第3話 文芸部


 ゆずりは図書室の鍵を職員室へと返した後、文芸部の部室へと向かった。

 部室には別の場所で部誌を販売していた先輩二人が戻ってきていた。


「あっ、冬原ちゃん、おかえり」


 最初に声をかけてきたのは三年生の先輩で、副部長の椎名しいな美晴みはるだった。美人で穏やかに見えるが、男性同士の友情に熱くなってしまう人だと聞いている。


「うぅっ、ごめんよぉ、冬原ちゃんんん! 私の不手際のせいでっ……!」


 号泣しているのは部長の松村まつむら有衣ゆいだ。いつもはしっかりしている先輩だが今回に限り、部誌を二百五十部刷ってしまったらしい。


「だ、大丈夫です。でも、図書室に来る人は少なくて……。あ、司書の本多さんが二冊買ってくれたんですよ」


 ゆずりは預かっていた小銭入れを松村へと渡した。


「さすが本多さん。毎回、発行するたびに二部ずつ買ってくれるのよねぇ」


 すると、部室にゆずりと同学年の部員達が入ってくる。


「お疲れ様でーす!」

「出張文芸部、帰ってきましたぞ!」

「……お疲れ様です」


 元気よく帰ってきた江藤えとう道花みちかの次に入ってきたのは、元野球部の萩尾はぎお朔郎さくろうだ。そして最後に、少しお疲れ気味の梅ヶ谷うめがやかおるも入ってくる。


「おかえり、後輩達! そして、本当にごめんよぉぉぉ!」

「部誌の売り上げ、どうだった?」


 土下座でもしそうな勢いの松村を宥めつつ、椎名が三人へと尋ねた。


「三人合わせて、六十部ってところですね。運営本部のテントや漫研のところに置かせてもらいました」


「あとは萩尾が、野球部がやってた数字の的にボールを当てるゲームで見事に勝って、野球部員に十冊くらい購入させていましたね」


 梅ヶ谷の説明に先輩達はガッツポーズを取る。


「ナイスよ、萩尾くん!」

「おおっ、さすが元ピッチャー!」

「ふふふ、僕は自分の出来ることをしたまでですぞ」


 謙遜しながらも萩尾は先輩達の拍手に得意げな表情を返していた。


「ゆず」


 名前を呼ばれたゆずりがそちらへ顔を向ければ、梅ヶ谷が顔を窺うようにこちらを見ていた。


 ゆずりの祖父と梅ヶ谷薫の祖母が兄妹ゆえに、自分達ははとこ同士でもあったが、そのことを知っているのは文芸部の部員だけだ。

 また、お互いに兄妹のような幼馴染でもあるため、彼は知り合いしかいない場所ではゆずりのことを「ゆず」と呼んでくる。


「梅ちゃん。お疲れ様です」

「梅ちゃんって呼ぶな。……ゆずのところ、どうだった?」

「図書室だから、来る人は少なかったですね。でも、司書の本多さんが、文化祭が終わった後もカウンターに部誌を置いてもいいって言っていました」

「そっか」


 普段は無愛想で口が悪く、何事も面倒そうにしている梅ヶ谷だが、本当は面倒見が良いとゆずりは知っている。

 一年生の最初の頃、本当は文芸部が気になっていたのに入部出来ずにいたゆずりを無理やり引っ張り、そのまま一緒に入ってくれたのも彼だ。


「冬原ちゃん、おつかれぇ。図書室、暇過ぎなかった?」

「お疲れ様です、江藤さん。カウンターの当番をしながら、今度の読書週間の準備をしていたので……」

「あ、そういえば図書委員だったね」

「ふむ。図書委員会では読書週間に何かする予定で?」


 いつの間にか、会話に萩尾も入ってくる。

 前ならば人見知りを発揮していたが、今では何とか文芸部の部員に対してならば慣れることが出来たゆずりは、萩尾の問いに首を縦に振る。


「本を読んで、スタンプを集めた人には図書委員お手製の栞をプレゼントするんです」

「ほうほう」

「へぇ~!」


 書くのも読むのも好きだという文芸部の部員達にはぜひ、参加して欲しい企画であるため、ゆずりは宣伝も含めて、いつから実施なのかも伝えることにした。



「……ほら、部長。そろそろ、締めのあいさつをして、さっさと解散しないと。後夜祭に参加したい部員だっているんだから」


 椎名がぽんぽんと松村の背中を叩けば、彼女は「けっ」と表情を歪ませる。


「くっ、腐っているのに彼氏持ちがよぉっ」

「私が腐っているのと、彼氏がいるのは別物よ、別物。それに、私が腐っていても好きだって、言ってくれたんだもの、あの人」

「惚気てんじゃねぇよぉ~!」


 松村は自身の顔を両手でパンッと叩いたあと、いつもの頼りがいのあるしっかりした顔つきへと変えた。


「部員諸君! 私の不手際により、多大な迷惑をかけてしまったことを改めて心よりお詫び申し上げる! この二日間、『さぼてん』のために奔走してくれて、本当に感謝している! ありがとう!!」


 がばっと松村は頭を下げる。


「けれど、私にとってはこの不手際さえも、高校生活においてのかけがえのない一ページとなったんだ」

「本当、部数を間違えた時の阿鼻叫喚と言わんばかりのあの顔は中々、忘れられないわね。写真でも撮っておけば良かったわ」

「そこ、うるさいぞ! ……こほんっ。とにかく、この文化祭を乗り越えられたのは皆のおかげだ! そこで! 今度の打ち上げは全て私の奢りとさせてもらう!」

「うぉぉぉ!!」

「よっ、部長、太っ腹!」


 松村の宣言に部員達は喜びの声を上げる。ゆずりもぱちぱちと拍手した。


「では、残りの片付けはまた後日に回して、後夜祭に参加したい人もいると思うから、ここで解散です! みんな、二日間、お疲れまでした!」

「お疲れさまでしたー!」

「あ、副部長はちょっと残って」

「ちっ、逃げられなかったか……」

「一応、会計係でしょうか、文芸部の。さっさと計算するわよ。……ほら、後輩達は行った、行った」

「は~い」


 部長と副部長を残して、文芸部一年組は荷物を持って、部室を出た。

  

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