チャーリーの前世――2

 公国の魔法学院に入学するには生徒か先生にまず推薦されないといけない、その後、実技試験と筆記試験を受けることになる。


 あの時、図書館で出会い、恋した彼――ライオットに、あたしは推薦されて、入学試験を受けることになった。

 実技は初級の魔法が使えるかどうかのテスト。

 使えさせすればよくて、どれだけ威力が低かったり、魔法の効果範囲が狭くても、魔法が出せれば基本的には合格点がもらえる。


 筆記のテストは読解力と数的思考力のテスト。

 魔法使いは頭が良くないとなれない。

 魔法書は難解で、中級、上級と上がるにつれて、さらに内容が難しくなっていく。上級魔法について書かれた本は教授陣でさえ、理解している人は少ない。だから魔法書を読み解ける能力が必要なのだ。


 また、魔法は使用するときに魔法式を計算しないといけない。しかも魔法を使うときはその計算を頭の中だけでやらないといけない。

 だから魔法使いには数的思考力が必要なのだ。


 受験した結果、あたしは実技も筆記も両方満点だった。

 両方満点を取った生徒は、学費が全額免除される。


 晴れて合格したあたしは、魔法学院のキャンパス内にある寮に入ることにした。公国の辺境の方に住んでいる人か他国から来た人が基本的には寮に住む。あたしは自宅から通える範囲だったけど、あれから両親とは少し気まずくなってしまったから、学院にお願いして寮に入れてもらえることになった。入試の成績が良く無かったら許されなかったと思う。


 この学院は男子と女子で制服が分かれているのだけど、あたしは女子の制服を着ていた。これも学院側に特別に許可をいただいている。

 ちっちゃいころはともかく、あたしはだいぶ成長して顔つきも体も男らしくなってきたので、見るからに男が女装している、とわかるような姿になってしまった。

 そのため、あたしはやはりほとんどの人から良く思われていないようだった。

 と言っても、子供の時みたいに、露骨にいじめられることはなくなったが。でも、こそこそと悪口を言われることはよくあった。


 その日も、あたしは陰口を言われていた。

 入学してから早半年。

 一週間前に行われたテストの成績の上位50名が記載された紙が、本棟の一階にある学内掲示板に張り出されていた。


 一位の欄にあたしの名前が書かれていた。

 

「おい、またあいつが一位なのか?」

「本当に一位だったのか?」

「何か不正をしているんじゃ……」

「ていうか、なんであいつ、女の格好してんの、男だろ?」

「きも……」

「いくら頭が良くても、女装する男は、ちょっとね」


 なんて声が聞こえてくる。

 最初の内は怒って反論していたけど、最近はもうめんどくさいから言い返していない。

 ああ、なんでこの世の中は、こんなにも雑音が多いのだろう。


 順位を確認したかっただけだし、もうここから去ろう。

 そう思っていた時、声をかけられた。


「お、マグレガー、また一位なのか、すげぇな」

「ライオット……」


 ニカッと白い歯を輝かせる彼を見て、ドキドキとする。

 彼は唯一、私に優しく接してくれた生徒だった。


「ライオットはどうだったの?」

「ああ、俺は、上からより下から数えたほうが圧倒的に早い順位だったよ」

「ダメじゃない、仕方ないわね、あたしが今度勉強教えてあげるわ」

「はは、助かるよ」


 彼は私の二個上なのに、なぜかあたしが勉強を教えている。でも、そういうところも好きな人だと愛おしく思えるから不思議だ。

 明日、あたしはライオットと図書館で勉強する約束をした。


 そして次の日、図書館の端の方にあるテーブル席で、一人魔法書を読みながら待っていると、ライオットが来た。

 ……隣に知らない女性を連れて。


「わりぃ、マグレガー、もうひとり、お前に勉強教わりたいっていうやつがいるから連れてきたんだけど、いいか?」

「……べつにいいけど」


 少しむっとしてしまう。

 二人きりがよかったのに……。

 と思いながら、彼が連れてきた女性を見る。


 さらさらとしたロングヘア―の、たれ目がちで、優しそうな雰囲気の美人だった。

 

「あ、あの、私、フィオナって言います。ずっと前からマグレガーさんとお話ししたいなって思ってたの」

「あたしに? どうして」


 あたしはこの学院では嫌われ者のはずだけど……。


「どの教科も成績一位でしょ、入試も満点だったって聞くし、その、だからすごい人だなってずっと思ってたの」


 とこちらを真っすぐに見つめてきて言う。

 まぁ、褒められて悪い気はしないけど……。


「あ、私がいると、迷惑、かな」

「べつにいいわよ」

「あ、ありがとう、勇気出してここにきてよかった」


 とフィオナは柔和に顔をほころばせる。

 それからあたしはこの二人に勉強を頻繁に教えるようになった。

 教えているうちに、ライオットだけでなくフィオナとも親友と呼べる間柄になった。


 彼女はとてもいい人だった。嫌われ者のあたしにも、全く偏見を持たないで接してくれるし、誰にでも優しくて、見た目が良くて頭もいいのに、驕ったところがなくて、非の打ちどころのない人だった。


 ライオットとフィオナに勉強を教えることがいつのかにかあたしの安らぎになっていた。


 そんなある日のこと。

 今度はテトラという女性に出会った。

 初めて会った時、彼女はいじめられていた。


「おい、テトラ、お前、初級の魔法もろくに使えないんだってな」

「なんであんたがこの学院にいるのよ」

「学院の恥、消えろ」


 ライオットとフィオナに勉強を教えるために、図書館へ行く途中、中庭である女性徒が三人の生徒からいじめられていたのを発見した。


「しょ、初級の魔法くらい、使えるわよ」

「なら、やってみろよ」

「う……い、イグニス!」


 と彼女は唱えたが、なにも発生しなかった。

 ギャハハハハと笑ういじめっ子たち。


「使えねぇじゃねぇか」

「まじうける」

「あたしが手本見せてやろうか? ん?」


 とその子は三人に杖で顔をぐりぐりされたり、叩かれたりしだす。

 そんな彼女の姿が、昔いじめられていた自分の姿と重なって、気づいたらあたしは、そちらへ駆けだしていた。


「あんたたち、自分たちも大したことなにのに、よく言えたわね」

「あん? なんだおかま野郎か」

「あんたは関係ないでしょ」

「ぶっ飛ばすぞ?」


 と凄んでくる三人をあたしは鼻で笑う。


「なに、あたしと喧嘩するつもり? 勝てんの、あんたらがあたしに?」


 この三人の成績は優秀なほうだけど、でもトップクラスではない。三人がかりでも、あたしの魔法で蹴散らせる。

 それが向こうもわかってるからか、ぐぬぬという感じの顔で、去っていく。


「けっ、嫌われ者どうしでせいぜい仲良くしてろ」


 と三人のうちの一人がそんな捨て台詞をはいて、いじめっ子たちはどこかへ消えていく。


「あ、あの、ありがとう、助けてくれて」


 と助けた女の子がこちらをキラキラした目で見てきた。 

 美人ってわけではないが、大きな目とそばかすが特徴的な、愛嬌のある顔立ちをしていた。


「別にいいわよ、それより、あんた、本当に初級の魔法が使えないの?」

「使え、ます……十回に一回くらいだけど」

「十回に一回か……」

「入試の時に運よくその一回がきて、なんとか入学試験に合格できたんです」

「はぁ、しかたないわね、あたしが魔法をしばらく教えてあげるわ、今から図書館へ行くから、ついていきなさい」


 と彼女を連れて、図書館へ行くと、ライオットとフィオナがぎょっと目を大きくして、こちらを見てきた。


「何だ、その子は、彼女か?」


 とライオットがからかうように言ってきたので、あたしは手を胸の前でぶんぶんと振って否定する。


「ち、ちがうわよ、ただの友達、彼女とも一緒に勉強したいんだけど、いい?」

「もちろんいいわよ」

「おう、多い方がにぎやかでいいからな」


 とフィオナ、ライオットが人のよさそうな笑顔を浮かべた、

 テトラは少し緊張した感じで、口をもごもごと動かして、


「テ、テトラ、です、よ、よろしくお願いします」

「敬語じゃなくてもいいわよ」

「そうだぞ、もっと砕けた感じで接してくれよ」


 フィオナ、ライオットにそう言われ、テトラはほっと息を吐いた。


 それから、あたしたちは四人でよく勉強するようになり、そのうち勉強以外の時も一緒に行動するようになって、いつの間にかかけがえのない親友になっていた。


 あたしとテトラは相変わらず、ライオットとフィオナ以外からは嫌われていたけど、気にならなかった。

 だって、こんなに素晴らしい親友たちが私たちにはいるから。

 いつまでもいつまでも、こんな関係が続けばいいな、と思っていた。

 だから、あたしは、ライオットへの秘めたこの感情をずっと三人には隠していた。だって知られたら、この友情にひびが入るかもしれないから……。


 だけど、あたしがそう思っていても、万物は流転してしまう。どんなに願っても、努力しても、その世の中の理は絶対に変えることなどできない。


 ある日のこと。

 学内の食堂で、ご飯を四人で食べているとき、ライオットがこんな提案をしてきた。


「なぁ、いい依頼を冒険者ギルドで見つけたんだけど、みんなで受けないか」


 と彼は鴨肉のソテーを食べる手を止めて、ズボンのポケットに入れていた、折りたたまれた紙を取り出す。

 その紙を広げて、テーブルの中央に置いた。


「なになに、ゼフィールの廃屋敷のモンスター討伐……報酬は金貨四枚?」


 とあたしもサンドイッチを食べるのを中断して、紙に書かれている内容を読み上げる。


 ゼフィールの廃屋敷は、町はずれにある、もとは大富豪の家だった場所だ。そこの屋敷の主人が魔物に襲われて死んでから、魔物たちの巣食うダンジョンみたいになってしまったらしい。


「ああ、金貨一枚ずつ山分けできるし、いいだろ。しかもこの廃屋敷には主人が残した財宝がたくさんどこかに眠ってるらしいぜ」

「なるほど、それ、目当てというわけね」


 とフィオナがナスとベーコンのトマトパスタを食べる手を止めて、ジト―とした目をライオットに向けると、彼はむすっとした。


「なんだよ、悪いか?」

「まぁ、別にいいんじゃない、お金はあるに越したことはないわ」


 とあたしが助け船を出すと、彼はニカっと笑った。


「だろ? マグレガーもああ言ってるじゃないか」

「しかたないわねぇ」


 とフィオナがアンニュイな表情でため息を吐くと、ジャーマンポテトを食べ終えたテトラが不安そうな表情になって、


「でも、大丈夫かな、あたしたち四人で……」

「大丈夫だろ、俺たちにはマグレガーがいるし」

「そうね」


 とライオットが言ったことにフィオナが同意すると、テトラも「そっか、そうだよね」と明るい笑みを浮かべた。


 あたしのことを信頼しすぎじゃ……と思ったけど、頼られて悪い気はしない。

 その廃屋敷のモンスター討伐の依頼をあたしたちは結局、全員の同意のうえで受けることにした。


 食事を食べ終えて、今日は四人とも午後の授業がなかったので、解散しようとすると、テトラがあたしの服の袖をつかんできた。


「この後、時間ある?」

「あるけど?」

「その、話が、あるの、ちょっと、来てほしいところがあって」

「ここじゃ、ダメなの?」

「うん……」

「わかったわ」


 そして、テトラに連れていかれた場所は、彼女を助けた、あの中庭だった。

 テトラはそこへ来ると、語り出した。


「懐かしいね、もう一年も前になるのか、ここで、マグレガーに助けてもらったんだよね」

「ああ、そうだったわね」

「あたしね、あの時のこと、今でも感謝してる」


 とうるんだ瞳であたしのことを見つめてくる。


「べつに、もう昔のことだし、まだ恩を感じる必要なんて……」

「あるよ、なかったとしても、私は感じていたいの、だって……好きな人が、あたしを助けてくれた、大切な思い出だから」


 彼女がそう言った瞬間、びゅうっと強い風が吹いた。木々が木の葉を揺らし、ざわざわと音を立てる。


「……それは、本気、なのよね」

「決まってるじゃない」


 と強い意志を込めた目で彼女はあたしを見つめてくる。

 あたしは直視できずに、少し逸らしてしまう。


「なんで、あたしなんかを……あたし、周りからなんて言われてるか、知ってるでしょ、オカマで、変な奴で、キモいって……」

「あたしの好きな人を否定しないで!」


 テトラがそう叫ぶと、風が止み、木々が大人しくなった。べつにそこに因果関係なんてあるはずはないのに、あると思わせるような迫力が、今の彼女にはあった。


「だれが何と言おうと関係ない、あたしはあなたが好き、優しくてかっこよくて、頭がよくて、強い、マグレガーのことが、大好き……だから、こんなにあたしを好きにさせた、自分のことを卑下しないでほしいの……」


 あたしは自分が間違っていたことに気づいた。

 彼女が好きだという自分のことを否定すること、それは彼女の思いをも否定することになる。

 それは絶対にやってはならないことだ。

 だから、まずは謝罪しないといけない。


「ごめん……あたしが間違ってた。あたしのことを好きになってくれてありがとう、すごく嬉しい。でも……」


 でも、でも、でも……!

 なんど口を開いても、その先が言葉にならない。

 そんなあたしの様子を見て、彼女は儚げに微笑んだ。


「わかってる、ライオットのことが好きなんでしょ?」

「そんな、わかっているのなら、なんで……」

「わかってても、どうしても、言いたかったの、言わないと、あたし、前に進めないって思ったから」


 涙をぽろぽろと流しながら、彼女は言う。

 ああ、彼女はなんて、強いのだろう。

 そして、あたしはなんて弱いのだろう。

 ライオットへの気持ちから逃げて、彼女の気持ちからも逃げて。

 でも、もう逃げてはだめだ。

 少なくとも、彼女にはしっかりと言わないとだめだ。

 前へ進ませてあげられるように。


「ごめん、あたしは……あたしは、ライオットが好き、なの。同性だけど、ライオットのことが、どうしようもなく、好きなの。だから、あなたの気持ちには、応えられない……」


 苦しくて苦しくて、胸が張り裂けそうになって、涙で目の前の景色がぼやけて見えて、それでも、なんとか言葉を絞り出した。


 テトラもぶわっとさらに涙を溢れさせて、言う。


「ありがとう、断ってくれて。あたし、やっぱり、あなたのことが好き。ねぇこんなことがあったから言いづらいけど、これからも、友達でいてね」

「もちろん……決まってるじゃない……」

「よかった……それじゃ、また、明日、ね……!」


 彼女は顔を両手で押さえながら、あたしに背を向けて、走り去っていった。

 あたしの涙も、まだ全然止まる気配がなかった。


 彼女の後ろ姿を視認できなくなるくらい小さくなるまで見送った後、あたしは決意した。


 ライオットに告白しよう、と。




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