第2話 恐るべし! 甲賀流イモリの術!

その老人こそ、戸田白雲斎その人であった。

戸田白雲斎は、伝説上の人物で、猿飛佐助の忍術の師であったと言われている。

また、信濃の国の奥深い山中に住み、甲賀忍者軍団の首領であったとも言われる。


「佐助がの、幸村殿がピンチに立たされておると言ってな、わしに助けを求めてきたのじゃよ」

と、白雲斎は言った。


白雲斎の背後に控えているのは、赤ら顔の猿のような男は、猿飛佐助。

痩せて死神のような顔の男は、霧隠才蔵であった。

共に、真田幸村の側近の忍者であったが、ここ数日、姿を見せなかった。二人で共謀して白雲斎を探してここに連れてきたものであろう。


「出過ぎた真似をして申し訳ございませぬ」

佐助は謝った。

「いや、いいのじゃ。よく連れて来てくれた。徳川20万の軍勢を前に、どうしたらいいのか途方に暮れていたところじゃ」

と、幸村が言うと、白雲斎は厳しい顔になって言った。

「そこのところじゃ……。幸村殿は、打って出る作戦をお考えじゃな」

「は。守っていても万に一つの勝ち目もございませぬ。さすれば、乾坤一擲、城を出て家康本陣に向かって打って出てこそ勝機はあると」

「いかんなあ」

「白雲斎殿も、そうお思いになられますか」

「うむ。多勢に無勢。突撃しても死期を早めるだけじゃ」

「では、やはり、淀殿のおっしゃられますように、籠城しかないと」

「籠城はいかんなあ。少しずつ戦力をそがれ、城には大砲を打ち込まれ、苦痛のあまり徳川方に寝返る武将も大勢出るじゃろう」

「攻めてもダメ、守るのもダメ。では、どうしたものでございましょうか」

「そこよ……」


白雲斎は腰に付けた薬篭を取り出した。

「幸村殿、掌をお出しくだされ」

幸村が掌に、白雲斎は薬篭から緑色の錠剤を出して置いた。

「これは?」

幸村は怪訝な顔をした。

「これから徳川方に恐ろしい疫病が蔓延する。実に恐ろしい疫病じゃ。しかしな、この錠剤を飲んでおけば、その疫病に感染しないですむ。幸村殿、これを、飲むのじゃ。幸村殿が飲んだ後は、大坂城の将兵にも、大坂市街の町民たちにも飲ませるでな」

幸村は、錠剤を口に入れた。

なんともいやな味と臭いがした。

佐助が茶碗に水を入れて差し出した。

幸村はその水でなんとか錠剤を飲み下すことができた。

「それでよいのじゃ」

と、白雲斎は言った。

そして、

「甲賀流忍術、イモリの術。これから家康に一泡吹かせましょうぞ」

白雲斎は不敵な笑みを浮かべた。



幸村が錠剤を飲んで数日のうちに、大坂城を包囲する徳川勢に赤痢が蔓延した。


徳川の将兵は、全身の倦怠感、悪寒を伴う急激な発熱、水様性下痢に苦しみ、大坂城攻略どころの騒ぎではなくなってしまった。


これは、白雲斎の配下の忍者たちが、徳川の将兵たちが使用している水源や食料を赤痢菌で汚染させたために起きた感染であった。

感染はたちまちのうちに拡大し、将兵の多くが重篤な症状をきたした。

将兵ばかりでなく、大名の中にも、発熱と繰り返す下痢に立ち上がれなくなったものが出てきた。


また、その一方で、大坂方の将兵に赤痢は感染せず、町民たちも無事であった。これは白雲斎が事前に配布した緑色の錠剤のためであった。



茶臼山。

家康の本営。

徳川家康の前に、10人ほどの大名が集まっていた。

「なんじゃ。集まったのはこれだけか」

家康はひどく不快な表情を見せた。


大名の一人が、答えた。

「申しわけございませぬ。ほかの大名たちは、熱と下痢に苦しみ、ここまで来ることもできませぬ」

「ならば、代わりのものを送ってよこせばよいであろう!」

「健康でここに来ることができる代わりのものもいない有様」

「なんということじゃ。せっかく大坂城を包囲しておきながら、病人の集団となってしまうとは」

と言って、家康はその大名が股間に手をやっていることに気づいた。

「なんじゃ、その方。そんなところをしきりに押さえおって」


「痛むのでござる。ペニスの先から膿が出ましてな」

「なに……!」

家康が気づけば、ほかの大名たちの中にも、股間を抑えて苦しい顔をしている者が何人もいる。

「何か心当たりはあるのか」

と、家康は大名たちを見回した。

「実は……」

と、一人の大名が言った。


「七日ほど前、陣屋に妙に色っぽい女が訪ねて来まして、一晩寝床を共にしてほしいと言いましてな。いやもうそれが絶世の美女で、まああの魅力と言ったら言葉にできそうにないほどでございました。戦時中ではありますけれども、拙者はその女に夢中になってしまいまして、日が暮れる前から女と寝床に入って、夜が明けるまで抱き合ったのでござる。その女は夜が明けるといずこかへ立ち去っていきましたが、それから二日ぐらいたって、痛むやら膿が出るやら体に発疹ができてくるやら。最近では目がちかちかするようになってまいりました」


これこそ、甲賀流イモリの術の真髄であった。

甲賀流イモリの術は、赤痢を蔓延させ、自分たちは錠剤で感染を防ぐ。

しかしながら、実はこれは表向きの作戦。


本当は、イモリの術はこれからが奥深いところであって、イモリの術には裏バージョンがあって、それはくのいち(女忍者)を使って性病を敵に感染させる作戦なのであった!


くのいちは錠剤を飲んでいるので、性病に感染はしていてもこれといった症状は出ない。

しかし、くのいちと接した男は、性病に感染して症状が出て苦しむ。放置しておけば死に至る……。



恐るべし、甲賀流イモリの術。

家康は目の前が不意に暗くなるのを覚えた……。


続く






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異説・大坂の陣 花影さら @sara_ituki

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