第5話

 ──貴賓席で笑いが起こる、その少し前のこと。


 闘技場の上では、南門から入堂した夏の国の武僧モンクと連れ物の土伏竜ソイルドラゴンが、北門より入堂した冬の国のイリア・ミリアスと漆黒の魔動機兵に、砂の上、半リーグ(※五〇〇m)の間をおいて、対峙していた。



 


 



 漆黒の巨人機の脚部に手を触れたイリアが、小声で呼びかける。


「──タケシ、聞こえるか」


 操縦席に搭載された管制球クリスタルが青く輝き、そこから応答があった。


「──ああ。感度良好だよ」



 その声は遠いのに澄んでいて、イリアの耳骨に直接、骨伝導で伝わっている。巨人機のフレームを構成する如意棒アクチュエーターと鋼鉄製の装甲を通じて届くその振動は、外界の騒音とは無縁に、まるでタケシが耳の中で語りかけているような気すらする。



 イリアは、指先で巨人機の脚部に触れながら、視線を前方に戻す。夏の国の武僧モンクと土色の竜が砂風のなかに立っている。



 一方で魔動機兵は、頭部の青く輝く双眼を西の玉殿に向けて、玉座にかける若王を拡大した。


「ねえイリア、あそこに見えるのが、新しい王様かい」


 気怠そうな若王は、背格好と人種が、タケシの昔によく似ていた。


「たしかにおれとおなじ、黒髪クロカミだな。しかも仮面をつけているのか」


 懐かしい気持ちが反映したのか、管制球と共に双眼が青白く振動した。


 





 だがイリアは、「あまりジロジロ見るな」と彼をたしなめた。


「冬至の今日は、午前と午後の二回。そして次の夏至は三回。勝ち抜けば、あの玉殿に優勝者として上がれるんだ。──今は目の前の相手に集中しろ」


 イリアが三白眼で言うと、魔動機兵は頭部を戻して正面を向き、その双眼が青く明滅するたびに、管制球内でタケシが動作確認を行っているのが伝わってくる。


「だって。モニターも久しぶりなんだもん。キョロキョロもするよ」


 機兵は厚手のミトンのような手指を動かし、イリアは、その手に触れ、タケシに尋ねた。


「それで、作戦のほうは立ったのか」


 管制球が再び光を放ち、耳にタケシの声が響く。


「うん。川馬ケルピーのときみたいに攻めたら良いかなって」


 その言葉にイリアは眉をひそめた。


「バカ。今度のシッポは硬いウロコだぞ」


 彼女の即座な反論に、向こうの世界で微笑んでいるようにタケシは一拍おくれて、答える。


「別の方法だよ。君の魔法も、あの時より格段に進歩した」





 すると、西壁の玉殿の下で半裸の武装貴人が、大銅鑼どらを叩き始めた。高らかな響きは徐々にその間隔を狭め、やがて連続音の波となる。観客席も徐々に静まり、音の頂点で銅鑼が、空に向け、大きく叩かれた。



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