第15話 世はなべてこともなし
結局……。
リナちゃんがどれだけキレ散らかそうが、龍さんは気絶した私を離さなかったらしい。
庭園を固めていたうちのスタッフ(王城勤務にあたり領地からついてきてくれていた父上の部下)も総出で奪還作戦を敢行したらしいが、全員蹴散らされたそうだ。アイツらアホみたいに無駄に強いんだけど、龍さん、さすが最強存在だなぁ。
庭園に深刻な被害が出る前に、侍女さんが全員を制圧して、その場を収めてくれたんだって。侍女さん、ステキ。
そんなこんなで、バタバタはあったものの一応予定通り、私はその夜のうちに王都を出て、領に戻れた。
父上は私を抱きかかえて屋敷に入ってきた龍さんを見て卒倒しかけた……らしい。
って、伝聞ばっかりだな!
気を失いっぱなしだったんだよ!!
気がついたら実家のベッドだったんだよ。知らないよ。
なんか龍さんにごっそり持っていかれて貧血みたいな感じだったんだよ。
え? ひょっとしてこれ吸血鬼的なヤツ? 魅了されて、生命力を吸われるとか??
おおう。巻き毛がかわいいバンパネラねずみじゃん。……ってなんだっけ?
こっちじゃない世界の知識はあるんだけど、固有名詞や個人情報っぽいものはほとんど詳細がわからないんだよな。
あ、でも一般名詞化するほど普及した商標名はわかるぞ。
無限軌道はキャタピラー。
ホッチキスはステイプラー。
……逆か?
「まだ、本調子じゃないな」
「もう少しお休みになってください」
優しく枕をあてがわれて、素直に横になる。実家なのに侍女さんのいる生活サイコー。
なぜかわからないけれど、起きたら彼女もいた。どさくさで一緒に来ちゃったんだって。やー、悪いなー。
「龍さんは?」
「ずっとお側から離れず、うっとお……根を詰めておいでのようだったので、気分転換にと、こちらのお屋敷の皆さまと少しは親交を深めたほうがよろしいのではと、お勧めしました」
へー。さすが侍女さん。気が利くな。
そういえばおもてが騒がしいような。
うちの若い奴らと、出入りの領民のよく知ったあたりの声がする。
「貴様〜! ぽっと出で横からお嬢を掻っ攫おうたぁふてぇ奴だ」
「お嬢の婿レースに参加するなら、紳士協定を守りやがれ!!」
「俺達がどれぐらい長いこと血を吐く思いで手を出さずに見守ってきたかわかるか?!」
「お嬢の基準じゃ、結婚は18歳以上になってからなんだよ」
「繊細なお嬢のお心の準備ができるまで、愛だ恋だでわずらわせんじゃねぇ」
「……我が妻になって欲しいと言ったら、”はい”と答えてくれたぞ」
「はぁあああっっ?!!」
「きっさまぁあ! そこになおれぇ!」
「王城に着いてった親衛隊の奴らは何やってたんだ?! 役立たずめ〜」
「騒がしいですわね。お休みになられるなら窓を閉めておきましょう」
侍女さんがにっこり笑ったまま、キビキビと窓の鎧戸を閉めてくれた。
色々と聞き捨てならないことが聞こえた気がするが、追求するとドツボにハマりそうな予感がするので、華麗にスルーすることにした。
ただし、龍さん。そんな返事はした覚えないからな。そこはきっちり訂正させてもらうぞ。後でな。今は眠い。
後日、諸々の情報を総合した結果、このときの自分の不調の原因は、龍さんとの接触がきっかけだが、吸血鬼的なものではないとわかった。
おそらくだが、自分の中にある異界の魂は、本来は龍さんに入るハズだったのだろう。それがなにかの手違いで私に融合してしまったので、彼は魂が足りなくなってしまったのだ。
彼を見ると無性に心惹かれるのは当たり前である。私の心の半分は彼の中にあるのが正常な状態なのだから。
彼と接触した結果、安定していた私の魂は激しく揺さぶられた。もし私の心が弱くて不安定だったら、これがきっかけで龍さんの強さに引き裂かれて、あっちに統合されてしまい、この身体の方は空っぽになっていたかもしれなかったそうだ。怖っ。
でも、私はおかげさまでまっとうに育って、めっちゃ安定していたので、揺さぶられて軽い不調を起こす程度で、大丈夫だったらしい。
父上ありがとう。
「お前が龍と一緒にいて、意識を失っているのを見たときは、寿命が縮んだぞ」と言われました。
どうも訳ありっぽい子供を心配して、昔から父上は色々と文献とか調べてくれていたようです。実は今回関係者のなかで一番情報が確かだったのがうちの父上だった。
なんと、万一、呪われた龍と出会うと死んでしまうから、私を龍から守るために配下に腕利きを集めることまでしていたらしい。
うちのアホみたいに強い奴らは、この世界基準でも強かったのか。ここではあれが標準だと思ってたじゃないか。
え? あれ、一騎当千クラス? 用意してあげた筋トレ機器に爆ハマりして居付いた気のいい脳筋兄ちゃん達じゃなくて? ああ。脳筋はあってる?そうすか。
それから、なんと私を王城に行かせたのも、呪われた龍を倒す聖女が王城にいるという話を聞きつけたからだったんだって。それ極秘情報ですよ??
頼りになるいい親過ぎて涙が出るぜ。
龍さんは、私が倒れても私を離そうとしなかったのを、父上からど叱られてこんこんと説教されたそうだ。最強存在に理詰めで勝って謝らせたうちの親、凄い。
ただし、当時の龍さんの方の状態もかなり危うかったらしい。むしろそこまで切羽詰まっていて、もっと手ひどく私を襲わなかったところは称賛に値するレベルだったそうな。怖ぁ。
今は、あちらも小康状態にまで持ち直したようで、私達は手をつなぐ程度の節度あるお付き合いをしている。
龍さんは、様子を見計らっては、ハグしたり、膝の上に座らせようとしたり、あらんことか添い寝しようとしたりしてくるが、有能な侍女さんのお陰で半分ほどは失敗して、すぐに追い立てられている。
私の日常は概ね平穏だ。
「せんせ~い!!」
「リナちゃん?どうしたの?」
実はこの聖女様、呪われた龍の問題が解決しても、まだ元の世界には帰っていない。侍女さんと同じく、どさくさでうちに来ちゃってそのままだ。お城の偉い人向けには帰還した建前にするとかなんとか侍女さんが言ってた。
なんだか本人の愛が成就していないのにお役御免にするのは心苦しいとかなんとか、愛の女神様がごねていらっしゃるらしい。
四の五の言ってないで、女の子はさっさと家に帰らせてあげろよ。好きな男ができちゃったら別れがつらくなるだけじゃん。アホか。
『大きな声では言えませんが、理想の人を見つけましたー!』
元気に駆け込んできて、今日もかわいいね。一緒にお茶する?
「いいことがあってよかったね。ゆっくり聞かせて」
「はい!」
リナちゃんは、ソファーに座っている私の膝の上に頭をのせている龍さんを一瞬ジロリと見て、小さく舌打ちしたけど、すぐにいつも通り元気で可愛らしく、私の向かい側に座った。
「それで?」
「はい、先生。私のことをお義母さんと呼んでください!」
「はい?!」
あ、龍さんが誤解したのはこれか。自分、想定外の話を振られると、とりあえず「はい」と答える癖あるわ。危険だな〜。以後、気をつけよう。
フリーズした私に、リナちゃんは喜々として、語り始めた。
うちの父上が好みどストライクなのだそうだ。わからん。何だそれ。20歳以上、年の差があるぞ。
『先生が大人の男の人になって渋くなった感じで最高です。めっちゃ優しいし』
こら、リナちゃん。日本語で早口で話すと私がニコニコ聞いてうなずくと思ってるでしょ。意味わかってるからね。
『アホなこと言ってないで、とっとと自分の世界に帰れ』
『あっ、ヒドイ。未来の母親にそんな口の聞き方を……って、なんでそんなに日本語うまいんですか?!』
『しまった』
「そなたの語る異界の言葉は天上の
おいこら。幸せそうに適当言いながら、脚の付け根に顔を擦りつけてくるな。そこで喋られると低音が下っ腹に響いてムズムズするだろうが。
お茶を配膳していた侍女さんが、不届者を無理やり起こして椅子に座らせてくれた。いつもお世話になっております。
そんなこんなで、まだまだ身辺のドタバタは今しばらく続きそうだけれど、概ねこの世はこともなし。
今日の新作お茶菓子も上手にできて美味しい。
一時はどうなることかと思ったこともあったけれど、バッドエンドは回避したっぽい。ああ良かった。
というわけで、相変わらず私はサステナブルな領主を目指すのだ。
少々難ありだが、そこそこ優良物件な婚約者候補も手に入れたしな。
のんびり続く平和って素晴らしい!
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