悪人がいない町と赤髪の美男子――4

 魔法で人形を操っている人物が誰かわかった僕たちは、そいつを探すが、酒場にいなかったので、店の外に出た。

 店を出て少し先にある、広場のベンチにそいつはいた。


「な、なにか、用ですか?」


 ニット帽をかぶった男の子が、緊張した面持ちで、言う。

 イプピアーラに襲われていた子だ。


「君だよね、人形を動かしているの?」


 僕が言うと、その子の瞳が大きく開いた。


 こんな子供がこの町の全ての人形を操るほどすごい魔法を使っているなんて、にわかには信じがいたが、そうとしか考えられない。

 他の町民たちは命の危険を顧みずにモンスターと戦おうとしていたし、僕たちの戦いを決着がつくまでずっと見守っていたけど、この子だけは町民たちの後ろでびくびくと怯えていた。

 この子だけが、他の民と――人形たちと、明らかに性格が違った。


「バレちゃいましたか……そうです、この町の人たちはボク以外みんな人形で、ボクが魔法で動かしていました」

「なんでそんなことを……」


 と僕が訊くと、そのニット帽の子は卒業アルバムを見ているかのような表情で、


「少し、昔のことを話さないといけないですね、それを説明するためには」


 彼はゆっくりと過去を語り始めた。


「ボクは昔、この町の人たちにいじめられていたんです、みんなと違っていたから……」

「違っていた?」


 彼の姿をよく見てみるが、他の人と比べて、特別変わった点などないように感じる。

 僕が疑問に思っていることが伝わったのか、彼は苦笑して、


「これです」


 と言って、帽子を脱いだ。

 露わになったその子の頭には猫耳のようなものがついていた。


「獣人?」

「はい、父が人間で、母が獣人だったんです。父も母も病気で死んで、この町に獣の耳がついている人が僕しかいなかったので、それで迫害を受けて……僕に悪口を言ってきたり、暴力をふるってきたり、僕だけ税金を多くとってきたり、そういうことをたくさんされました……」


 僕の問いに、苦しそうに彼は答えてくれた。


「この町では珍しかったのかもしれないが、場所によってはたくさんいるけどな」

「あたしの故郷でも、別に珍しい存在じゃなかったわ」

「私の生まれ育った国にも多くはないですけど、少なからずいました」


 とキラン、チャーリー、クルシェが言うと、猫耳の少年は、顔を明るくした。


「そうなんですか、それを聞いて、少し安心しました」

「それにしても、人間ってやつはほんとにどうしようもねぇな、自分たちと少しでも違うやつがいたらよってたかっていじめる、いつだって変わらない……」


 と険しい顔つきでキランが言った。

 僕からすると、こんなかわいらしい猫耳をつけている子をいじめるとか、意味が分からないんだけどな。

 僕が元々いた世界だと、むしろ獣の耳がついている方がいいという人が結構いそうなくらいだ。


「いじめねぇ、こんなにかわいいのに……」

「へ、かわいい?」


 と僕のつぶやきに、猫耳の少年は耳をぴくぴくと動かして反応した。


「あ、猫耳がね」

「嬉しいです……そんなこと言ってもらえたの、初めてです」


 とウルウルとした目で僕のことを見てきた。

 そのしぐさとか顔があまりにも女の子っぽかったので、思わず確認してしまう。


「君ってさ、男の子、だよね?」

「あ、はい、男です……あ、その、確かめ……ますか?」


 と獣人の子がなぜかズボンを下ろそうとする。

 僕はあわてて止めた。


「いや、いい、いい、やめてやめて!」

「そうですか……」


 としゅんと項垂れる。

 なんで残念そうなんだよ……。


「男の子に何させようとしてんの、あんた……」

「ご主人様、さすがに、ちょっと気持ち悪いです……」

「おまえ、やっぱり、男が……」


 とチャーリー、クルシェ、キランが僕にドン引きしている様子だった。


「いやいや、僕は何もしてないから、誓って……」


 と弁解したのだが、キラン、クルシェ、チャーリーたちが僕に向ける視線は全く変わらなかった。


「ごほん、そんなことより、話の続きを訊こうじゃないか。ご両親が亡くなって、それからも君はずっとひとりだったの?」


 と一回咳払いしてから僕が訊くと、彼は話の続きをしだした。


「いえ、両親が死んでから、僕の育ての親になってくれた人がいるんですけど、その人だけはずっと僕の味方でいてくれました。

 ロルダンという人なんですけど、この人がすごい人形作家で、皆さんも見たからわかると思うんですけど、人間そっくりの人形を作るんです。

 ある日、僕が町のみんなから暴力を振るわれて、傷だらけで帰った時があったんですけど、その時、ロルダンさんがすごい怒って、人形を操って、町のみんなを無理矢理この町から出ていかせたんです。

 それからは、僕とロルダンさんと人形たちだけしかいない町になりました。

 ロルダンさんは魔法使いとしても一流で、僕をいじめるような悪人がいない町にしようと、人に危害を加えない、困っている人がいたら放っておかない、町の危機は率先して対処しようとするなど、そういう行動をする魔法を、人形たちにかけました。そうして、今の町ができたんです」


 そこまで語ると、彼は一旦喋るのをやめた。


「そのロルダンという人は、今どこに?」


 なんとなく想像はついていたが、僕は訊いた。


「一年前に亡くなってしまいました。僕はロルダンさんから人形を動かす魔法が書かれた魔法書をもらっていたので、それを読んでその魔法を習得しました。今は僕が人形を動かしています」


 語り終えると、はふぅと獣人の子は大きく息を吐いた。


「それでこの町はこんな人形で溢れているのか……」


 とキランが晴れやかな顔で言う。

 この町についての疑問が解消して、どうやら頭の中がすっきりしたみたいだ。


 そうか、この獣人の子は、こんなに大変な思いをしてきたんだな……まだこんなに小さいのに……。


「えらいぞ、そんな辛い時を耐えて、今もひとりで頑張って生きているんだから」


 と僕が褒めてあげようと、彼の猫耳を撫でると――


「きゃあああああ、えっちいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 とその子が顔を真っ赤にして叫んで、僕から遠ざかった。

 え、なに、その反応?


「なにやってんだおまえ! さすがにちょっと擁護できないぞ、今のは!」

「変態、変態!」

「前から実は変態なんじゃないかとは思ってたけど、とうとう一線を越えたわね!」


 キラン、クルシェ、チャーリーが、僕をボロクソに非難してくる。

 もしかして、僕は相当まずいことをしてしまったのか?


「え、みんな、騒ぎすぎでは、相手は男だぞ?」

「男でも駄目に決まってんだろ!」


 とキランが鋭い目つきで僕を見てくる。

 男でも駄目らしい。


 野良猫の耳を触るくらいの感覚であの子の耳を触っちゃったけど、どうやらこの世界ではよくない行為らしい。

 まずいぞ……どうしよう……。

 こういうときは、あれをするしかないか……。


「すみませんでしたぁぁぁぁぁー!」


 僕は猫耳の子に向かって土下座した。


「なにしてんの、あんた?」


 チャーリーの冷たい声が響いた。

 キランとクルシェも、突然なにやってんだこいつ、キモ……と言いそうな顔で僕を見ている。


「僕の故郷では最大限の謝罪なんだよ、これが……ごめん、本当に!」


 と僕が頭を何度も下げると、


「あの……べつに大丈夫ですよ、その、ちょっとびっくりしただけで、嫌じゃなかったし……」


 と獣人の子が上目遣いで僕を見ながら言う。

 よかった、許してくれた……


 ……いや、よかったのだろうか?

 ……なんかいろいろとよくない気がするけど、本人が大丈夫っていうんだし、いいことにしよう、うん。


 キラン、クルシェ、チャーリーからは相変わらず刺すような視線を受けていた。

 しばらく、この三人から僕は冷たい態度を取られた。



* * *



 宿に一泊して、翌朝、僕たちが町を出ようとすると、猫耳の子が見送りに来てくれた。

 のだが――


「あ、あの、ほんとに行くんですか、もっと、いてもいいんですけど……」

 

 と涙目で僕を見ながら、猫耳の少年は言ってくる。


「いや、悪いけど、もう行くよ、僕たちは旅人だからね」

「そんな……あ、ぼ、ボクの名前、ノアンって言います、まだ名乗ってなかったんで、せめて、名前、覚えていてください!」

「あ、うん、覚えておくよ」

「その、また来てくださいね、待ってますから―!」

「あ、うん、また、いつかね、うん……」


 ブンブンッと手を振ってくるノアン君に、僕は遠慮がちに手を振り返す。

 キランとクルシェがジト―とした目を僕に向けていた。

 チャーリーからもなんだか鋭い視線を感じる……。


 なんだよ、お前ら、僕が何をしたっていうんだ……。



「ここで、お別れだな」


 僕たちは町を離れて、キランが用意していた馬車があるところまで行くと、彼はそう言った。

 キランは縄で縛っておいたイプピアーラを馬車の座席に座らせると、自身はその隣の席に座った。


「僕たちもついていこうか?」

「いや、いい、俺一人で行くよ。ちょうど帝国に行くつもりだったしな、お前たちはお前たちの旅を続ければいい」


 帝国にあるマーウォルス聖団の本部へ、彼はあのイプピアーラを連れていくつもりらしい。


「わかった、達者でな」

「そっちもな!」


 そして、馬車が発進した。

 クルシェが遠ざかっていく馬車を見ながら、言う。


「ちょっと怖いけど、すごい人でしたね、ハンサムで、強くて、頭もよくて……」


 まぁ、男の僕から見ても、あいつはほぼ完璧だしな。

 女性から見れば、さぞかし魅力的な人物だろう。

 

「あ、でも、ご主人様も素敵だと思いますよ! 私はご主人様の顔の方が好きです!」


 とクルシェはなぜか慌てた様子で僕のフォローをしてきた。

 正直、喜んでいいのか微妙だ。

 まぁ、僕もあいつには敵わないと思っているからべつにいいけどさ。


「そろそろ、あたしたちも行きましょう」


 とチャーリーが言うので、僕はサドルに、クルシェが荷台に乗る。

 自転車をこいで、移動を始めると、チャーリーがあの町のことについて話した。


「不思議な町だったわね」

「私……いくら優しくても、性格がみんな同じの人形に囲まれてずっと生活するのは、正直、ちょっと嫌です」


 クルシェの言うこともわからなくはない。

 あの子は、これからも人形と共にあの町でずっと生きていくのだろうか……。

 まぁ、どのように生きていくかは、あの子の自由か。

 僕たちもこうやって自由に旅をして生きているんだしな。


 僕たちは旅を続けていく。次は何が待ち受けているのだろうと、期待と不安を同時に抱きながら……。


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