老人しかいない村と誰も知らない英雄――2

 翌朝、僕たちは起きた後、ムアナさんが作った朝食をいただいた。

 食事を終え、客室に戻ると、これからどうする、という話になった。


「正直、この村でやることってあんまりないわよね、どうする、もうちょっと村を見て回る?」

「でも、この村を見て回っても、特に何もなさそうな気がしますけど……」

 

 とチャーリーの提案に、クルシェが批判的な意見を言う。

 たしかに、見渡す限り、田畑と家しかないもんな、ここ。


 そのとき、眠気が来て、ふわぁーっと僕があくびをすると、チャーリーが少し咎めるような声で、


「なに、テル、眠いの?」

「ああ」

「ダメじゃない、テル君、しっかり寝ないと、睡眠は大事よ?」


 とサフィラさんが僕に向かって人差し指をびしっと突き立ててくる。

 ……あんたのせいで寝不足なんだけどな。

 と恨みがましい目で見ていると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべてきた。


……この女、気づいた上で僕をからかってるな。


「あ、そうだ、私、ちょっと気になるところがあるんだけど、いいかしら」


 とサフィラさんがぱんっと軽く手を叩き合わせる。

 

「気になるところ?」


 とクルシェが頭の上に?マークが浮かんでいそうな顔になる。


「べリック、ていう名前だっけ、たしか。あの人が毎日行っている洞窟というのが気になるわ」

「……あー、そんな話あったわね」


 とチャーリーが記憶を遡っていたのか、少し間をおいてから言った。


 「じゃあ、洞窟に行ってみましょうか」


 とチャーリーが言うと、サフィラさんとクルシェがうなずいた。


「待て、その前に、べリックという人に話を聞きに行かないか? 洞窟がどういうところだとか、なんで洞窟に毎日行っているのかとか、そういうのを事前に聞いておかないか?」

「それもそうね」


 とチャーリーが僕の出した案に賛同した。

 他の二人も首肯している。


「ついでに、他の村人たちにも、洞窟について聞き込みをしましょうか」


 とチャーリーが言うが、特に異論は出なかった。

 さて、やることが決まった。


 僕たちはムアナさんの家を出て、聞き込みを開始した。

 外に出て、一番最初に出会った村人に、洞窟について尋ねてみた。


「ああ、あの洞窟か……わし、入ったことないんだよなぁ、あそこ暗いし、時折、変な鳴き声が聞こえるし、怖いんだもん、べリックの奴は毎日よくあんなとこにはいるよなぁ……ほんと変わった奴だよ」


 とその村人は腕を組みながら言った。

 どうやら洞窟について何も知らなさそうだ。

 その村人にお礼を言って別れて、他の村人たちにも尋ねてみたのだが、しかし、みんな最初に訊いた村人と同じようなことしか言わなかった。


「みんな全然知らないじゃないの、洞窟のことについて」


 とチャーリーがあきれている感じで言う。

 この村でまだ話を聞いていないのは……べリックという人くらいか?


「あの、べリックという人の所に行きませんか?」

「そうね、そうしましょう」


 クルシェの言ったことにチャーリーが同意して、僕とサフィラさんも反対じゃなかったので、その人の元へ行くことにした。


 通りがかった村人にべリックという人の家がどこにあるか訊いて、そこへ向かう。

 彼の家は、村の端の方にあった。

 他の家々とだいぶ離れている場所に、ポツンとその家はあった。


 さて、そのべリックさんの家にたどり着いたのはいいのだが、そこで問題が発生していた。


「あ、人が倒れていますよ!」


 クルシェが家の前で倒れている男性を指差す。

 その人は大きなバッグを背負って、うつぶせで倒れていた。

 おそらくべリックさんだ。


「大丈夫ですか?」


 彼の元へ駆けつけた僕は、声をかけた。

 しかし返事がない。

 息遣いは聞こえるので、呼吸はしているようだ。

 僕はべリックさんの体を抱き起こし、話しかけ続けた。


「大丈夫ですか、僕の声が聞こえますか?」

「あ、ああ……誰だ、お前らは……」

「昨日、この村に来た旅人です」

「そうか……どいて、くれないか、俺は、洞窟へ、行かないと……」

「無茶ですよ、安静にしないと……」

「そう言うわけにも、行かないんだよ、俺が、行かないと……みんな、殺され、る……」


 みんな、殺される?

 疑問に思ったが、とりあえず、介抱しないと。


「話はあとで聞きます。とりあえず、あなたは大人しくしていてください」


 僕はそう言って、彼を背負った。

 その後、べリックさんの家に上がらせていただいて、彼をベッドに寝かせた。

 チャーリーがベッドの傍で、荒い息づかいのべリックさんに回復魔法をかける。

 しかし、なぜか効いている様子がなかった。

 べリックさんは相変わらず苦しそうに息している。


「チャーリー、おまえ、回復魔法、ちゃんとかけているのか?」

「ええ、かけているわ」


 とチャーリーは言うと、それから黙ってしまった

 

「ありがとう、ベッドで横になって、少し楽になったよ……でも、俺、行かないと……」


 とベッドから起き上がろうとするので、慌てて僕は止めた。


「ちょっとちょっと、大人しくベッドで寝ていてください」

「だめだ、俺は、行かないといけないんだ……」

「どうしてそこまで……」

「俺が、行かないと、村が、滅ぶ……」

「滅ぶ? さっきもみんな殺されるとか言っていましたよね? 詳しく聞かせてもらっていいですか?」

「ああ、実は、だな……」


 べリックさんは呼吸を乱しながらも、ゆっくりと丁寧に語った。


 彼が言うには、どうやら、洞窟の奥に人の言葉を話す明らかに強そうなモンスターがいるらしい。

 五十年前に興味本位でその洞窟に入ったはいいが、べリックさんはそのモンスターに出会ってしまった。

 そいつは近々、村を襲いに行くと言ったらしい。

 だから、べリックさんは、自分じゃ相手に勝てないのはわかっていたので、自分にできることなら何でもするから村を襲わないでくれとお願いした。

 そこでそのモンスターは、毎日、自分に貢物をささげに来るなら、見逃してやろうと言ったらしい。

 それから五十年間欠かさず毎日、彼は洞窟へ入り、モンスターに貢物をささげているという……。


「その貢物というのは?」

「そこに、入っている……」


 僕の質問に対し、彼はそう言って、ベッドのそばに置いてあったバッグを見た。

 彼が先程背負っていたバッグだ。


 許可を取って中を見させてもらうと、野菜や果物がたくさん入っていた。

 毎日、この量を洞窟の奥深くまで届けに行っていたのか。

 しかも、五十年間もずっと……。 

 村では変人として扱われていたけど、この人はこの村の英雄じゃないか。誰も知らないだけで……。

 なんて、不憫なんだろう……。


「なんで、知らないんですか、あなたがやっていることを、他の村人は?」

「俺が、言わなかったからだ」

「何で言わなかったんですか?」

「知らないほうが、幸せに暮らせるだろう……俺一人が頑張れば、それで済む話だ……」

「それじゃあ、あなたが救われないじゃないか!」


 思わず、大きな声を出してしまう。

 クルシェが僕の隣でびくっと少し震えていた。

 べリックさんはそんな僕を見て、苦笑する。


「そう、だな……でも、俺はそれでいいと、思っていたんだ、皆が、救われるなら……」

「思っていた?」


 と僕が訊き返すと、べリックさんは泣きそうな顔になって、


「ああ……この年になって、だんだん怖くなってきたんだ、誰にも、俺がやってきたことを知られないで、死ぬのが怖くなったんだ……はは、笑えるだろ、俺は強ががってただけだった。本当は弱かった……。見返りなく、誰かを救うような、そんなかっこいい英雄には、なれなかったんだ……」

「何が悪いんですか、見返りを求めることの。英雄だって見返りくらい、求めますよ。あなたは自分がしてきたことを、もっと誇るべきだ」

「あり、がとう……ああ、でも、もう、遅い……俺は、自分がやってきたことをお前たち以外に言わないまま、この年齢に……村の奴らは俺が変人だと思ってるから、俺の言うことを、たぶん信じない……」


 べリックさんの震える手を、僕は握った。


「僕たちが言いますよ、村の人たちに、あなたがやってきたことを、この村だけじゃない、他の所でも……僕たちは旅人なんです、だから旅先であなたのような英雄がいたことを、多くの人に話しますよ」


 僕がそう言うと、クルシェがこくこくと強くうなずいた。

 サフィラさんはべリックさんに見せつけるようにハープを掲げて、


「私、吟遊詩人なの、だからあなたの英雄譚を詩にして、いろいろなところでそれを歌うわ」

「ありがとう、本当に、あり、がとう……」


 老人は涙をぽろぽろと流した。

 そして、泣きながらベッドから起き上がろうとする。


「少し、元気が出てきたよ。ありがとう、そろそろ、貢物を届けに行かないと……」

「いえ、あなたは寝ててください、ていうか、無理でしょう、その体じゃ」

「しかし……」

「安心してください、僕たちが届けに行きますから……いえ、倒しに行きますから」

「倒す、だと? 無理だ、あいつはとてつもなく、強い……」

「大丈夫です、僕たちは強いんで」


 まぁ、本当は僕は強くないけど……。そう言った方が安心すると思ってそういうことにしておいた。

 そのモンスターがどんだけ強いかはわからないが、まぁチャーリーより強いってことはさすがにないだろう。

 と思いながらチャーリーを見るが、さっきからこいつはずっと黙っていた。

 僕が不思議に感じていると、べリックさんがベッドから起き上がるのを諦めたようで、


「どのみち、今の俺じゃ、どうしようもない、情けないが、お前たちに任せるよ……頼む……この村を救ってくれ……」

「ええ、任せてください」


 それから、僕たちはべリックさんにそのモンスターについて、もう少し詳しく話を聞かせてもらった。

 情報を伝え終えると、彼は眠ってしまった。

 そして早速そのモンスターを倒しに洞窟へ行こうとしたのだが、べリックさんを見ている人が必要だという話になって、クルシェが残ることになった。

 自分がたぶん一番行っても役に立たないからと彼女自らがこの家にいることを志願した。


 そしてクルシェを彼の家に残して、僕とチャーリーとサフィラさんは洞窟へ向かう。

 村を出ると、ずっと黙っていたチャーリーが突然こんなことを言い出した。


「あの人、もう長くないわ」

「……べリックさんのことか?」

「ええ、治癒の魔法をかけても効果がなかった。それはつまり、彼はもう寿命だということよ」

「そんな……」

「テル君、治癒の魔法は、死者はもちろん、そうなりそうな人も治せるような、すごいものではないわ、しかたのないことよ」


 思わず立ち止まってしまった僕の背中を、サフィラさんがそう言って軽く叩いてきた。


「足を動かしなさい、テル君、貢物がなかなか来なくて、そのモンスターはおそらくいらだっているはずよ、怒って村を襲いに来るかもしれない……早く向かいましょう」

「はい!」


 返事をした後、僕は自分の頬を手のひらでバシッと叩いた。

 今は洞窟の中にいるモンスターを倒すことに集中しよう。

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