第5話
「ごちそうさまでした」
「おう」
店を出、うんと伸びをする。
結局、2時間くらい話し込んでしまった。大体これまで何があったかとか、部活の話とか、そんな他愛もない話だったが。
――かりんは、変わったのだろう。どうして、どうやって変わったのかは分からないけれど、5年のうちに、ずいぶんと成長した。外見だけでなく、内面まで。
俺は、何も変わっていない。ずっと、停滞し続けている。見えない何かにぶつかって、行先を見つけられなくて。
「ん? 駅じゃないのか?」
「あ、はい。実は私もこっちなんですよ」
「へぇ、そうか。奇遇だな」
てっきり電車に乗ると思っていたが、どうやら電車通学ではないらしい。
じゃああえて駅前に来る必要なかったなと考えながら二人で歩いていても、どうしてか、かりんはしばらく俺の隣を歩き続ける。
もうこのへん住宅街なんだが、ひょっとしてご近所さんだったりするのか?
そんな疑問は、――15分も歩くと解消された。
「……おいかりん」
「はい」
「帰れ」
「いやでーす
「…………何でだ」
「折角先輩と再会出来たんで、もっとお話したいなーと」
「明日も出来るだろ」
「えー、寂しいなー」
「一人で待つの得意だろお前……」
「あれでも寂しかったんですよー?」
昔のネタを引っ張ってきても、全然めげない。強いぞこの陽キャ。口じゃ勝てん。
――かりんが立ち止まったのは、俺の家の前だった。
そう、かりんは家に帰ろうとしていたわけではなく、ただ俺の跡を付いてきただけだったのだ。
まさかそんな行動を取るとは思っていなかったので、全く疑っていなかった。
いや馬鹿だな。ちょっと考えれば分かるだろ。何がご近所さんだ。そんなわけねぇだろ。
「ふっつーのアパートですね」
「あぁ、なんの面白味もないただの安アパートだ。家分かって満足したろ、帰れ帰れ」
「つめたーい。先輩、女の子にそんな態度取っちゃだめですよ?」
「それをお前が言うかよ……」
男の子にそんな態度取っちゃ駄目なんだよ、勘違いしちゃうからな。
「別に大して仲良くない両親でも、昔の隣人よりはマシだろ。心配すんぞ」
「しませんって」
「……俺んち足の踏み場もないぞ」
「嘘ですよね、結構片付いてたじゃないですか」
「狭い家だからな。三人も居るとゴミ屋敷になるんだ」
「お片付け手伝いますね」
駄目だ何言っても通じねえ。俺の語彙力じゃかりんの横暴を止められない。
「……両親滅多に帰ってこねえんだ。だから、その、」
「あっ、知ってる!」
突然嬉しそうな顔でかりんが笑い、俺の腕を抱き抱えた。う、うわっ柔らかい! 女子ってこんな柔らかいの!? 俺の知らない生物かもしれん。っていうかあの、胸、お胸がお当たりになっておりますが、その、あれ?
「『今日両親帰ってこないの』、家デートで言われたい言葉ナンバーワンって噂の!」
「ちっげーよ! 逆だよ逆!!」
男一人の家に入ることになるって注意してんの! ポジティブシンキングすぎてビビるわ!
「……っていうか先輩、さっき話してなかったけど、ここで一人暮らししてるんですか?」
「一人……じゃないが、両親はたぶん他のとこに家持ってる」
「あー……まぁそういうこともありますよねぇ」
俺よりそういう経験が豊富そうなかりんは思い当たる節があったか、うんうんと頷いた。
「普段ご飯とかどうしてるんですか? 外食?」
「朝昼コンビニ、夜もだいたいコンビニだ」
「…………不健康」
「言うな。近いんだよ」
ドアツードアで2分だからな。
「部活入ってないってことは、運動とかもしてないですよね」
「あぁ、自慢じゃないが体力テストは最下位に近いぞ」
「本当に自慢出来ないですね……」
かりんは溜息を吐くと、俺の二の腕をむにむにする。やめてくすぐったい。
実際は持久走だけは平均くらいのスコアなのだが、男子持久走の1500m走に必要とされるのは絶大な体力とかじゃなくて自分の身の程を知って体力上限からペース配分する能力であって、変に独走狙わなければ体力カス人間でもそれなりのタイムになるのだ。
「……栄養バランスとか考えて食べてます?」
「カップラーメン買う時は野菜ジュースも飲むようにしてるが?」
「それは栄養バランスとは言いません。糖分塩分油分過多、食物繊維不足ですね」
「……そうなのか。難しいな」
あとサラダチキンとかよく食べる。揚げ物は揚げ立てじゃないと美味しくないけど、サラダチキンはいつ食べても美味しいからな。でもこれ言ったらまた何かの理由で否定されそうだから黙っておこう。
「……作ります」
「…………ん?」
急に覚悟を決めた顔になったかりんは、うん、と自分を納得させるよう頷いた。
「私がごはん、三食作りますよ」
「いや無理だろ」
即否定。一食二食ならともかく三食って、今日日親でも作らんわ。
「なんでですか!?」
「料理とか出来るタイプじゃないだろ。嫌だぞ俺の家から出火して木造アパート全焼するような事故が起きるの」
「し、失礼! 失礼ですよ先輩! いくらなんでもそこまで下手じゃないですって! ちゃんと美味しく食べられるもの作れますから!!」
「……どうだか」
流石に信じられない。この性格で料理上手とか、もう完璧すぎだろ。
顔良くて性格良くてスポーツ出来て料理出来て、じゃあ逆に何が出来ないんだよ。あっ、勉強!? 勉強か!?
「かりん、期末試験の順位は」
「7位です」
「逆に貴様は何を持ち得ないのだ……」
「彼氏とか」
「そうか」
ノータイムで返答。これに乗っちゃ駄目なのは分かるぞ。
っていうか俺、期末試験250人中の136位だったんだけど。一桁位ってどういうこと? それなのに部活もしてたの? 超人? 1日48時間くらいあったりする?
なんでそんな全てを持っている人間が俺みたいな何もない人間を構うのだ。あれか、完璧な女ほど何も持ってないけど自分に依存するヒモ男気質を養いたがるとか母さんが話してたことあったな。それか? それなのか? 俺ヒモになるしかないのか?
「置いてきますよー」
「あっ、ちょっと待って」
すたすたと敷地に入って歩いて行くかりんを、慌てて追いかける。
どうして何も言ってないのに階段を上るんだろう、と思ったが、そういえばさっき、かりんの視線の先には郵便受けがあったな。あそこで見たのか。いや目ぇクソ良いな。確かにあそこには名前書かれてるけどさ。
迷うことなく階段を上り、丹下の表札が掲げられた部屋の前で立ち止まり、どうぞどうぞと手で催促されるので諦めて鍵を差し込む。
ぎぃ、と古めかしい金属音を鳴らし扉が開かれ、「お邪魔しまーす」――ノータイムでかりんが入っていった。家主より先に家に入るな。
「ほーら、綺麗じゃないですか」
「……だから片付ける必要はないぞ」
なんとか帰らせる口実を作りたいのだが、確かに実質俺一人暮らしになってるこの家は男子高校生一人暮らしとは思えないほどに片付いている。
「へー、お米もあるんですね。……未開封だけど」
「炊飯器もあるぞ。使い方も知らんが」
勝手にキッチンの物色を始めたかりんをどう止めれば良いか分からず、とりあえず荷物を置いて戻ると、キッチンの至る所が開けられていた。
古く狭いアパートといえど、ワンルームだった昔の団地よりは少し広く1K。キッチンエリアと居室は別だ。そんで何故かキッチンの方が居室より広いので、キッチンが荷物置きも兼ねている。
「調味料も何故か色々。……っていうか多すぎません?」
「なんかよく知らんが、株主優待? とかで定期的に届くんだ」
浦部とか、オタク友達が遊びに来るたびに適当に持って行かせてるんだが、いかんせん届く量が多いので増える一方だ。
どうせならすぐ食べれるものだと助かるんだが、どうしてか調理が必要な食材そのものであったり調味料ばっかりが届く。どうすれば良いのか分からん。暗に料理覚えろって意味だと思うのだが、それだけは考えないようにしていた。
たまに両親が帰ってくる時は大抵外食するから、この家のキッチンを使うことはないし、何なら二人が家に入ることもほとんどない。
冷蔵庫に入っているのも、前日作ったお茶はやかんそのままダイレクトイン、母さんが残していった賞味期限切れてる缶ビールくらい。あといつから入ってるのか分からん備長炭。
ここにある調理器具は二人暮らしだった数年前に揃えたもので、母さんも料理はしない人間だったので、本当に必要なものしかないのだ。
「んー……最低限はあるけど物足りないですね」
「おう、そうだな。そんなわけで諦めてくれ」
「女の子の手料理、ここまで嫌がる人居ませんよ?」
「…………そうか」
とんでもないメシマズの可能性は――もう排除した。これだけ自信あって「はじめて作りました」は流石に面白女すぎるからな。もうそういう属性は増やさなくて良いんだよ。
だから実際のところ、嫌がっているわけではない。
ただ申し訳ないという気持ちは当然あるし、現実逃避してるところもある。美少女が飯作ってくれるような環境に居ねえんだわ。
「まぁ鍋とフライパンあればある程度のものは作るので、ちょっとずつ増やしていけばいいですかね」
「えっ、そうなのか」
なんか料理好きな人間って調理器具から揃えるイメージあるんだが。浦部とかよく低温調理機使ってよく分かんねえ半生肉錬成してるし……。
「じゃあこっちのお部屋はー」
「す、ストップそっちは――」
ばんと、居室の扉が開けられた。
――かりんが、一瞬にしてフリーズした。
それは俺の部屋があまりに乱雑で、オタクグッズが散乱している――とかではなく。
「物、少なすぎません……?」
「…………」
「え、これで生きてるんですか? 本当に?」
「あ、あぁ……」
そう、俺一人の部屋と化している居室は、――
四畳程度しかない小部屋だが、それにしても殺風景な部屋である。
学校に必要なものが入っている小さなカラーボックス(2段)、あと押し入れに服が数着。
シングルベッド、学習机ですらない小さな机に、何故かこれだけ高級なオフィスチェア(父さんの会社からのおさがりだ)、――以上。
「な、なんか趣味とか」
「今時のオタクはスマホ一個で足りるんだよ」
「漫画とか雑誌とか」
「全部スマホで読んでる」
「えっちな本とか」
「全部ス――いや読んでないが?」
あぶねえ、誘導尋問に引っかかるとこだったぜ。でも聞いておきながらそこを追求するほど落ち着いてはいなかったようだ。
「……え、本当にこれだけですか? どこかに隠してるわけではなく?」
「あぁ」
信じられなかったのか押し入れを開け、――すっと閉めた。そっちにも衣装ケースが入ってるだけだからな。
「断捨離したとかではなく……」
「母さんの私物は、結婚前にまとめて処分してた。だからまぁ、それが断捨離だったな。俺の私物は引っ越してくる前からない」
「ホントにちゃんと生きてるんですか……?」
「失礼な奴だな……」
いやホント失礼だよ。これでも楽しく生きてるよ。
もう現代のオタクってスマホ一つあれば足りちゃうから、スペック高くて画面が大きいスマホが一つあればそれなりにQ(クオリティ)O(オブ)L(ライフ)を確保出来てしまうのだ。
「昔は色々ゲームやってたじゃないですか」
「あぁ、小学校の頃はな」
「……それからは?」
「最新ゲーム機買う金もなかったから、飽きて売った」
なお買取価格は本体が300円だったし、ソフトは10円だった。
「テレビは?」
「NHKの勧誘がうるさいからって母さんが捨てた」
「…………」
「…………」
静寂の時間。――うぅ、気まずい。こうなるのが分かってたから家に入れたくなかったんだよ。浦部とかオタク連中はもう慣れてるから今更何も言わないけど、大抵はじめて遊びに来た人間はこんな反応をするのだ。
「……私、こっちに住んでも良いですか?」
「駄目だ。何考えてんだ」
「だってこんな……人間じゃないみたいな……」
「し、失礼だぞ!」
本当に失礼だな。でもやっぱり信じられないくらい荷物少ないよな。自分でも分かってるよ。浦部の部屋とかオタクグッズ散乱して足の踏み場もないし……。
物欲がないというか、単純な話、長いこと物を買う余裕がなかったからだ。
今は振り込まれる生活費も余っているから好きなものを買うことも出来るのだが、物欲は抑えるべきだと育った。ただ、それだけの話。
小学生の頃に遊んでいたゲーム機だって、きっとかりんは気付いてなかっただろうが当時にしてもかなり古いものを中古ゲームショップで捨て値で売られているところを購入していたし、ソフトもワゴンセールになっている古いものばかり。
でも、それでも楽しかったのだ。だから、たいして不満はなかった。
新しい父が連絡用にとはじめてスマホを買ってくれて、それでゲームが出来ることを知ったので、最新ゲーム機を欲しいという気持ちもなくなってしまった。なんか新しいゲームやりたい時は浦部の家に行けば大体あるしな。
「ま、まぁ、とりあえずお部屋は見なかったことにしましょうか」
「あぁ、そうして貰えると助かる」
「幸いキッチンの方にテーブルはありますし……」
母さんが昔貰って来た花(造花だし埃が被ってる)が刺さった花瓶がちょんと置かれたダイニングテーブルに、椅子は一応三つある。全部使うことはないが。
かりんはキッチンに戻ると、「うん、」と頷いた。
「思ったより食材がなかったので、ご飯作るとしても明日からですね」
「……無理すんな」
「無理じゃないでーす」
ぷぅっと頬を膨らませるので、――頬をつん、と突いた。
ぷすっと空気が抜け、ちょっと間抜けな構図に笑えてきて。
二人で小さく笑いあい、一息。
「っていうかかりん、どこに住んでんだ?」
「んーと、特急で20分くらいのとこです」
「……かなり遠いじゃねえか。やっぱ無理すんな」
「えー、じゃあ先輩、一人で食生活正せます?」
「無理だ」
即答。というか必要性もあんま感じてない。生きてるし。割と健康体だし。
「なら私が作ります」
「…………じゃあ頼む。まぁ飽きたら好きな時にやめてくれ」
「はーい」
説得は無理だと判断したので伝えると、飽きた時のことなんて微塵も考えていないかのような笑顔で、かりんが笑う。
しかし、特急で20分か。――それは正直、公立高校に通うにしてはだいぶ遠いだろう。
他にいくらでも学校はあるのに、どうしてこんなところに来たのか。まぁ、県内ではバレー部が強いからとかかな。そう考えるようにしよう。もう部活辞めたらしいけど。
そんなことを考えていると、かりんが俺のことをじっと見つめていた。
いや美少女に見つめられんの、かなり心臓に悪いな。俺何かやっちまったか心配になるじゃねえか。いや既に色々やらかしてはいると思うけど……。
「先輩」
「何だ」
「その前髪、どうしたんですか?」
「今更だな」
「いやふと気になって」
そういえば、小学生の頃は短髪だったっけな。母さんが適当に切ってただけってのもあるだろうけど、今は気が向いた時に1000円カットに行く程度なので伸び放題だ。
今は前髪が鼻にかかるか、かからないか、くらいのところまで伸びてる。これ以上伸びたら流石に邪魔だから切りに行くんだけどな。ちょっとタイミングが悪かった。
「伸ばしてる理由ないなら、私切りましょうか?」
「……遠慮しとく」
「どうしてですか」
「流石に人の髪切ったことはないだろ」
「ありませんけど」
「よくそれで自信満々に切るとか言えたな!?」
いやここは「よく友達の髪とか切ってますけど」が出ると思ったよ!? 完璧超人なところに慣れてきたとこあってそんくらい出来てもおかしくないよなぁとか考えてたよ感覚バグってきたな……!
「やー、だってそれ、前見えなくないですか? 私のことちゃんと見えてます? これ何本ですか?」
指を立てて首を傾げられる。
「3本だ。馬鹿にすんな」
「見えてないわけじゃないんですね」
「しっかり見えてるよ。美少女が俺の部屋に居ることとか」
「びっ、」
かりんが、急に頬を赤らめた。
――あれ、なんか選択肢ミスったか?
「美少女とか言わないでください!」
「いや事実だろ」
「せ、先輩にはそういう陳腐な表現して欲しくないというか……なんというか……」
「無茶言うな……」
美少女は美少女だろ。幼馴染――いや隣人ではあるんだけど。
というか、こんだけ可愛けりゃどんだけでも褒められ慣れてると思うのだが、違ったのだろうか。美少女って言われるだけで照れるか?
「……先輩、私のことどう思います?」
「客観的に見たら滅茶苦茶可愛いと思う」
「主観的に見たら?」
「…………」
正直に答えたくても、チキンな俺がそんなことを言えるはずもなく。
気の利いた言葉を紡ごうと口は動けど、言葉は出て来ない。美少女と言えたのはあくまで属性的な評価であり、二次元に対する表現と大して変わらないのだ。
それを見たかりんは、どうしてか、嬉しそうに頬を緩ませる。
「やっぱ、先輩は変わりませんね」
「そうか。かりんは変わったな」
「そりゃあ変わりますよ。色々あったので」
「……そうか。色々あったか」
「えぇ、色々と」
窓の外に遠い目を向け言われるので、釣られてそちらを見る。
――キッチンにある窓はすりガラスで、外は何も見えないけれど。
夕焼けの向こうに何かが見えているかのように、かりんは笑うのだ。
「先輩も、これから色々ありますよ」
「……そうか、あるのか」
「えぇ、だから」
かりんは、急にこちらを見た。
安っぽい室内灯に照らされた金の髪が、きらきらと輝いて見える。
――あぁ、そうか。
この感情は――――、
500円で繋がる彼女との関係 衣太 @knm
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