第6話

 その音に、武術着の武僧とイリアは、西壁の玉殿に正面をとって右脚を引き、片膝を着き、左手を胸下で水平に当て、恭しくこうべを垂れ、王への最敬礼をとった。


 土伏竜ソイルドラゴンも、武僧の手綱にくつわを引かれ、腹を海砂に埋めるように地に伏せる。


 漆黒の巨人機も、イリアが手を離した状態で、機体を西に向け、右脚を引き、片膝を海砂に着き、左手を甲冑の胴に当て、まるで人の様に、兜のようなこうべを垂れた。





 初めて目にする人型巨人機械の、その異様でありながらも至恭至順しきょうしじゅんな態度に、観客席はどよめいたが、やがて闘技場に集まった数万の人々は拍手をし始め、それは歓声と笑いと口笛に変わった。


 三千周期の昔、大理石と火山灰コンクリートで造られたこの春の国の闘技場が、割れんばかりに拍手と足踏みで揺れている。








 その中心で、西壁に一段と高くそびえる塔の上、若王は仮面のまま玉座の前に立ち、観客らに、そして一リーグ向かいの貴賓席に見える各国の大臣諸公に向けて、胸に手を置き敬意を表し、場内を揺らしている拍手と足踏みと歓声が、──静まるのを見渡して待った。



 青く高い冬の空が、全ての音を吸いこんでいく。方形の闘技場に満ちた数万の静けさが、最高潮を迎えたとき、若王は手を掲げた。


「──れき三〇二四、冬至の試合をおこなう」


 その言葉とともに、銅羅ゴングが再び高らかに鳴り響いた。


 







 するとイリアはヘルメットを被りながら、漆黒の巨人機の膝を叩くように触れ、展開する胸部の操縦室ハッチへと跳び乗って、


「ああもう、モタモタしてるから、はじまっちゃったじゃないか!」


 文句を言いながら奥の操縦席シートに収まって、四点ベルトで自身を固定しハッチを閉め、なかに閉じこもり、「バカのタケシ、さっさと作戦を言え!」鋼鉄の操縦室コクピットの上方スイッチを入れて行く。






 観客席は、その見慣れない騎乗機構に大きくどよめいて闘技場を揺らし、漆黒の巨人機は跪坐きざから一気に立ちあがると、機体頭部の双眼を、大きく光らせ青く咆哮する身を震わせ全身の関節部に蒼光を放ったが、機体の内部は静かなものである。


 操縦席前の管制球クリスタルが、青く揺らぎながらタケシの冷静な声を届けた。


「イリア、反重力呪アングラッボだ、最大軽量マックスライトに」


 


 イリアがその管制球を両手に挟み、指立てて接触コンタクトすると、網膜に外界の様子が投影され、前方に土伏竜ソイルドラゴンが見えた。


 イリアは手指を光らせて、「──反重力呪アングラッボ!」管制球に魔力を注ぎ、巨人機の全身に反重力場を纏わせる。そしてタケシに怒鳴る。


「んで、どうしようってのよ!!」


「いいぜぇ、効いてきたァ、……よしイリア、右だ! 竜を囲むように走れ!」


 全高 三八〇七mm、装甲厚 六~十四mm、基本重量 六,六二七tの魔動機兵は、反重力魔法を全身に帯び、実質量を六〇〇kgまで減らし、蒼く微振動しながら、機体は右に向け闘技場の床を蹴って焦がし、駆け始めた。


 各部の如意棒アクチュエーターは、重力呪に躍動し、相手は爬虫類。横移動のほうが嫌がらせになろうもの。


 

「タケシ、機体重量は!」


 イリアは、激しい揺れのなか、魔動機兵の双眼で、土伏竜ソイルドラゴンの背中に隠れる武僧を横目に見ながら駆ける。


 その映像を共有するタケシは、


「身体チョー軽いぜぇ、生身の時みたいだぁ!!」


 機体内部のアクチュエーターが全力で駆動する感覚に身を任せる。


「竜までの距離、五〇〇。よっしゃイリア、このまま周回して三〇〇まで近づく!」



 反重力場を纏った巨人機が砂の上を滑るように駆け、観客席からは、蒼い残光が弧をえがいているように見えた。





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