第3話

 するとゴードと呼ばれた武人は、頭を掻いて「僭越ながら、猊下のご指名とあれば……」と渋々立ちあがり、貴賓席から半リーグ先の試合者を見、


「南門よりいでし土伏竜ソイルドラゴンをご覧あれ。あの頭部から尾の先まで背面を覆いつくしたるウロコは重なり合って密集し、総じて軽量。──あの漆黒の巨人が何者であれ、長剣では、斬撃が通りますまい……」


 一呼吸置き、


「だが、ならば、背甲面よりコアを貫くことも可能かとおもいますれども、軽量で機敏な土龍相手でございます。あのような鋼鉄の巨大甲冑をまとった者には、上からの攻撃はかないますまい」


 青瓢箪びょうたんのような顔色の悪い細首の男が、声をあげた。


「となると、下から狙いましょうか。土伏竜ソイルドラゴンの腹は柔らかい」


 ゴードはうなずく。


「──戦さ場のセオリーにございますな。されど巨人、単騎でございます。腹面狙いとられば、どう土龍を持ち上げるか次第…… となりましょうな」


 そして、悩ましげに腕を組んで空を仰ぎ、金色の髭をなで、貴賓席にある全ての視線を集めたゴードは、


「一方、巨人機の鋼鉄の甲冑もまた厚く、竜のツメを通さない。──となると、この点でも、勝負は機動力に帰結することになろうかと」


 つまりは、


 ──土伏竜ソイルドラゴンで巨人機ではなく、御者の娘を討ち取る。


 そう結論をした。




 貴族たちのざわつきの中から、青瓢箪の連れとみえる眼鏡の若者が手を挙げた。


「素人質問ですが、千人長さま。あの鋼の巨人が機敏ではないとする、その根拠をお聞かせねがいたい」


 ゴードは彼にうなずいて、それはこれゆえのことと、ポケットから遠眼鏡を取り出した。


「巨人のあの重鋼甲冑ヘビーアーマー、厚さはいかほどと皆様には見えましょうかな」


 大司教を含め、貴族たちは慌ててオペラグラスを手元に引き寄せて覗き込むが、闘技場の北面に背を向けている巨人機は、手甲の角盾の厚みだけで、横に立っている小柄な少女の腕ほどある。


 大司教は、観劇鏡オペラグラスから目を離し、


「──なるほど。あの厚みでは、重くてろくに走れなさそうじゃ。となると、御者の娘のほうを討つのが手だと、千人長はした訳か」


 ゴードは、うなずく。


「──その通り。とはいえ、初戦から娘の血を見るのは、どうも……」


 そう頭を掻いて、


「と言うわけで、もう一手。──よければ皆さま、お手もとの遠眼鏡で、巨人の甲冑の節々をご覧あれ」


 そうと促すと、貴賓席のほの全ての瞳が小魚の群れのように、また一斉に闘技場へと向く。


 ゴードは、


「関節を麻袋で覆っているようだが、ああも甲冑からが出ていては、そこを突いてくれと言っているようなもの」


 そう、口元に笑みを浮かべ、


「私なら、あの内肘と膝裏を土龍に攻めさせ、戦闘不能わざありを狙うかと」





 貴族たちが顔を合わせて拍手をし、試合の行方が見えたように一安心するなか、ゴードは新たな酒盃を注文するが、


 大司教だけは、彼に向けて、


「いや困ったぞ」と眉を下げ、


「ゴード卿、講釈を頼んでおいてなんだがな…… 見よ、あの空っぽな金杯を……」


 北門を意味する金杯には、わずかな賭け金しか残っていない。ゴードが席から振り向いて酒を頼んでいるうちに、ほとんどの巾着が銀杯へと移っていた。



「──さすがは、みな……。仕事の早い」


「なにを言っておる! これでは勝負がついても…… 取り分がないじゃないか! なぁ、皆、 神々の声が聞こえんか、ここは一発大穴狙いじゃとのたまっておるのが! ……あぁ聞こえる。ワシには確かに聞こえておるぞ!?」


 大司教は、そうおどけ、貴賓席を笑いに包み込んだ。




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