第9話

 うねりながら土伏竜ソイルドラゴンは、焼けた砂塵の中に横たわる魔動機兵目掛けて迫る。


 機人の剣は、かろうじて手から離れていないものの、弛きってだらりと砂の上に横たわっている。



 そこにまた──、


「踏みつけろ、土龍!」小さく見える武僧モンクが、彼方から叫び、


 背中のウロコが半分もそげ落ちた使役魔獣は、。雄叫びをあげ、太陽を覆うように長大な上半身をかかげた。


 闘技場の外周は悲鳴ともつかない声援をあげて、その土煙のなかから一瞬のぞいた土伏竜ソイルドラゴンの鎌首を目にしたが、


 その影の下、わずかに黒鉄くろがねの指が動いた時、土龍は全体重をのしかけて煙の中の魔動機兵に覆い被さり、土色の霧の中に押さえつける薄れた機人の頭部に唯一光る双眼の発光めがけ、衝角クチバシを連続して落としていった。


 土色の濃霧のなかに、金属と硬質の生体とが重なり合ったまま、第一試合の雌雄は決したのか、それきり両者は動きをとめている。


 はじめ観客席は、悲鳴をあげ、どよめいて揺れ続け、中には急かすようなヤジを飛ばす者もあったが、西壁にも近い砂霧きりのなか、ようとして知れない勝敗の行方に、風の止んだ海のように凪ぎ、静まり返って、勝敗を審判する王の目を頼るようにして、西壁の玉殿に耳目を向けた。



 若王も身を乗り出し、掴んだ玉座がきしむほどに歯を食い縛り、霧のなかに、仮面の目を凝らし、


 同盟国の諸侯も、手汗とともに握る遠眼鏡で、砂の舞う煙りの中に掛け金の行方を占ってい、


 闘技場を渡る風だけが、土煙のなかにある生と死を知るように、渡っていく。



 




 若王は、玉座の上、砂塵の中に、竜の下敷きする黒騎士の動かない両足に目を凝らし、その上にのしかかったまま四肢を突っ張る土伏竜の背中が見えてくると、


「そうか……」


 唸るように感嘆し、玉座へともたれかかった。


「踏みつけを誘ったか……」











 風が洗い流し、砂霧の晴れた闘技場の上で、


 竜の下になった巨人機の脇あたりで、金属の扉がきしみをあげて、体側面の脱出ハッチを蹴って開けるブーツのカカトがとびだした。


 そして、だ土伏竜ソイルドラゴンの長い首が、尻尾と同時に力を失い、海砂のうえに落ちた。




 半リーグはなれた観客らにも、砂霧の晴れゆく風に、ドラゴンの背ウロコを下から貫いた長剣の、黒い切先が確かに覗いている様子を認め、観客席のざわめきが、しだいに歓声に変わって、それは波のように外縁を駆け抜け、天を突き、三千周期目の闘技場を揺るがし、西壁の塔の下からも決着の銅羅ゴングを激しく鳴り響びかせた。






 そして闘技場の中央で、竜の腹の下から、ヘルメットを被った少女が這い出し、天地を揺るがす足踏みと歓声が、全方位から包みこんで祝福する様子に、少女は頭をぬき、赤みがかった金色の髪を風に託して、流し、手のメットを高く掲げ、観客の大歓声に応えた。





 生死の熱風が、一リーグ四方の闘技場に、ふき渡っている。



 そして鳴り止まない歓声なか、西壁のひときわ高い塔の上、玉殿に向けて少女は、似つかわしくない鋭い眼をむけた。












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