第4話
皮袋が山盛りの銀杯と、ほとんど空の金杯が、闘技場を一望する天幕の檀に備えられ、あとは開戦の銅鑼が上がるのを待つのみと貴賓席の面々がそれぞれの話題に帰りゆくなか、ゴードは、ゆっくりと視線を末席に向けた。
そこには、静かに闘技場を眺める紅毛碧眼の青年貴族があり、
「──エド公、ヴォルフレッドどの」
ゴードは小声で、その横顔に声をかけた。
そう、彼に呼ばれた青年貴族は、驚いたように、端正な顔を向け、右手を胸に当てた。
「これは失礼、ご挨拶がおくれました」
「──良い良い、堅苦しい行儀は無しにしよう。それよりも…… いや、よかった。父君ワインストとは、あの負け戦、北バの戦役で
ゴードは、彼に面影を懐かしむような目を向け、小声で尋ねた。
「
しかし、青年貴族ヴォルフレッドは、去年にと、小さくかぶりを振った。
「──そうか」
ゴードは、瞑目して、天を仰ぎ、
「だが貴公のような後継ぎあれば、彼も安心だ」そう目を細く開いて言うと、気持ちを入れ替えるように、
「ところで。エド公、この第一試合、どちらにも賭けておいででないようだが」
若き彼へと、目を細めながら続けた。
「父君に似て、かけごとはお嫌いか?」
いや、そうでもなく、と、ヴォルフレッドは頭を掻き、
「そうですな……」 と、あらためて、野いくさの目付け指南を受けるように、あごをやや上げて、半リーグ先の試合者達を見渡すように比べると、
「では、わずかな額ではございますが」
と、持参した皮袋の内から、一つを召使にとらせ、
「あの漆黒の、
ゴードは、「ほ?」と、驚き、貴賓席の面々も、「は?」と、目を合わせてどよめいたが、顔を出した青びょうたんのような貴族が、「エド公、何故に……?」と、好奇心混じりに問うと、ヴォルフレッドは誤魔化すように苦笑して、
「──いや、あの女魔道士が…… 可憐に思いまして」
と肩をすくめて、貴賓席をふたたび笑いに沸かせた。
腹を抱えて笑うゴードに、
「たしかに、はははは。確かに、あの娘、ここで失うのは惜しい」
エド公ヴォルフレッド・エルンストことディンゴは、申し訳なさそうに微笑み、椅子の上、腰骨を正し、貴賓席には似合わない鞘にも柄にも誉れ傷が幾すじも走った古ぼけたサーベルを杖のように立てて、闘技場の北門をながめた。
その彼方、黒き巨人の脚もとに立つイリア・ミリアスの小柄な横顔は、凛々しく、ディンゴは懐かしいものを見るように目を細めた。
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