彼女の為の生存戦略。よくぞここまで生きてきた。
SIYORI
第1話 誰にも言わないでください
それは悲痛な叫びだった。
「言わないで 誰にも言わないでください!」
彼女との出会いは別段でもなく、どこにでもあるもので、
人手不足の飲食店のバイト先でマネージャーが他店舗からのヘルプとして連れてきたときのことだ。
一見、小学生のような体格、幼く不安そうな顔立ち。
俯きながら上目遣いでこちらを伺っている。
怯えている小さな野良猫のような第一印象だった。
「歳はいくつですか?」
「19歳です」
車の免許を持っているようだったので18歳以上なのは理解していたが、
(ペダルに足とどくのかな・・・?)
マネージャーから引き継いでトレーニングをしながらいろいろと探りをいれてみる。
仕事を始めるきっかけやほかのバイトの経験、
家族関係やどこの学校だったかなどなど、
他愛のない会話からコミュニケーション力をみていくと普通の会話のキャッチボールは難しいようで、
例えるなら幼稚園児に下投げでそっとボールを投げるとやっと取れる感じで返球もバラバラでとても構えたところにもどってくることはなかった。
(よく採用されたな)
それでも丁寧にキャッチボールを続けていくと打ち解けてきたのか段々と会話が弾むようになってきた。
「こないだ5回目にしてようやく免許の試験合格したんです!」
「それは良かったね」
「車運転できるようになって初めてのバイトなんでここに長くいたいです」
「そうなるといいね」
・・・
・・
そして金庫の釣銭チェックの時にそれは発覚した。
人が入れ替わる引き継ぎのときに金銭の問題が発生しないように金庫内の時間帯売上と釣銭をチェックする。
作業を教えようと思って金庫を開けキャッシュケースを取り出す。
ケース内の10円の棒金を見せて一応聞いてみた。
「これ一本いくらかわかる?」
「???」
「一本50枚だよ。いくらだー?」
と優しくクイズ形式で声をかけるとフリーズしたように動かなくなる彼女。
「10円が50枚でいくら」
保父さんが園児に話しかけるように聞いてみた。
そうすると彼女はデスクの上をチラっと見て電卓を発見すると10×50を叩いて
「500??」
と答えた。
ふーっと一呼吸おいてから「そうだよ」と応えた。
そして一円玉の棒金を見せて
「これいくらかわかる?」
と聞いてみるとまたもフリーズ
「1円が50枚だよ」
だだだだと計算機に表示されるのは1×50
「50??」
「円ね、正解~じゃあこの10円の棒金と1円の棒金を足すといくらになる?」
当然フリーズ
どのくらいで再起動するのか待ってみてけど・・・
(動け、動け、動いてよ)
再起動することは無かった。
「500円と50円だよ」
だだだだだ
「550円!」
「正解~!じゃあ10円の棒金2本でいくら?」
・・
だだだだだ
「500500!」
「いやそこは+を押さないと」
だだだだだ
「1000?」
「正解!じゃあ計算機を使わないで答えてみて50足す5は?」
彼女は50とつぶやいてから頭を5回前後させてから
「55」
と答えた。そして彼女の右手の指は5本折れていた。
(ここまで生きてくるの、大変だっただろう)
「50足す13は?」
彼女は答えることはできない。
なぜなら、彼女の手の指は10本しかないから。
思わず抱きしてたくなった。
そう思っていた時に今度は俺が少しフリーズしてしまったようでその「間」に彼女はふと我に返ったのか、
急に今日一番の大きい声で叫びだした。
「言わないで、誰にも言わないでください!」
彼女の叫びが心に刺さる。
(そうやって生きてきたんだね)
「ん~俺が言わなくてもすぐにみんなにばれちゃうよ」
「、、、」
「計算機使えばできる?」
と言って計算機を差し出す。
だだだ
「63」
「正解!」
一呼吸おいてから彼女の眼をじっと見据える。
彼女の眼は所在なさげにオロオロとしている。
「さっきここに長くいたいっていってたよね、それは本気?」
彼女は目をこちらに向けずに右下に視線を向けたまま自信なさげにうなずく。
「それはダメだよ、目を背けずにこっちを見てちゃんと声にだして答えないと。
ここに長くいたい?」
もう一度問い直す。
「ここに長くいたいです」
自信はなさそうなままだがなんとか目をみながら答えることができた彼女。
「OK」
(今はそれでいい)
それから彼女をこの店で生存させる為の戦略が始まった。
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