きょんとミチ

次の日、コウが朝早くに迎えに来てくれて一緒に学校に向かった。周りの生徒はぎゃーぎゃー言っていたけど、コウは全く気にしていない様子で私の手を引いて歩いた。


「姫子が可愛いから男がみんな見てる。なんか誇らしい気分」


そんな事言うけど、女の子はもっと見てるよ。食い入るように私たちを見てるのに、気付いてないのかな?

校門に入っても手を繋いだままのコウは、何だか楽しそうで、何かを見つけたのか、「あっ」と言葉を零した。


「きょんー!」


コウが大きな声をあげたのを聞いて、バッと周りを見渡す。前方に背が高いせいで頭一つ飛び出したきょんが見えた。その瞬間、きょんはぐるりと振り返ってきょろきょろと辺りを見回して見せた。


「おお、北井! ……と、あれ? 姫ちゃんもいるじゃん!」


頭一つ出たコウを見つけてから、隣にいる私を見つけたようで驚きながらこっちに歩いてきた。


「おはよう、きょん」

「姫ちゃんおはよう。あれ? 手なんか繋いじゃってどうしたの!? 付き合った!?」


両手をハート型にしてこっちにからかうような視線を送ってくるきょんにこくっと頷く。ああーなんかこういうの恥ずかしいー……。


「きょん。さんきゅな。お前のおかげで姫子と付き合える事になった。今度なんかおごるわ」

「別にいいって! それに姫子とか呼んじゃって。もう! 姫ちゃんも良かったね。じゃあ俺約束あるからちょっと行くわ! またね、姫ちゃん!」


去って行くきょんに手を振りながら、じっと見つめた。

遠くなった……気がする。でも、二時間目昨日の事ちゃんときょんに報告しよ。もう約束しないでも、毎日絶対に二時間目はきょんとの時間になっていたから、今日も一時間目が終わるとすぐに屋上に向かう。

そして、鍵が閉まっているのを確認して、持っている合鍵で屋上の扉を開ける。


「きょ…………」


きょんの名前を呼ぼうとして、扉を開ける手が途中で止まった。


「あっ……きょん………………んっ……はげしっ」


前にきょんと廊下でいちゃついてた女の人。その人が屋上のフェンスにきょんに押し付けられながら、キスをしていた。

女の人からキスしてるというよりかは、きょんがフェンスに閉じ込めるような格好だ。女性の足の間に足を食いこませて、荒々しいキスをしていた。

なに? なんで? 私が来るの分かってんのに?

どうして。訳分かんない。


ここはきょんと私だけの場所だったのに、何でここに誰か呼んでんの。ここは私ときょんだけの秘密の場所だったじゃん。

どうして……。コウと付き合ったから、もう私がここには来ないとでも思ったの?

それにしても、この時間にこんな事するなんて、見せるようにやってるとしか思えない。きょんは私に背中を向けているから、どういう風な顔をしてるのか分かんない。


でも、見れなくて良かった。理由は分かんないけど、何となくきょんの顔が見れなくて良かった。


「……はぁ……みち……」

「んん……きょん……んっん」


ミチさん……。

この前電話中に邪魔してきた女の人だ。二人を見ていられなくなって、屋上の扉を閉めて、階段を駆け降りた。

きょんって彼女いたのかな。そういえば聞いたことないけど、さっきのミチさんがもしかして彼女なのかな。

それなら、こういうこともおかしくないもんね。なーんだ、彼女いたんじゃん。そういえば、ああいう華奢だけどふわふわしてて綺麗な子ってきょんが好きそうって思ったんだった。

ちょっとくらい自分の事も言ってくれればよかったのに。私ばっか話して馬鹿みたいじゃん。

階段を駆け下りていると、誰かにどんっとぶつかった。


「ごめんなさいっ」


下を向きながら、二階へと降りようとしていると、腕をぐっと掴まれた。


「あ……コウ。コウだったんだね、ごめんね」

「……どうした? なんかあった?」


コウが心配そうな表情で私の顔を覗き込んでくる。腕を掴みながら、片手はするすると頭を撫でてくる。なんかその優しさが辛い。


「別に何もないよ? どうして?」

「なんか傷付いた顔してるから。この世の終わりみたいな顔」


…………なんで。なんでそんな事言うの。隠しきろうと思ってたのに、なんでそんな事言うの。


「何もないの。本当に何もない」

「ほんとに? 言いたくないなら無理には聞かないけど」

「うん」

「ははっ。なんかきょんもちょっと前にそんな顔してたな」


きょんが? あんなに明るいのにどうして?

思わず首を傾げると、コウはにこっと笑って言葉をつづけた。


「なんかさ、あいつうっとうしいくらいに明るいくせに、その日だけは教室の席に座って死にそうな顔しててさ。女の子も近寄ってこなかったよ」

「…………どうして?」

「しつこく聞いたら失恋したって言ってた」

「……失恋?」


きょんが?

詳しく聞く私にも、コウは微笑みながら私の頬を撫でて答えてくれる。


「なんか屋上によくいる子らしくて、体育の時に運動場から偶然屋上にいるその子を見つけてずっときょんは見てたらしいんだよ」

「……屋上」


なにそれ。


「それでようやくその子と喋れたのに、その子の一言目が他の男の名前だったらしいよ。その子には好きな人がいたんだって。失恋したって言ってかなり落ち込んでた」

「…………へぇ……そう、なんだ」

「確かその日にきょんに姫子紹介してもらったんだった。あいつも自分が失恋してるくせにおせっかいだよな」


そう言って、爽やかに笑うコウに胸がずきずきと痛む。

なんで。きょんどういうつもり?

私そんな事言われたら、もうどうしようもないじゃん。ごめん。コウ。ごめんなさい。


…………ああ、でも憧れだった北井さんと付き合えて、きょんには彼女がいるかもしれなくて。今ここで別れたら、私馬鹿だよ。不器用すぎて、最低すぎて笑える。

でも。北井さんの事、本当に好き? きょんよりも?

ああ、もう頭が壊れる。

でも、今私きょんに会いたくなってる。これからもきょんとの時間が欲しい。無くなると思うと胸が痛い。ああ、やっぱりもう嘘付けない!


「…………ごめん! コウ! 私、どうしても気になる人がいるの! コウの事好きだと思ってたけど、憧れてたの! 今も憧れてて、かっこいいと思ってるんだけど、恋愛とは違ったみたい! 私その人の事なんか好きになってた」


コウの手をぎゅっと握ってそう伝えると、コウは驚いた顔をしてから儚げに笑った。コウはこんな時でも、そんなに綺麗に笑うんだね。

……ごめんね。


「それって、きょんだよね?」

「えと、……うん」

「何となく分かってたよ。……やっぱり振られたな。きょんのところに行っておいで」

「……コウ。ごめんね! ありがとう!」


コウ、本当にごめんなさい。

でも、私とコウはきょんによってくっつけられたようなもんだ。私がミッションをクリアしなかったら、きょんが私を紹介しなかったら、コウにきょんがアドバイスしてなかったら。


考えたら付き合うまでの全ての試練はきょんがクリアさせてくれた。出会いから付き合うまでの全てをきょんが用意してくれたんだ。


私は、やっと気持ちに気付いた。

きょんは今ミチさんと付き合ってるの?

それでも気持ちだけ伝えてもいいかな。私の事好きだったのに、出会ったその日にコウに紹介してくれたんでしょう?

あんなに相談に乗ってくれたんでしょう?

今までごめんね。無神経にきょんを傷つけてごめんなさい。きょんが誰よりも好きだよ。きょんのそばにいたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る