第4話
やってきたのは、駅前にあるファミレスだ。
別に他の店でも良かったのだが、かりんが看板をじっと見ていたのでそこにした。
その仕草が昔の、何も喋らなかった頃のかりんに似ていて、少しだけ懐かしい気持ちになったりなんかして。
物価高の今時珍しい、500円ランチ(しかし17時まで注文できる)が地元学生に人気の店で、店内には駄弁っている同級生や、勉強している他校の生徒の姿も見られる。
高校生なんて学校終わりにがっつり食べても1,2時間後には普通に夕飯を食べられる無尽蔵の胃袋を持つものなので、彼らにとっては軽食のようなものだろう。
「どうすんだ? 別にドリンクバーだけでも18時半までは怒られないぞ」
「わぁ実体験っぽい」
「実体験だからな」
浦部と一緒にやってるゲームで中々キリの良いところまで進まないとき、教室を出てこういった簡単な店に来て続きをしていることが多いのだ。
これから夕飯食うなら控えた方が、という意図で聞いてみたが、かりんは「んー、」と首を捻り、どこか物珍し気に感じる様子で、注文用のタブレットを操作する。あまりこういう店に入ることはないのだろうか。
「じゃあ私はこのチーズハンバーグで。先輩は?」
「……和風パスタかな」
タブレットで二人分の注文をし、ふと、疑問を口にする。
「こんなとこで飯食ってて良いのか? いや俺は良いんだが」
家に親とか居ないし、という言葉を飲み込み、かりんの方を見ると、コクリと頷かれる。
「あー、大丈夫ですよ気にしないで」
「そうか」
「はい。……うちの人、私のこととか、ぜんぜん興味ないんで」
「へぇ」
「……聞かないんですか?」
「話したいなら話せ。問題を解決する気はないが聞きはするぞ」
率直に返すと、かりんは何が嬉しいのか口元を抑え、くすくすと笑う。
流石にずっと水商売の母親と二人暮らしをしていたから、女性の話がどういう性質のものかは知っている。
彼女らは、問題解決を求めて話をしたいのではない。ただ話を聞いてもらいたいから話をする。自分が話をしたいから話をするだけだ。
明確な答えを求める男の話とは、ずいぶんと性質が違う。
それにかりんは、さっき少し聞いた程度で随分と波乱万丈な人生を送っていたことが分かる。前からそうだが、同じ片親育ちでも俺とは大違いだ。
「先輩には聞いてもらいたいから話しますけど、さっき言ったじゃないですか再婚何度もしてるって。それでえっと、今の両親私と一切血が繋がってないんですけど、」
「へぇ、……あぁだからか」
「はい。あっち連れ子居て、二個下の女の子で、はじめて出来た妹なんで可愛がりたいんですけど……なんかやけに嫌われてるんですよね」
「まぁ……そういうものだよな」
「そういうものなんですかねぇ」
居場所がない。――それは、俺も一緒だから。
新しい父さんは、本当に良い人だと思う。
連れ子である俺にも優しくしてくれるし、なんかやけにお小遣いとかくれるし。
――けれど、やはり他人なのだ。
俺と父は、一切血が繋がっていない。だから、どこかで線引きをされている。
今住んでる家に、両親はどちらも居ない。
母さんは父さんに出資してもらって独立し、自分で店を持っているからそっちが忙しくて全然帰って来ないし、父さんもIT企業社長だかで忙しくて全然帰って来ない。
それでも二人は仲良くて、家でないどこかでいつも会っているらしい。
むしろ、俺を親の都合で引っ越しさせたくないと思っている節まであって。
だから、三人で住むには狭いし、両親の荷物なんてほとんどない小さなアパートの一室をずっと残して、俺を一人で住ませている。
その家に引っ越したのは、団地を出てすぐの頃、家族がまだ二人だった頃だ。
「悪い人じゃ、ないんですよ。
「……それは、」
かりんに家の鍵も夕飯代も渡さず、それどころか暴力まで振るっていたあの人間のことかと、一瞬だけ沸いた殺意を、ごくりと飲み干した。
「あー、気にしないで良いですよ。先輩優しいから、人の母親のこと悪く言いたくないとか思ってますよね? でも大丈夫です、先輩が知ってるお母さんも、実のお母さんじゃありませんので」
「そうなのか」
「はい。あの時点で連れ子だったんです。まぁ本当のお父さんは再婚してすぐ蒸発しちゃったんで、あのクソ女にしばらく育てられてましたけど」
「育てられてた……か?」
思わず口を挟むと、あははと笑われる。
だって小学生の娘に夕飯を食べさせず家にも入れなかった親が親としての任を全うしていたとはとても思えない。それを見てきたせいで、自分は鍵と食事があるだけ恵まれていると思ってしまったほどだ。
「そんで色々あって、再婚して離婚して再婚して離婚して――、縁も縁もない燧さん家の娘になりました。私、中学のうちに3回も転校したんですよ?」
「……キツイな。うちはそう何度も再婚してないし、団地出た時しか引っ越してないが、転校はしなくて済んだんだよな」
「なんとなーく、先輩ならまだこのへん住んでるんじゃないかと思ってたけど、やっぱりそうだったんですね」
「…………」
またオタク友達を相手にした時のように返す気にもなれず、無言で返した。
かりんの意図が、分からなかったから。
――まるで、俺に会いたかったみたいな、そんな風に聞こえるじゃないか。
そんなはずは、ないというのに。
「一人暮らししたくなったらいつでも言ってねって、前から言われてるんです。……血も繋がってないよく分かんない女を実の娘と一緒に育てたくないんですかね?」
「そういうもんか」
「そういうもんですよ、たぶん」
「……そうか」
かりんの事情は、俺には分からない。だから、同意も、否定も出来ない。
ただ、頷くだけ。それを求めているのかどうかは、この際どちらだって構わない。無難に受け答えを終わらせて、つまらないと感じたかりんが俺に飽きたら離れる。最初から、そのつもりだったから。
「っていうか先輩、」
ドリンクバーから持ってきた炭酸飲料を喉に通したかりんは、俺の目をじっと見て口を開く。
「なんか全体的に冷たくないですか?」
「そうか?」
「昔はもっと色々話してくれてたじゃないですか」
「……そうだったか?」
あんまり覚えてないな。何喋っても反応しないから、会話を諦めた記憶はあるのだが。
いやもしかしたら、ゲームをしてる時の独り言のことを言ってるのか? なんか出ちゃうんだよな昔から。いやでもあれは明らかにゲームに向けて喋ってるのであって誰かに話しかけていたわけではないのだが。
「なんか避けられてるなー、傷ついちゃうなー」
「……そういうフリ、やめてくれ」
「フリじゃないですって」
「からかってるのか」
「そうでもないです」
「……じゃあ、なんだ」
そうでもなければ、かりんが俺に構う理由なんてない。
嬉しいか嬉しくないかで言われたら、そりゃ嬉しい。
幼馴染と再会出来たのも、ちゃんと育ってて嬉しいという親目線の感覚も、それがこんな美少女になっているというのも、俺のことを忘れないでいてくれたというのも、もう全部が全部嬉しい。
――でも、それでも今のかりんは、俺とは釣り合わない。
人間は、釣り合う相手と一緒に居るべきだ。
オタク友達としか話せない、俺のように。
それこそ日下部みたいな、女子ウケの良いイケメンと付き合ってる方が誰しもが納得するだろう。だから、かりんのあの態度には驚かされた。
あれでも日下部は、本当に女子には人気なのだ。学校行事があるとファンの女子が大勢見に来るくらいには、外向けの顔は作れている。だがその日下部が女子にあぁも態度を悪くするなど、一度も見たことはなかった。
「好きだからです」
「そうか。……ん?」
「先輩のこと」
「…………」
「好きなんですって。だから一緒に居たいです。それじゃ駄目ですか?」
「…………えっと、待て、ちょっと整理する」
「はいはーい」
なんだろうこれ、からかわれているのだろうか。
真っ先に考えたのは、盛大なドッキリだ。
ばっと周囲に視線をやったが、誰もこちらを見ていない。くすくす陰で笑われている様子も、――たぶん、ない。
だから、特に誰かに話を聞かれているわけではない、――はずだが、どうしても周囲に意識が向いてしまう。
(周りで誰かが反応見てるとか……)
しかし、分からん。当たり前だ。クラスメイトの顔すらうろ覚えなのに、他学年、それも女子の顔なんて分かるはずがない。
同級生っぽいのは居る。後輩っぽいのも居る。先輩っぽいのも居る。ギャルっぽいのも居る。でも、どれも
――故に、答えが出ない。気の利いた言葉が浮かばない。何を返せば良いか、分からない。
「先輩、付き合ってる人とか居ないですよね?」
「あ、あぁ、居ない。居ないぞずっと」
そう答えると、かりんは表情を緩め、「よかったぁ」なんて小さく呟く。
――やめてくれ、そういうのは。本気にしちゃうだろ。
それは、
「とりあえず、」
「はい」
「保留で」
「……はーい」
あぁダサい。クソダサい。そんくらいは分かってる。
でも、ここで一歩踏み出す勇気は、俺にはないんだ。
カースト底辺、オタク友達以外と誰とも話さないスクールライフをこれでも満喫していた俺に、そんな勇気はこれっぽっちも搭載されていない。
まず、こんなカースト上位の女子と普通に話せるだけで驚くレベルだ。相手がかりんじゃなかったらたぶん無理だな。わけわからないこと口走って白けるか、無言になってしまうかのどちらかである。
「つまり、先輩に私を好きさせたらいいってことですよね」
「……うん? そうなるのか?」
「だって保留って、今は応えられないってことじゃないですか。でも拒否されたわけでもないんで、私の気持ちが変わるはずないですよね。まぁ拒否されたところで変わりませんが」
「まぁ……そういうもんか」
「そういうもんです。……覚悟して下さいね?」
「待って、そう言われると怖いんだが。俺何されんの?」
「さぁー?」
意地悪そうな顔で笑うと、ぞくりと、背筋に冷たいものが通ったような気がして思わず振り返る。――ソファの背もたれがあった。柔らかいぜ。
そんな話をしているうちに、料理が到着した。
かりんのことは考えないようにして、黙って食事を進める。うん、500円なのにこれは旨いよ。コンビニ飯より全然コスパ良いな。ファミレスに住みたい。でも一々駅前まで来るの面倒なんだよな。家と真逆だし。
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