親思う心に勝る親心

――日曜日。


私の家にやってきた千里は、どこの旅行帰りだと思われるほどたくさんのお土産を持ってやってきた。

アドバイスしてやらなかった事を後悔したほどだ。

日本酒に、有名店のお菓子に、高級な入浴剤、あげくの果てにはすき焼き用のお肉セットまで持ってきた。


うちの両親は唖然としながらも、もらって悪い気はしないようで、「嬉しい~」とお母さんが喜んでいる。

妹の亜子には、ブランドのポーチなんてプレゼントしちゃって、亜子は亜子でもじもじしながらも嬉しそうだ。

物で釣る作戦なわけか、これだからお金持ちは……。


「あの、美亜さんとお付き合いしてます、城山千里です。教授という立場で本当に申し訳ありません。それと、美亜さんからすでにお聞きしたかもしれませんが、僕は一度結婚をしていて、バツイチです。お嬢さんのお相手にはふさわしくない事は承知ですが、できればお付き合いをお許し頂きたくお伺いいたしました」

 

リビングに入るなり、深々と頭を下げた千里に、家族三人はまたもやぽかんとする。

一応彼氏が教授でバツイチだって事は事前に伝えておいたけど、反対はされなかった。

千里はしっかり覚悟を持って来てくれたらしい。緊張もしていたようだ。


「いえいえ、美亜は昔からいい子でお姉ちゃんやってきて、文句も愚痴も全く言わない子でしたから、頼れる人ができたのなら嬉しい事なんです」

「……本当ですか?」


千里がびっくりしたように目をパチパチと瞬きさせている。

反対されるだろうと思っていたんだろうな。


「今まで美亜には人生の選択も全部まかせっきりでね。全部自分でする子だったから。十八になって自分で恋人選びしたのなら、きっと美亜の事だからいい人を選んだんでしょう」

「……はい」

「娘の教授だからダメだなんて言いません。立派な職についてらして親としては安心なくらいです。バツイチである事は気にされる方も多いかもしれませんけど、今美亜だけを大事にしてくれてるならいいんです」


お父さんもうんうんと頷いている。

亜子が隣に立って、「お姉ちゃんいいな」と彼氏がいる事をうらやましそうに言う。

それに笑いながら、ほんの少し緊張のとけたらしい千里の手を引いて、ソファに座らせた。


「千里くん。美亜をよろしくお願いします。しっかりしてるように見えますけどまだ十八歳の女の子ですから。うちの可愛い娘です。大事にしてやって下さい」

「はいっ、もちろんです。ありがとうございます」


なんだか結婚の挨拶みたいでどうも照れる。

千里はお父さんの前に座って、そのあと談笑を始めたようで、ホッと息を吐いて近くに腰かけた。

 

「美亜の小さい頃の写真でも見るかな?」

「あ、はい。ぜひ見たいです」

「ちょ、お父さん! やめてよ、恥ずかしいから」


お父さんを止めたのに、いそいそとアルバムを大量に出してきて、千里に見せ出した。

千里が持ってきてくれたお菓子たちを並べて、アルバム観賞会になっていて、何とも恥ずかしい。なぜか亜子は一緒になってアルバムを見て、「お姉ちゃん可愛い」と言っている。

恥ずかしすぎて離れた場所にある椅子に座ると、お母さんが近くに座った。


「千里さん、綺麗な顔してるわねー」

「そうかも。顔で選んだわけじゃないけど」

「ふぅん、じゃあどこで選んだの?」

「うーん、私がいないとダメなとこ」

「ふふ、美亜はほんと根っからお姉ちゃん気質ねー」


そう言えばそうかも。

私って前世でも弟がいたし、今だって亜子が妹だし。

お父さんと千里と亜子は、アルバムを手にかなり盛り上がっている。

困っていそうだったら助けに行こうと思ったけど、大丈夫そうだ。


「そうだろう、美亜は可愛いだろ。ははは。この子は昔から肌が白くてね、僕に似たんだよな。亜子もそうだよなぁ?」


お父さんがなんだか上機嫌だ。

まぁ娘二人を溺愛しているから、自慢できる相手ができて嬉しいのだろう。


「あ、でも千里くん。結婚はまだダメだぞ。美亜が大学を卒業してからだな」

「は、はい。もちろんです」


お父さん……。

自慢しながらも、ちゃっかり釘だけは刺すんだね。

お母さんが楽しそうに笑いながら、晩ご飯の支度を始めた。


今日はどうやらお母さんお得意のちらし寿司を作ってくれるらしく、千里もご招待するそうだ。

会うまでは多少不安もあったけど、案外自然とうまくいきそうで、ホッと息を吐いた。


「美亜。ちょっと手伝いしてくれる?」

「うんうん。手伝うー」


お母さんと一緒に台所に並んで、食材を刻む。

後ろではまだアルバム観賞会が続行されていて、三冊目に突入した割に、まだお父さんの熱は冷めやらない。

後ろを振り返って見ていると、お母さんが隣にぴったり寄り添ってきた。

 

「美亜。お父さんね、本当は少し反対していたのよ。まぁお父さんって娘大好きでしょ。教授って事は気にしてなかったみたいだけど、十五個も年上でバツイチってまぁ少し聞こえは良くないじゃない?」

「反対してたんだ。私には何も言わなかったのに」

「会ってみたらどんな人か分かるからそれまでは美亜に何も言わないでおこうと思っていたみたい。今あんな風に楽しんでるって事は、気に入ったんでしょうね」

「良かった。お母さんも色々言ってくれたんでしょ? お父さんに。ありがとね」

「いいのよ。男親はだいたい口うるさいものなんだから」


こそこそと会話していると、亜子が「手伝うよー」と言って、輪に入ってきた。

三人で料理を作っている間に、お父さんはなぜか日本酒を開けたようで、千里と夕方からお酒を飲んでいる。


あーあ。

千里にお酒飲ませたらダメなのになぁ。

それでも嫌な顔一つせずににこにこ笑う千里が愛しい。

私の事が好きなんだなぁと思える。

あとでお礼を言っておかなきゃな。

 

結局晩ご飯を食べて、お父さんの晩酌に付き合った千里は、足元をふらつかせながら帰るようだ。


「泊まって行ってもいいぞ、千里くん」

「いえいえ、タクシーを呼びましたので。今日は長い時間すみません。また遊びに来てもいいでしょうか」

「いつでも来て下さいね。お父さんのお酒に付き合ってやって下さいな」

「ありがとうございます」


最後に深々と頭を下げた千里は、私と一緒に玄関を出た。


「タクシーまで送るよ」

「ん? すぐ近くに来るから大丈夫だよ。家に入っておいで」

「でも、今日はありがとうね。すごく疲れたと思うけど」


千里と一緒に玄関を出て少し歩きながら、会話をする。

お礼を言いたかったから。

まだふらつく千里が心配だったっていうのもあるけど。それでも一応わきまえているらしく、前みたいに変に酔っぱらう事はなかった。

 

「全然。いい人たちで良かったよ」

「うん。ほんとにいい人たちなんだ」


私が笑うと、千里も嬉しそうに頷く。


「ご両親には言わないんだよね。前世の事」

「うん。言う気ない。言われていい気はしないでしょ」

「知らないでいい事の方が世の中は多いからね。水野明穂の両親には?」

「うーん。今のところ言わない、かな。だって、今は私の両親はあの人たちだし、水野の家の子供にはもうなってやれないのに、告げたって。複雑なだけかなぁって。悩んでるけど」

「美亜がそれをちゃんと考えたのなら、それで僕はいいと思う」

「うん。……って、え?」


なにかが引っかかって千里を見上げた。


「美亜」

「……え?」


名前を呼ばれてもう一度顔を上げる。

高い位置にある千里の瞳が私を優しく見下ろしていた。


「どうしたの?」


美亜って呼ばれた事なんてない。

いつもいつも明穂って呼んでいたのに。


「んー、なんか今まで明穂って呼んでごめんね」

「え? そんなの別に、」

「あのご家族にすごく大事に十八年間育てられて来たんだなぁと思うと、美亜って呼びたくなった」

「……そう?」

「まだ僕は美亜の事はあんまり分からないけど、これから知っていけたらと思う」

「……うん」

 「君は明穂であり、美亜であり、それが今の君なんだと思う。僕はそれを全部ひっくるめて好きになりたいから」


涙が込み上げてくるのを止められなかった。

別に明穂の事だけを好きなんだろうと悲観していたわけじゃない。別にそんな事はあまり気にしていなかった。

だけど、千里のその気遣いが嬉しい。


たまらなくて。

目の前の人がたまらなく愛おしくて。

こんなに素敵な人に愛された自分に感謝した。

 

千里にぎゅっと抱きついた。

人のほとんどいない住宅街で、いきなり抱きついたせいで、千里がビクンと身体を揺らす。

そのうち背中をぽんぽんと撫でられた。


「ありがとう、千里。なんかすっごい嬉しい」

「美亜はとても幸せに生きて来たんだね。僕も嬉しいよ」

「……うん。これからは千里と幸せに生きてくからね」


千里がゆっくり微笑んで私の髪を撫でた。

七月にさしかかる蒸し暑い夜に、二人で触れるだけのキスをした。

もっと、もっと、二人で触れあっていたいと、名残惜しくなるくらい、私は千里が好きになった。

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