【カクヨムコン10】虚夢
Aoioto
第1話『現実』
肌寒さで目を覚ます。
カラスの鳴き声、甘ったるい香水の臭い、軋む身体――今日も変化はない。
また、一日が始まってしまった。
生暖かい地獄のような現実は、いつも夕暮れから始まる。
◇ ◇ ◇
幸せになるためには、それ相応の資格が必要なんだと思う。
たとえば、『白い画用紙に好きな色を塗れ』と指示されたとする。
指示を受けた人によって、その行動は様々だろう。
指示通りにする奴、指示した人間が望んでいそうな色や塗り方を選ぶ奴、白い画用紙に白を塗る奴、画用紙を破り捨ててしまう奴――挙げだしたらキリがない。
だが、そいつらには全員“幸せになる資格”がある。
そいつらは自分なりに考えて、なんらかの行動をとったからだ。
つまり。
俺のように、自分の好きな色も分からずただまっさらな画用紙を眺めている人間には、何か変化が起こるのを受動的に待っているだけの人間には、幸せになる資格がないのだ。
中学を卒業してからバイトを転々とし、最終的にはコンビニバイトで生計を立て始めはや数年が経ってしまった。
夢も希望も抱けない俺は最近、『今日までの人生が全部夢だったらいいのに』という馬鹿げた願望を抱いている。
次に目が覚めたら研究所にいて、俺は最先端技術を用いたフルダイブ型のシステムで“落ちこぼれの人生”を体験していた人生の成功者だったらいい。
毎日遊んで暮らせるほどの金があったから、暇つぶしにゴミみたいな人生を体験していた――みたいな。
そんなSFじみた人生のオチ。
人生をやり直さなければ救われないレベルの人間だが、赤ん坊からやり直すほどの気力はない。
無気力と怠惰、諦観が情けないくらいに集約された願望が、頭から離れない。
ところで。
そんな俺は今、商品のおでんに唾を飛ばしている客――にも満たないような男と対峙していた。
ビビるくらいならやらなければいいものを、男は俺の様子を窺いながら唾を飛ばし続けている。
日付けが変わる頃だというのに、思わず今日一番のデカい溜め息を更新してしまう。
そのタイミングで、少し遠いところから声がした。
「やめときなって」
出入口の方にスマホを構えた女が立っていた。
言葉では注意しているが、ニヤニヤとした表情から本気さは感じられない。
それに、スマホを持つ手の角度からして動画を撮っているようだ。
こういうのってネットに上げると結構ヤバい炎上する気がするけど大丈夫か。
こんな奴ら、本当は無視していたい。
心の中でグチグチ言うだけに留めておきたい。
だが、腐っても俺はコンビニ店員だ。
ついでに、何年か働いているだけあってバイトリーダーを任されてしまっている立場にもある。
与えられた責任は果たすべきだ。
でなければ怒られてしまうし、なにより店長から問題となるものは迅速に対処しろと言われている。
ということで仕方なく、重たい口を開く。
「お客さん、そういうの迷惑なんでやめてくんないすか」
「あ、大丈夫ですww 全部買うんでww」
「……じゃあ買ってから家で唾入れてくんないすかね。動画撮影もご遠慮ください」
「いやいや! ちょっと店員さん、頭固すぎません??w
きれいな顔がもったいないなあ」
男の言葉に「ちょっとちょっと」と動画を撮っていた女。
「顔隠れてんのにテキトーなこと言わないの(笑)」
「テキトーじゃねえし! 近くで見たら目見えっから!
こっち来てみ」
手招きされ、女はスマホを構えたままこちらへ近づいてくる。
俺の顔を下から覗き込むやいなや、彼女の瞳孔が僅かに開いた。
「ガチじゃん! え、めっちゃタイプなんですけど!
お兄さんモデルとか配信者やってる?」
女の問いかけにぐっと口を引き結ぶ。
自分が見世物にされているような感覚は昔から苦手だった。
マスクと前髪で隠された俺の負の感情に気づくことなく、女はまだ話しかけてくる。
「てかさー、前髪上げた方がいいよ。
絶対そっちのが似合うって!」
女の手がぬっとこちらに伸びてきた。
ぞくりと悪寒がするほどの拒絶感。
だが、抵抗はできない。
好き勝手に能動的に動くこいつらと、無気力で受動的な俺。
幸せになる資格がある他人と、ない俺。
優先されるのがどっちかなんて言うまでもない。
抗ったところで誰も俺の味方なんかしないのだから、最初から受け入れた方がいいに決まっているのだ。
そう覚悟を決め、ぎゅっとキツく目を
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次回
第2話『愛の呼称』
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