ミッション3
―――日曜日になって、北井さんが家の前まで迎えに来てくれた。
目いっぱいおしゃれした服も北井さんはじっと見つめてから、とっても可愛いと褒めてくれた。ガラでもないけど、やっぱり嬉しい。この人ならどんなかっこうで着ても褒めてそうな気がするけど。それはそれでどうなの……。
はっ! またトリップ!!
「……きょっ、今日はどこ行きますか?」
「映画行かない?」
「あ、いいですね。何見ますか?」
「うーん最近やりはじめたアクションのあれは?」
「あっ私それすっごい見たかったんです!」
「うん。じゃあ行こっか」
北井さんと映画の趣味同じなのかな。それだったら嬉しいな。
映画はとても面白くて、北井さんとは手も繋がずに普通に隣に座って見ただけだったけど、隣の存在が気になってひどく緊張してしまった。
「面白かったね。如月さんはどうだった?」
「面白かったです! すっごく! 最高ですねぇ。あの車で突っ込むとことか一度はやってみたい!」
「ははっ、やってみたい? でも面白かったなら良かった。ご飯でも行こっか」
「はいっ。何食べますか?」
四時ごろ映画を見始めたから、時間はすでに六時すぎになっていて、辺りも少し暗くなってきていた。
「うーん予約してるとこがあるんだけど、そこ行ってもいいかな?」
「え!? 予約してくれてるんですか!? じゃあそこ連れてって下さい」
「リクエストも聞かないでごめんね」
なんかねぇー。隣に女友達がいたら、ぎゃーーー!! ってまた悶えてるところだ。
北井さんって大人だな。なんかどこからどこまでも隙がないというか、恐ろしいくらい女の子のツボを心得てる。モテるために生まれてきた人だな。
北井さんと並んで歩きながら、着いた場所は一番行ってみたかった和食料理屋さんだった。
わっ! ここ! 行きたかったのーーー!!
そんなに高くないけど、最近できたおしゃれな店で、和食をメインに置いてある料理屋さん。普通なら女の子は洋食屋さんなんだろうけど、私はここが行きたくて仕方なかった。
北井さんはどういうつもりでここを選んだんだろうな。和食とか好みそうではあるけど。
「ここなんだけどいいかな?」
「あっはい。ここすっごい行きたかったんです」
「ほんとに? へぇーすごいな。じゃあ入ろっか」
?
なにがすごい?
店に入ると、本当に予約をしてくれていたみたいで、テーブルに着くとコース料理までも運ばれてきた。なんかお姫様状態。
「ここすごいおいしいですね」
「そうだね。おいしい。あ、この後少し時間ある?」
「はい、全然構わないですけど、どうしてですか?」
「うん。そこの公園がイルミネーションが今綺麗みたいだから、見て帰らないかなと思って」
北井さんって段取り型? せっかちなのかな。
「それ見たかったんです。でもさすがに一人では行きにくいし、すごく嬉しいです」
「……そっか。じゃあ後で行こうね」
ご飯をおいしく食べて少しゆっくりすると、スムーズに北井さんがお会計をしてくれて店を出た。
「ご飯ありがとうございます。私今日お金全然出してなくて、その、さすがに悪いです」
「いいんだよ、気にしないで。初デートで女の子にお金出させてたら恥ずかしいよ」
そう言って、私の手をぎゅっと握ると、そのまま歩きだした。
唖然として北井さんの顔を見ると、困ったように笑って、手を見つめた。イルミネーション行くから、手繋いできた?
ムード演出みたいなもの?
だめだ、こういう時に素直にキュン! とか言えない女って私が男だったら無いな。
「ちょっと繋いでみたけどダメだった?」
「い、いえ。そんな事は……」
「でも、あんまり手が小さくて女の子だから俺が動揺してきちゃったよ」
そう言って、くすくす笑う北井さんに顔を真っ赤にしながら、公園までの道を黙って歩いた。なんか自分でも言うのもなんだけど、私と北井さんって結構相性がいい気がする。
北井さんならこの私の無愛想さをカバーしてくれる甘さがあるし、二人でいても北井さんのおかげで甘くなってる。私にはこれぐらいの人がちょうどいいのかもしれない。
…………てか、きょんのミッションも言うタイミングなんてないし。今まで映画でもご飯のときでも切り出せなかった……。
言うとしたら、この公園?
もうー……きょんのせいで緊張してきた。
「あそこ座ろっか」
手を引かれてベンチに一緒に座ったのに、手は繋いだまま北井さんの太ももの上に乗っている。それが緊張してならない。
「ちょっと聞いてもいい?」
「はい」
「きょんと如月さんってどういう関係?」
きょんと私。どういう関係? ん?
こっちが聞きたい。
「……多分友達です。普通の友達」
「そっか。なんかやたらきょんが俺に如月さんの事薦めてくるからさ。今までも女の子がきょんに、俺を紹介してって頼んだ事は何度もあったらしいんだけど、いつもすぐに断ってたらしいからさ」
「じゃあ私が初めてなんですか?」
「そう。きょんに紹介されたのも、女の子薦められたのも初めて」
「へぇーそうなんだ」
「俺が女の子に興味無いって感じだったから言いにくかったのかもしれないけどね」
「……………………」
「どうかした?」
あ、きょんがなんで私を初めて薦めたのか考えてたら黙ってしまってた。どうしよ。
北井さんは不思議そうな目でこっちをじっと見てるし。手は今も握られてるし。周りには他にカップルも多いし、イルミネーションは何だかすっごく綺麗だし。ああ、もう…………ヤケクソだよ!!
今言っちゃえ!
「あの、私じゃ、……ダメですか!?」
ミッション言えた。
はっはっは。これで振られたらきょんのせいだからね! きょんに明日文句言ってやるんだから。
「…………如月さんってほんと分かんないね。てっきりきょんの事が好きなのかと思ってた。びっくりした。俺のこと、からかってる?」
北井さんはまじまじと私を見つめると、握っていた手を離して、私の長い髪をするすると撫でた。そして、一束とってゆっくりと口づけると、髪の毛に電流が走ったように顔まで真っ赤になった。
それより、きょんの事が好きだと思ってた?
どうして? 私そんなにきょんの話なんてしてないと思うけど、どうしてだろ?
「なに? 今度は黙って。焦らしてんの? 君って難しい」
そう言って、顎をくいっともたれると、あまりにも自然にちゅっと口づけられた。唇と唇だけが重なる、とろけるようなキス。
「あ、あの…………恥ずかしい」
「きょんの言うとおりだ。すっごく可愛い。……俺と付き合ってくれる?」
「あ、はい。……もちろん」
北井さんは思った以上に糖度たっぷりで、この場の空気にのぼせるかと思った。もうきょんに恥ずかしくて、報告できないかもしれない。でも付き合った事だけは明日報告しておこう。
きょんのミッションのおかげで付き合えたようなもんだなぁ。
ミッションがなかったら、駆け引き上手でもなんでもない、ただの愛想のない子になってしまってたんだろうから。
きょんがいなかったら、こんなにも北井さんは私に惹かれてくれなかったと思う。
「あのさ、フェアじゃないから言っておこうかな。きょんにも黙ってろって言われたし、黙ってようかと思ったけど。ほんとの俺を知ってもらいたいから言っておくね」
「……なんですか?」
なに? きょんが関係してるの?
「実はさ。今日の映画も、料理屋さんも、このイルミネーションも全部きょんが教えてくれたんだ。姫ちゃんは映画これが好きだと思うから、とか。料理はきっと和食が好きだから予約しといてあげたとか、意外にロマンチックなの好きなはずだから、イルミネーション連れてってあげろとか、全部指定されたんだよ」
え? うそ。
アクション映画が好きな事も、和食が好きな事も、ロマンチックな事も言った事なんてないよ? 知ってるなんておかしいもん。
「なんできょんが?」
「さぁ? 君の事何でも知ってて妬けちゃったよ。これですっきりした。自分の手柄にしておくのも忍びないし」
私はすっきりなんてしないよ。なんできょんは私と考える事とか同じなんだろ。どうして好きなものまでわかっちゃうんだろ。
北井さんはスマートで、そういうところすごいかっこいいと思うけど、言ってほしくなかった。
なんだか心がかき乱される。心の中にもやもやが広がる。
「姫子ちゃんだったよね。姫子って呼んでもいい?」
「あ、はい、もちろん」
「俺も下の名前で呼んでよ」
はい。
えっと………………えっと。
え? あれ?
「……あの、北井さん下の名前なんですか?」
髪を撫でられながら呟くと、髪を撫でる手を止めてじっと私を見られた。そして、ガクッとうつむいてから、けらけらと笑いだした。
「姫子。なに? 付き合う相手の下の名前知らないの?」
面白いのか笑い続ける北井さんを前に、私はもやもやが止まらなかった。きょんの時は名前が何か気になって自分で聞いたくせに、北井さんには言われなかったらこのまま北井さんって呼び続けてたような気さえしてくる。
…………どうかしてる。
「俺の名前は、北井紘。コウって呼んでくれたらいいよ」
コウって名前なんだ。なんかそんな感じするかも。北井さんにぴったりな素敵な名前。
「じゃあコウって呼びますね」
「彼氏に敬語はいらないよ。普通に喋ってくれたら嬉しい」
「うん。じゃあそうする」
この状況できょんを思い出すのは普通?
前に、きょんとも同じ会話をしたからかな。ただ、それだけだったらいい。
「今日は帰ろっか。明日朝練ないから家まで朝迎えに行ってもいい? 寝る前にメッセージしてくれる?」
「あ、迎えに来てくれるの? 嬉しい。うんメッセージは帰ったらする」
「よし帰ろ」
コウに手を引かれて、家までの道を歩いた。
デートは楽しかったし、憧れだった北井さんとも付き合えた。
何も言うことはない。早くきょんに報告したい。
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