ぼくの猫耳ヒロインはここにいた
佐藤ゆう
第1話 僕の猫耳ヒロイン
2024年 12月 14日。
小雪が舞い落ちる神奈川の冬の海を、一隻の船が航行していた。
甲板には、手すりに寄りかかり、虚ろな瞳で海を見つめている少年がいた。
ボーとしていて生気が感じられない。
見た目は 高校生くらいだろうか?
「ふぅー」と息を吐くと、白い息は宙を舞い、冬の空に消えた。
「死ぬか……」
そうつぶやくと少年は、船の手すりに足をかけ 海に飛び込んだ。
海面に水飛沫が飛び散り、大きな波紋が形成された。
そして、それは何事もなかったかのように消失する。
少年がした行為はいわゆる【自殺】と呼ばれるものだ。
少年は何故、【自殺】をしたのだろうか?
それは誰にもわからない。少年にしかわからないことだ。
だが、ここは海のど真ん中、誰も助けにはこない。
―――【 死 】―――
その運命しか、少年には残されてはいなかった。
だが【死】は、少年にとって救いなのだ。
【死】は、自殺する者にとって救いなのだ。
体がズブズブと暗い海に沈みゆくなか、少年は思う。
(これで救われる……。何もかも……自分も……周りも……すべてが救われる……)
安堵していた。
自分の存在が、この世から消えることに。
だが―――……
「――ッ!」
少年の瞳に、白い影が映り込んだ。
白い影は どんどんと少年に近づいてきた。
驚きのあまり少年は、思考を激しく混乱させた。
(ありえないッ! ここは海の中だぞ? 幻か?)
そう思うのも仕方ない。
少年の【自殺計画】では、これは想定外な出来事なのだから。
瞳に映る白い影が鮮明になっていき――
(ね、猫ッ!)
白い大きな猫だと認識できた。大きさは人間くらいはある。
白い大きな猫が、少年の側まで泳いでくると、手を差し出してきた。
(まさか、この僕を救う気なのか?)
もちろん、その救いの手を取る気はまったくない。
死にたいのだから。
そのために自殺したのだから。
だが少年は その手に、自分の手を伸ばしてしまった。
(何故ッ!)
困惑した。自分のした行為に。
助かりたくないはずなのに。
生きたくないはずなのに。
死にたいはずなのに。
なのに少年は、差し出された手を握ってしまったのだ。
「ガフッ!」
その瞬間、少年は意識を手放した。
◆◆◆◆
少年の名は【真帆世 海斗(まほよ かいと)】
神奈川県立 秋田川 高校 2年生。
どこにでもいる 普通の少年。
そして、どこか影のある少年。
そんな少年が何故、自殺という普通ではしない事をしたのか?
少年に聞けば分かるかもしれない。
もしかしたら、少年にさえ分からないのかもしれない。
わかることは『一つ』
少年はもう『普通』ではないということだ。
『普通の少年』は、自殺などしないのだから 。
◆◆◆◆
――電気が付いた ある部屋で――
「 んんっ…… 」
少年はベッドの上で目を覚ました。
「こ、ここは……?」
――僕は、寝ていたベッドから上半身を起こして辺りを見回した。
「僕の部屋?」(なんでこんなところに? 僕はたしかに自殺したはずなのに……?)
思考が定まらないなか、ベッドの脇に置いてあるデジタル時計をチラリと見る。
夜中の6時を回っていた。
(もうこんな時間……? どうしてこんな時間まで僕は生きているんだ? いや、そもそも僕は自殺したのか?)
ベッドにあお向けになりながら思考を巡らせる。
(あれは夢だったのか? いや……もの凄くリアルに感じた……。だが僕は、ここでこうやって生きている……ということは、やはり、あれは夢で……。僕はいままでずっと、この部屋のベッドの上で寝ていて、夢を見ていたのか?)
「………くっ、情けないッ!」
自身に嫌悪した。
計画では、今日12月14日に神奈川の海に出かけ、自殺するはずだったのに、それが失敗に終わったからだ。
(なんてぇ……情けないんだ……僕はぁ……。本当に自殺する気はあるのか?)
自己嫌悪に悶えるなか――ふと、夢に出てきた 白い大きな猫のことを思い出した。
(そういえば、あの猫は一体 何者だったんだ?)
夢は自身の深層意識だという。
ならあの猫は、僕の深層意識が作りだしたもので。考えたくないが、僕は救われたかったのか? いや、ありえない。僕はこの一週間、自殺することだけを考えて生きてきたんだ。信念と勇気と覚悟を持って。なのに、それなのに、その結末が、あんな ふざけた夢だなんてあってたまるか。僕はもうすぐ死ぬのだ。だったら自分の運命に従って、自らの命を断てばいい。だからもう悩む必要なんてない。悩んだところで僕は死ぬしかないのだから。たとえあれが万が一 僕の深層意識の答えだとしても、死への覚悟と信念は、いまだに僕の中で十分に燻っている。死ねなかったのならまた死ねばいい。次こそ必ず死んでみせる。自らの手で、誰もかもが救われる形で。
心の中で強く決意をしたとき―――
『ぐうううううっ』
空腹の音が鳴り響いた。
「…………」(どんなに死にたいと思っても、お腹は減るんだな……まあいいさ。僕が死ぬにしても時間は必要だ。それまで僕は、この家で普通に過ごさなければならないのだから……)
仕方なく一階に下りることにした。
胃の中に、2、3枚のジャムを付けたパンを放り込むためだ。
今日の自殺は失敗に終わった。いや、そもそも失敗すらしていない、夢の中で実行しただけ。それを失敗というのなら、最悪の形での失敗だろう。だが、僕が死ぬまでにはまだ時間があるはず。それまでに死ねばいい。甘い考えだと思うが、これ以上考えてもロクな発想はしなさそうだ。人はリラックスしている時にこそ、良いアイディアが湧くものなのだから。
自殺の【良いアイディア】というのは ちょっとどうかと思うが。
とにかくいまは食事をとり、お腹を満たすことが先決。
部屋を出て、階段を降り、一階のリビングに向かう。
この時間のリビングには、母さんと妹がいるだろう。
なんとなくだが僕は、母さん達と顔を合わせづらかった。
夢とはいえ【自殺】したのだから。
母さんは そういう事をすごく嫌う。
だから母さんと会えば、僕は罪悪感が湧いてしまうだろう。
僕を引き取り、ここまで育ててくれた母さんに対して。
だからこそ僕の【死】は、その『恩』に報いる形でなくてはならないのだ。
そうじゃないと僕が生きてきた意味はないんだ。
(できるだけ、母さん達の前では無心でいこう)
人は他の生物より、考える力が強い。
そのおかげで、この地球上の頂点に立てたが、その力が仇となり【自殺】という、この地球上の生物で 人間だけがする行為をする。
だがそれは、僕にとって『好都合』。
【自殺する】という選択肢を見い出したことで、僕は自分の命に『価値』を持たせる事ができるのだから。
あとは僕が自殺するまで、この家で母さん達にバレないように過ごすばいいだけだ。
僕が自殺することは、絶対に母さん達にバレてはいけないのだ。
(罪悪感など考えるな! 無心、無心、無心、無心、無心っ!)
無理やり無心と思い込む。
だが人間、無心になるということは結構 難しい。
無心と考えている時点で 無心ではないのだから。
逆に、無心になろうと考えれば考えるほど、そのギコチなさが態度にでてしまうものだ。
階段を降り、リビングのドアの前に立ち、「ふぅー」と一息ついた。
(やっぱり、無心になるというのはけっこう難しそうだ。いつもどうり振る舞うためにもいっそ、自殺した夢の話しでもするか……冗談っぽく。そしてその時、あの白い大きな猫に助けられたことでも話すか? いや……冗談でもありえないな)
頭を振って思考を打ち消した。
(夢とはいえ、自殺したことを母さん達に話せる訳がない。ましてや、現実には絶対いない 白い大きな猫の話しなど論外だ)
結論を出して、リビングのドアを開けると――
「 ニャハハハハハハハハハハっ! 」
笑い声がリビング中に響いた。
その声は、コタツに入っている 全身 白いきぐるみを着た人物から聞こえてきた。
一緒に母さんと妹も入っている。
白いきぐるみ姿の人物の後ろ姿しか見えないが、どこかで見た『記憶』がある。
はっと思い出し――――
「 猫オオオオォォォォ――――ッ! 」
僕はリビングじゅうに大声を響かせた。
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