第4話 祭りの後


「──はぁ~……。大変だったけれど、楽しかったなぁ」


 江藤が両腕を伸ばし、満足気に笑った。


「三年の先輩達も文化祭の後は受験モードに入るって言っていたし、寂しくなっちゃうねぇ~」


 現在、文芸部には三年の先輩が二人と一年生が四人しかいない。つまり、先輩達が卒業すれば、この四人だけとなるのだ。


「来年の文化祭は我々で盛り上げますぞ。今度は二十冊程、売りつけてもいいかもしれませんな!」

「また、野球部に喧嘩売る気かよ……」


 眼鏡をきらんと光らせる萩尾に対し、やれやれと梅ヶ谷が溜息を吐く。


 吹きさらしの廊下を歩いていると、後夜祭で盛り上がっている学生達の声が響いてくる。

 少しだけ胸のあたりが涼しく感じられ、ゆずりは声を探すようについ遠くを見つめる。


「……楽しいのに、寂しい感じがするのは何でだろう」

「お、詩人」


 思わずぽそりと呟いたゆずりの言葉を江藤が拾ったため、少し気恥ずかしく思ってしまう。


「でも、冬原ちゃんの気持ち、分かるわぁ~。何かこう、満足感はあるのに物寂しい感じ……。えーっと、あれよ、あれ、なんだっけ」

「どれだよ」

「ふむ。もしや、夏祭りの後のことで?」


 萩尾の助け船に江藤は「それだ!」と閃いた顔をする。


「夏祭りで美味しいもの食べて、遊んで、花火を見て……。全部、楽しいことのはずなのに、終わった後のあの猛烈な寂しさ! いま、まさにそんな気分よ」


 江藤の言葉に、萩尾も腕を組みながら、うんうんと頷く。

 確かに言われてみれば、祭りの後に似ているかもしれない。


「そういや江藤と萩尾のクラスって確かこの後、カラオケ店で打ち上げやるんだろ? 多分、俺のクラスが打ち上げやる場所と同じ店だわ」


 梅ヶ谷が何かを確認するように、スマートフォンを見ながらそう呟く。

 面倒くさがりの梅ヶ谷が打ち上げに行くとは思っていなかったゆずりは少しだけ驚く。


「梅ちゃんも打ち上げに行くなんて意外です……」

「梅ちゃんって呼ぶな。……まぁ、クラスの出し物に一応、参加したし、ちょっと顔を出すだけだ」


 ゆずりは八組、梅ヶ谷が六組で、江藤と萩尾が三組だ。そのため、体育などの合同授業も三人と被ることは全くなかった。


「ゆずは? この後、どうすんの」

「えっ。あ……。わ、私はこの後、用事があるので……」

「ふーん……?」


 曖昧に誤魔化したが、幼馴染の梅ヶ谷は疑うように目を細めてくる。


「ほ、ほら、三人とも! 後夜祭、行かないんですか? 終わっちゃいますよ」

「そうだった! 確か、このあと生徒会主催のビンゴゲーム大会があるって聞いたわ!」

「一等が超豪華賞品らしいですぞ」


 慌て始める江藤に付き添うように、萩尾も走り始める。


「こら、二人ともー。廊下、走ってると怒られんぞー」

「急ぎ足はセーフ!!」

「それじゃあ、またね、冬原ちゃん! お疲れ!」

「お、お疲れ様ですー」


 わたわたと走っていく二人を見送った後、その場に残った梅ヶ谷がこっちを振り返る。



「ゆずは、さ」

「はい?」

「クラスの打ち上げ、行かなくていいの」

「……」


 もう一度、問われるとは思っていなかったゆずりは、苦笑して誤魔化した。


「うちのクラスの打ち上げにでも、参加するか?」

「何でですか。別のクラスの人間が参加するなんて、あり得ないでしょう」

「そりゃあ、そっか」


 気遣われているのは分かっている。だからこそ、申し訳なさの方が湧き上がってきてしまうのだ。


「私のことは気にしないで下さい。本当にこの後、用事があるんです」

「……」

「だから、梅ちゃんも打ち上げ、楽しんできてくださいね」

「梅ちゃんって呼ぶな。……まったく」


 梅ヶ谷は鼻を鳴らした後、もう一度、ゆずりの方を見る。


「今日、みくねぇぇと桃兄ももにぃぃはいるの?」

「お姉ちゃんはフィールドワーク先に泊まってて、お兄ちゃんは出張だって言っていましたね」

「ふーん、そっか」


 ゆずりには大学生の姉と社会人の兄がいる。

 姉が「みくり」、兄が「桃理とうり」という名前だが、小さい頃から兄妹のように一緒に遊んできた梅ヶ谷は二人のことを「みく姉ぇ」と「桃兄ぃ」と呼んでいた。


「一人でお留守番、寂しくないか~?」

「なっ! もう、そんなに小さい子じゃないんですよ!」


 ゆずりが反論すれば、梅ヶ谷は苦笑した後、頭をぽんっと軽く撫でるように叩いて行った。

 身長は彼の方が十数センチ程高いだけなのに、何だか大きく見えた。


「それじゃあ、行くわ。ゆずも気を付けて、帰れよ」

「……うん。梅ちゃんも打ち上げ後の夜道に気を付けて下さいね」

「おい、俺が夜道で狙われるみたいな言い方すんな」


 軽口を言い合った後、梅ヶ谷は手を軽く振り、その場から去っていく。

 ゆずりは小さく笑ってから、下校するために昇降口へと向かった。


 遠くから聞こえる楽しげな声に、自分の足音が混ざっていく。その静かさは、ゆずりにとって慣れたことだった。

   

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