは即興ダンス。曲もカップルも、それどころか観客すら参加出来るダンスタイムだ。
それまで社交ダンスの一般的な曲が流れていたのに、よく街中でも流れているような、日本人歌手の歌声がステージに響く。
再びひとみの手を取り、ステージの中央へ。――ちらりと燧の方を見たが、二人が動く様子はなかった。目立てる機会というのに、勿体ない。
そしてダンスパーティは閉幕した。
最後に校長先生(即興の時は教頭先生の手を取って踊っていた)が司会から渡されたマイクを手に、本日の総評。まぁいつもの長ったらしい話を聞き流し、マイクが再び司会に戻る。――さて、ここからだ。
「それでは、学祭実行委員会から最優秀生徒を発表します。カップル部門――2年1組丹下聖さん、1年3組燧華凛さん! 前へどうぞ!」
「えっ」
思わず声を漏らした。今年こそ絶対勝てたと思ったからだ。去年の最優秀カップルは既に卒業しているので、今年は敵無しのはずだった。――だが、またしても。
「丹……下?」
思わず声が漏れた。2年1組は、俺と同じクラスだ。だが、そんな名前のクラスメイトは一人しか居ない。
「クラスメイトだったんだ」
「…………え、いや……あれ、誰だ?」
「どういうこと? 誠くん1組でしょ?」
「そうだけど……」
丹波……じゃなかった丹下ってアレだろ。運動神経ゼロで、球技の時はいつもボールから逃げ回ってる(ドッヂボールじゃねえんだぞ)、よく喋る陽気なチビデブといつも一緒に居るガリガリで前髪伸ばして頭もっさもさの、話しかけた時なんて毎度「へェっ!?」って裏返った声で返事をする、キモいオタク。
「嘘だろ……?」
どう見ても、違った。堂々とした立ち姿も、ホールドも、表情も、髪型も、どれも俺の知ってる丹下のそれではない。
周囲を見渡すと、拍手喝采の中、数名の生徒(特に男子生徒だ)が困惑している。
大方、普段の丹下の姿を知っているのだろう。
(どうなってんだ……?)
高校デビューにしては遅すぎる。というか丹下はどう考えてもデビューに失敗している。
1年の時からクラスメイトだが、話したことなどほとんどない。
最低限、連絡事項を伝えた程度で、そういえば一度燧に絡みに行った時に数言交わした記憶もあるが覚えてない。――あの後の衝撃がデカすぎたからな。
壇上に上がった二人が校長から賞状を渡されている。
あの場に居るのは、俺だったはずなのに。
しかし、悔しさを疑問が上回り、嫉妬するどころではない。
ダンスパーティは、一部の生徒に不可解なしこりを残して終了した。
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