番外編:幸せの豆大福 美亜side
今日は朝起きたときから頭が痛かった。
なんとなく身体もだるい。
だけど、熱がある雰囲気はなくて、大学にいつも通り来てみたものの、やはり症状がおさまる気配はない。
はぁと吐いた息はいつもより熱い気がした。
二限のゼミの授業が終わると昼休みになった。
同じゼミを取っているひろちゃんが「お昼食べに行こ」と声を掛けてくれる。
隣から鞄を肩に掛けた裕ちゃんと京も私が立ち上がるのを待っている。
「あれ、美亜。顔赤いね」
京が私をじっと見て首を傾げた。
「そう? なんか頭痛がひどくて。風邪かなぁ」
「えー美亜ちゃん、風邪? 帰る?」
「うーん。もうちょっと様子見る。とりあえず食堂行こ」
三人の心配そうな顔に安心させるように笑って見せた。
大学四年の後期になり、授業は卒論のゼミだけになった。
結局四人で仲良くゼミを選択したので、相変わらず一緒にいる。
それでも週に一回か二回しか大学に登校しなくなった今、残り少ない授業は宝物のように感じる。
四人で秋のキャンパス内を歩く。
真っ赤な落ち葉の散る道はとても綺麗だ。
「綺麗だね」
ひろちゃんが隣で言う。
それに笑顔で頷く。
最近まで夏の名残で暑かったのに、急に冷え込んできた。
そのせいで風邪でも引いたのかもしれない。
徐々に悪寒がしてくる身体に気付いて、ふぅと重い息を吐いた。
この後はもう授業もないのだけど、ゼミが終わった流れでお昼ご飯を食べに行くのは四人のお決まりになっていた。
あと何回こうやって大学で食事ができるだろう。
そう思うと、毎日がもったいない気持ちになる。
食堂への道を歩いていると、道の向かい側から千里が歩いてくるのが見えた。
どうやら一人らしい。
鞄を手にこちらに向かっているという事は教授棟の自室に向かうのだろう。
そういえば今日は授業はないけど、レポートの処理をするとかで大学に来るって言ってたなと思い出す。
「あー、城山せんせ」
裕ちゃんが気付いて、千里に手を振る。
千里は向かいにいる私たちに気付いて、笑顔になった。
四人を見渡してから私に視線をやってくれる。にこりと微笑むと、千里も微笑んでくれた。
「先生ー、久しぶりでーす。最近全然会えてなーい」
ひろちゃんが唇を尖らせて言う。
確かに、ゼミの担当の先生も変わったし、千里の授業ももう取っていないから、千里と会う事は三人はめったにないだろう。
「みんな久しぶり。元気そうだね」
「元気でーす。あ、でも美亜は調子悪いんだよね」
ひろちゃんに話を振られて、曖昧に頷く。
「調子悪いの?」
千里が心配した顔で聞いてくる。
その表情は教授が生徒を心配する度を超えているんじゃないかと思うほど心配そうだ。
「ちょっと頭痛がするくらいなんで大丈夫です」
ここで千里を引き留めるわけにいかない。
三人がずっと様子を伺っているから、これ以上千里と話をしてボロを出す前に退散しなきゃ。
そう思っていたのに。
私がそう伝えると、千里は慌てたように私の二の腕をぎゅっと掴んだ。
「え?」
思わず声を上げて、千里を見上げる。
「頭痛いの? どれくらい? 他に症状は? 気持ち悪かったりしない?」
「え、あ、あの、」
千里が食い入るように私の様子を確認してくる。
これはあまりにもおかしい。
困ってしまって隣に並ぶ三人の顔を交互に見るけど、三人ともぽかんとした顔をしている。
ほらぁ、千里ぃぃ。
これ以上何も言うなと千里を睨みつけたのに、千里は眉をハの字に下げたまま、綺麗な手を私の額に当てた。
「ちょっと熱いな。病院、行こう。すぐ」
「城山せんせ!」
腕を強引に引っ張られそうになって、慌てて千里の腕を掴む。
他人行儀に呼んでみると、千里はようやく我に返ったようで私の隣に並ぶ三人を見た。
しんと沈黙が流れる。
「あー、えっと、ごめん。ちょっと先走り過ぎたね」
千里が困ったように眉を下げて、三人に謝る。
私は恐る恐る三人を見る。
絶対に変に思われた。どういう関係かって疑われている。絶対。
だけど、三人は微笑ましそうに私と千里を見ていた。
その優しい視線に首を傾げる。
「先生、そんな焦らなくていいっすよ。俺ら、二人の関係、だいたい知ってたんで」
裕ちゃんが言う。
千里が言葉を無くして、三人を見ると、ひろちゃんも京もこくんと頷いた。
「えー! なんで知ってるの!」
私が思わず身を乗り出して、ひろちゃんの手を掴むと、ひろちゃんはにまにまと笑った。
「偶然二人が一緒にいるところ見た事があってね。多分そうなんだろうねって」
衝撃の事実に心臓がドキドキする。
まさかそんなにはっきり三人に知られているとは思ってもみなかった。目の前の千里も気まずそうに視線を泳がせている。
「知られてるとは思わなかったな」
千里が言う。
「美亜ちゃんが年上好きだったのは意外だけど、まぁ先生なら分かるかなー」
裕ちゃんが言ってくれる言葉に、千里はありがとうとお礼を言った。どうやらバレてもあまり慌てないらしい。
まぁ千里は元々そんなに隠す気ないからね。私の方が気にしているくらいで。
「げほっ、けほ」
頭が若干ぼーっとしてきて、急に咳が出てきた。
それを千里は見逃すわけがなく。
千里は私の顔をじっと覗き込んでくる。
心配で頭がどうにかなりそうらしく、私の腕を掴んだまま離さない。
「美亜。美亜、やっぱり病院行こう。心配だから」
「大げさだってば。ただの風邪だよ」
「そんなの分からないよ!」
千里が思いのほか大きな声を出す。
隣にいる三人も予想以上の千里の心配に、しんとしている。
「千里。分かった。病院行くから。ほら、手離して」
「……早く行こう」
「はいはい。じゃあ、ごめん、みんな。お昼一緒できなくて。また来週でいい?」
三人に謝ると、それぞれ手を振って送り出してくれた。
「美亜、また話聞かせてもらうからねー」
ひろちゃんがそう言って快く送り出してくれて、私ははにかんで手を振った。
千里が隣を歩く。
早歩きをしながら、私の症状が気になるのか何度もチラチラとこちらを見てくる。
「千里。まっすぐ見て歩かないとこけるよ」
「分かってるけど……」
大げさな千里に苦笑しながら、教員用駐車場まで歩いて二人で車に乗り込んだ。車に乗って空気が変わったからか、咳がげほげほと出る。
運転席でエンジンを掛けていた千里がぎょっとした顔をして、私の背中に慌てて手を当てた。
「明穂!」
「ちょっとむせただけだから」
「気持ち悪いとかない? あの時みたいにならない!?」
「大丈夫だよ、千里。何言ってんの。大丈夫だよ?」
取り乱す千里が可哀想で、手を伸ばして柔らかい髪を撫でた。
慰めるように何度も髪を撫でる。
「心配しないで。そんな簡単にもう死んだりしないよ。大丈夫」
「本当? もうあんな思いは二度とごめんだ……」
「うん。千里、約束してあげる」
「なに?」
千里が私の手の指を大切そうにきゅっと握った。
柔らかい髪を何度も何度も優しく撫でながら、千里に向かって微笑む。
「千里より先に死んだりしないから。約束するよ」
「……うん。うん。ありがとう……っ」
千里は顔をくしゃっとしかめたかと思うと、涙をじわりと浮かばせた。千里のあの時の悲しみを理解していたつもりだけど、私の想像を超えるものだったのかもしれない。
「千里はダメだなぁ。ほんとに私がいないとダメだな」
苦笑しながら助手席のシートベルトを付けて言う。
外車の快適な車内は暑苦しいくらいの暖房を付けられていて、千里の過保護に呆れながら暖房の温度を弱めた。
「それ、昔みっちゃんにも言われたな」
「みっちゃん? 同級生の?」
みっちゃんは、同じ小学校中学校だった私の女友達だ。
同じ陸上部で、吉村とも仲が良かった。
彼女は千里のファンで、だけど、千里とはそれほど仲良かったようには思えないけど。
「うん、あのみっちゃん。僕、高校から海外行ってたでしょ。明穂の命日だけ、毎年帰国しててさ」
「そうだったんだ。知らなかった」
「その時に、お墓の近くでみっちゃんとバッタリ会ったことがあってね。高二のときだったかな」
「へぇー、話したの? みっちゃん、千里とツーショットになったなら緊張してたでしょ」
ふふっと笑う。
みっちゃんは千里の事をかっこいい、幼馴染でうらやましいと私にいつも言っていたから。
そのくせ、恥ずかしいとかで、あんまり千里には直接話しかけられなかったみたい。
懐かしいエピソードを思い出して、目を細めた。
明穂のお墓がある地元の風景が一瞬で目に浮かんだ。そこはいつも蝉の音が伴って、私の記憶に刻まれている。
千里も同じなのか、遠い目をして宙を見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます