悪人がいない町と赤髪の美男子――3

 ニット帽のような帽子をかぶった子供――中性的な容姿だけどたぶん服装的に男の子――が、橋のへりでモンスターに足を掴まれていた。


「チャーリー!」

「わかってるわ」


 僕が彼の名を呼ばなくても、彼はもうとっくに魔法を詠唱しようとしていた。


「シンティラ!」

 

 チャーリーがそう唱えると、バチバチと音を鳴らす電気の塊がモンスターの方へ向かっていった。

 そのモンスターは子供の脚から手を放し、間一髪で避けて、再び川の中へ入っていく。


 魔物の手が離れた子供は、こちらに一目散に逃げてきた。


「怪我はない?」


 と訊くと、その子は体を震わせながら、こくこくと頷いた。


「もう大丈夫、僕たちがなんとかするから、巻き込まれないように遠くに離れていて」

「う、うん」


 その帽子をかぶった子は走り去っていく。


「よし、俺たちも加勢するぞ!」


 と僕たちの後ろにいた町民たちが前へ出ようとする。


「いや、いいんで、後ろで見守っていてください!」


 と僕が叫ぶが、町民たちは言うことを聞かなかった。


「いや、少しでも多い方がいいだろ」

「私たちにだって、できることが――」


 と言いながら武器を構える町民たちに、チャーリーが声を張り合げた。


「あんたたちが来ても、邪魔! 離れたところにいなさい!」」


 明らかにイラついているのがわかる声。

 さすがの町民たちもその剣幕に気圧されたようで、彼らはようやく言うことを聞いて、後ろに下がってくれた。


 町民の集団と、先ほどモンスターに襲われていたニット帽の子が十分に離れたのを確認して、僕は再び橋の方へ体を向けた。


 先ほどの半魚人的な見た目のモンスターが、川から頭をだして、橋の下まで泳いできているのが見えた。

 そして、橋脚からよじ登って、そいつは橋の上まで来た。


「さっき、魔法を使ったのは、その奇妙な乗り物か?」


 とそのモンスターは喋った。


「奇妙ってなによ、失礼ね、あんたの方こそ変な姿じゃない、なんていうモンスターかは知らないけどさ」


 とチャーリーが言った後、モンスターの立つ地面に魔方陣が広がった。


「イプピアーラ、それが俺の名だ、覚えておけ……グラキエス!」


 敵が詠唱すると、つららのような形の氷が放たれる。

 それはチャーリーに直撃したが、ほぼ無傷。わずかに傷ついた箇所も自動修復のスキルによって瞬時に元通りになった。


「嘘だろ!?」


 モンスターが目を真ん丸にしてチャーリーを見つめていると、今度はチャーリーがいる所に魔方陣が広がった。


「今度はこっちの番よ、シンティラ!」


 電気の魔法がいくつも放たれるが、イプピアーラは前後左右に大きくステップして全ての攻撃を華麗に避けていく。


 なかなか身軽な動きだ。

 僕も微力ながらチャーリーをサポートしようかなと短剣を鞘から抜いたとき、キランが僕の肩に手を置いてきた


「お前じゃあいつの相手はきつい。俺に任せとけ」


 キランが腰に提げた鞘から剣を抜いて、モンスターに駆けていく。

 イプピアーラの鋭い爪がキランに向かってくるが、彼はそれを剣先で弾いて、がら空きになった敵の胴を斬ろうとする――

 が、すんでのところでイプピアーラは身を屈めて避けた。

 キランはすぐさま右足で蹴り上げようとするが、モンスターはバク宙で後ろに移動してその攻撃を避ける。

 そして、キランが剣を上段に構えながら一歩前へ出て、バク宙したばかりの敵を斬ろうとしたとき――


「キラン、よけなさい、シンティラ!」


 チャーリーがそう叫ぶと、電気の塊がキランの方へ向かっていく。


「うお!?」


 振り返ったキランが慌てて横に飛んで避けると、放たれた魔法はその前方にいたモンスターに直撃した、


「ぐああああ!」 


 バチバチバチッと音を立てて帯電しながら、イプピアーラが絶叫する。

 キランはチャーリーの方を見て、怒声を上げた。


「あぶねえな! 当たったらどうするんだ!」

「当たってないじゃない」

「結果的にはな!」

「大丈夫よ、万が一当たったら、回復魔法をかけてあげるから」

「あのなあ、回復魔法を使えばいいってわけじゃねぇだろ、あたったらこっちはものすごい痛いんだぞ……」


 戦闘中とは思えないほど二人は余裕そうに会話していた。

 実際、二人にとってはなんてことない相手なのだろう。

 モンスターの方はというと、大ダメージを負ったようで、少しふらついていた。


「くそ……まさかこんな強いやつがいるなんて、聞いてないぞ……ここは……逃げる!」


 と、川に飛び込もうとするイプピアーラ。

 

「あ、敵が逃げますよ!」


 と後ろの方でクルシェが焦った様子で叫んだが、大丈夫。

 僕は事前にこうなることを予想していた。

 チャーリーとキランを相手にしたら、やられる前に敵が逃げる可能性が高いと思っていたんだ。


「イグニス!」


 僕はチャーリーから昔教わった魔法を唱えた。

 炎の塊がイプピアーラの足に当たる。


「ぐっっ!」


 ダメージはたいして負ってないが、敵の動きを止めることには成功した。

 これで少しは役に立ったな、と安堵する。

 僕の攻撃はちょっと隙を作った程度に過ぎないが、チャーリーにはこれで十分だった。


「シンティラ!」


 チャーリーが唱えると、複数の電気の塊がイプピアーラの方へ向かっていき、着弾。


「ぐぎゃああっ」


 と敵は悲鳴を上げると、体の節々に火傷を負ってドサッと倒れた。


「うぽおおお、やったー、倒したぞー!」

  

 敵が倒れた途端、町民たちが一斉に沸いた。


「こいつ、どうする、まだ生きているけど?」


 まだ敵が息をしていたから、僕がチャーリーの方を見て、そう訊くと、


「止めを刺しましょう」

「待て、そいつ、魔王軍の残党かもしれないから、尋問して情報を集めたほうがいいだろ、とりあえず一旦縄で縛っておかないか、後でマーウォルス聖団にオレが引き渡しておくからさ」


 チャーリーが敵を殺そうとしていたのを、キランがそう言って止めた。

 マーウォルス聖団というのは、魔王軍の残党狩りをしている、教会系の勢力だ。

 

「だってさ、チャーリー、僕は異論ないけど?」

「そうね、キランの言う通りでいいわ」


 ということで、イプピアーラを僕たちは縄で縛った。


「そういえば、ニット帽の子は?」


 先程、モンスターに襲われていたあの子が心配になって、辺りを見回すが、いない。

 町民の集団をかき分けて、その後ろに行くと、見つけた。

 群衆の背後に隠れるようにして、その子はガタガタと震えていた。


「もう大丈夫だよ、敵は倒したから」


 と僕が言うと、ニット帽の子は、ほっと息を吐いた。


「あ、ありがとう、お兄さん」


 とキラキラした目を向けられる。

 僕はたいして活躍してないから、そんな羨望の目で見られても困るんだけどな……。


 その後、僕たちは宿に戻ろうとしてたのだが、町民たちに誘われ、酒場で祝勝パーティをすることになった。



 * * *



「かんぱーい!」


 僕はキランとクルシェとジョッキを軽くぶつけあう。

 他のテーブルにいた町民たちも同じタイミングでそうしていた。


「いいわねぇ、あたしも久しぶりに酒が飲みたいわ」


 僕たちがごくごくと酒を飲んでいると、テーブルの傍にいたチャーリーが羨ましそうにそう言った。


「この体になって便利なこともあるけど、こういうとき、人間の体が恋しくなるわ」


 そういえば、まだ彼の前世については詳しく聞いてないな。凄腕の魔法使いだったとは聞いているけど。

 どんな姿だったんだろうな、前世でのチャーリーは。

 ということを考えながらエールを飲んでいると、キランが声をかけてきた。


「なぁ、町民たちの方を見て、なんか違和感を覚えないか?」


 そう言われて、他のテーブルの方を見る。

 どこも賑わっていた。


 特に変なところは……いや、ひとつ、あったかも。

 そういえば、この町の人たちって、そんな寒いわけじゃないのに、服装が長袖長ズボンばっかだ。女性はスカートを穿いている人もいるけど、脛まで隠れるくらい丈の長いスカートをみんな穿いている。

 いや、まぁ、これはそれほどおかしな点ではないかもしれなくて偶々そうなってるだけかもしれないけど。

 そのことをキランに告げると、


「まぁ、そこも変だけどさ、よく見てみろよ、あいつら、さっきから酒を飲んでないし、食べ物も食べてないんだ」

「あ、言われてみれば、たしかにそうかも」

「あと、これはこの町に来た当初からずっと感じていたことだけど、性格が優しい奴が多すぎる」

「……それってそんなおかしいことなのか?」

「おかしいに決まってんだろ! 人間がそんなにいい奴ばかりなわけない! 人間ってのはな、もっと残忍で、狡猾で、打算的で、意地汚くて、自己中で……!」


 ジョッキの底をテーブルに叩きつけて、鬼気迫る表情でそう捲し立てるキラン。

 クルシェがびくびくと震えていた。

 彼はそんな彼女を見ると、ハッとした顔になって、落ち着きを取り戻した。


「あ、悪い……ちょっと熱くなりすぎた、気にしないでくれ」


 キランはそう言うとグイッと酒を飲んだ。

 こいつのあんな姿、初めて見た。何かあったんだろうか、過去に……。


「ふぅ……それでさっきの話の続きなんだが、いくら優しいっていっても度が過ぎてると思うんだ」

「というと?」


 僕は酒を少し飲んでから、先を促すと、


「お前もさんざん見ただろ、この町の奴らは、どいつもこいつも、自分の損を顧みずに、町や他人のために動こうとする。俺がおかしいと確信したのは、モンスターが出たときだ。危険なのを承知で、モンスターの討伐に加わろうとした。女や老人や子供までもがだ、さすがにおかしいだろ?」

「まぁ、僕も確かにそこはちょっと変に思ったが……」

「だろ? この町はみんな性格が同じなんだよ、いくらなんでも異常だろ……あ、でも一人だけ例外がいたな……」


 とキランが思案顔になると、チャーリーが声を出した。


「まぁたしかに変かもしれないわね、でも、それがどうしたっていうのよ?」


 キランはごほんと咳ばらいを一回して、口を開く。


「それがこの町の真相に繋がるんだよ、俺はずっとこの町がおかしいと思っていたけど、なぜおかしいかに気づいたのが、町民たちの走り方を見たときだ、一人を除いて、みんなちょっと変じゃなかったか?」


 キランに言われて、僕はモンスターの討伐に向かうときの町民たちの走っている姿を思いだす。


「たしかにみんな走り方がぎこちない感じだったけど、それが何だというんだ。単に運動不足だからとかじゃないのか?」

「いーや、あれはそういうのじゃないな。そうだな、実際に見たほうが早いか……」


 キランはそう言うと、揚げた芋を載せた皿をこちらのテーブルに届けに来たウェイトレスを見た。

 すると次の瞬間、キランは突然、ウェイトレスのロングスカートの裾を掴んで持ち上げた。


「きゃあああ!」


 と悲鳴を上げるウェイトレス。

 下着がギリギリ見えないくらいまで生脚が露わになっていた。


「なにやってんの、あんた!」

「き、キランさん、な、なにをして……!」

「おいおい、いくらイケメンでもさすがにそれは許されないぞ!」


 チャーリー、クルシェ、僕の順で、キランの唐突な奇行を非難するが、彼は異常なくらい落ち着いていた。


「お前ら、よく見てみろ、この女の脚を」


 キランに言われて、露わになった女性の生脚を、僕は恐る恐る見る。


 そして、気づいた。

 その女性の膝が、だったことに。


 あれ、ていうことは、つまり、この女性は――


「に、人形、なのか?」


 僕がそうつぶやくと、「そうだ」とキランが肯定した。


「まさか他の町民たちも?」

「確認はしていないが、おそらくそうだ。全員――いや、一人の例外を除いて、この町の人はみんな人形だ、魔法で人間のように動いたり、しゃべったりしているだけでな。みんな性格が同じなのは、たぶん、困っている人を見かけたら助けろとか、モンスターが襲撃してきたら迷わず倒しに行けとか、そんな単純な命令でしか動いていないからだと思う」


 と僕の疑問に、キランが答えてくれた。


「まさか、人形だったとはね……気づかなかったわ。あ、でも、魔法で動いているということは、それを動かしている奴がいるはずよね?」


 とチャーリーが言って、僕も気づいた。


「そう言えば、キラン、お前、例外が一人いるって言ってたよな? そいつか、人形を動かしているのは」

「そうだ」

「だれだ?」

「わからないか? お前も会っているはずだぞ」

「この町の民か?」

「ああ、まだ気づかないか? 明らかに他の町民と性格が違う人間が一人だけいただろ、そいつが人形を動かしている奴だ」

 

 キランにそう言われて、僕は記憶をたどる。


「あっ……!」


 思い当たる人物が一人いた。

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