ワールドダンジョン・亜種 ~ディストピアを制する者たち~

くれは

第1話 異世界ダンジョンに飲み込まれたディストピア

 今日の天気は晴れ。

 皆既日食かいきにっしょくはまだ先のはずなにも関わらず、青空が一瞬のうちに暗闇におおわれた。


 道行く人、ビルの窓側にいた人、洗濯物を干していた主婦が全員、空を見上げる。


 2024年の晴天の日。

 大きな口を開けた、”生命体”……。


 地球は、”異世界ダンジョン”に飲み込まれ、神判の日を迎えた――。



 ◆ ◇ ◆



 西暦2042年。

 世界がダンジョンに飲み込まれたあと、この世に生を受けた冴島煉さえじまれんは、今日もダンジョン探索にはげんでいた。


 ダンジョンに飲み込まれた当初は、魔物によって多くの人が亡くなったと両親に聞かされたれんだったが、同時に人類は”ある能力”を授かる。


 それが『スキル』だ。


 ゲームによくあるアレ。

 当たりスキルから、ハズレスキルまで様々だ。


 もちろんれんもスキルを授かっている。

 ただ、それは最強の一つではあったが、俗にいう『チート』ではなく、”成長型”だった。



 ――ハロハロさんが接続しました


@ハロハロ

よっし、一番GETー!


 ――シモネタさんが接続しました


@シモネタ

いやはや、こんな早朝から元気に魔物退治をする貴重な人材である、イケメン魔法使い君。



「……悪しき魂を解放し、この者を焼き払え――ファイアー!」


 ぷるんと体を震わせて瑞々みずみずしく感じる青いスライムを、れんは容赦なく葬る。

 町中でも、こういった雑魚魔物は現れていた。


 木の棒にしかみえない変哲もない武器から小さな丸く揺らめく炎が生まれると、スライムは飛散する。



@シモネタ

出ましたな。イケメン魔法使い君の、”厨二病詠唱”!


@ハロハロ

魔法は詠唱いらないもんねー。それと、”レン”って呼んであげなよー。



 魔物を倒してもゲームのように自分のレベルは上がらない。代わりに、スキルが成長していく『スキルツリー』が存在する。


 れんは、まだ初期にファイアーしか使えない初心者”炎”魔法使いだった。

 ただ、ゲームと同じで支援魔法なんかは覚えられるらしい。

 それもスキルツリーで選べばの話だが。


 れんとは違って最初から複数のスキルを授かった者や、元々上級魔法が使えるチートスキル持ちが情報を共有してくれることで、一般知識となっている。


 最初から特質している者たちのスキルツリーがどうなっているのか、成長するのか、”捨てられたスキル”を覚えることが出来るのかは不明だった。


「よし、今日はここまでにするか。二人は、攻撃タイプのスキルじゃないんだっけ?」



@ハロハロ

残念ながらねー。私も、戦闘スキル持ちだったらバシバシッ!とスライムごとき殴り殺すんだけど。


@シモネタ

ハロハロさんは下品だこと。わたくしは、支援職のようなものなので、誰かの庇護下がないと生きていけないのでね。是非とも、イケメン魔法使い君に守ってもらいたい!



 この二人は、初心者のれんが”配信”を始めてから見守ってくれている”リスナー”である。

 町中ではあるが、れん以外の人間が一人もいない閑散とした住宅街でのんびり話をしていた。


 直接耳に聞こえてくる二人の声に、れんは口から言葉を発している。

 ただ、魔物を狩るのも時間制限があった。



@ハロハロ

早朝は10分だっけー?早すぎー。

@シモネタ

本当ですね……。これから、イケメン魔法使い君に衣装チェンジを要求しようとしていたところだったのに。



「……要求されても、しないから。シモネタの要求なんて呑んだら、痴漢扱いされるわ。俺になんのメリットもないし」



@シモネタ

うぅ……。これが本物の”VRゲーム”なら意味があったのに口惜しい。課金させろ!イケメン魔法使い君の、そのたわわなボディーを露わにさせるための!



 ――ブチッ……



 れんは、シモネタの言葉を完全無視しておもむろに目を閉じた。

 シモネタが言う課金とは、『ワールドダンジョン』通称、セカダンというVRゲームにある魔法使い装備で、課金アイテムとして購入可能の、なぜか布地が少なめなのに魔法職最強と謳われる一式のこと。


 次に目を開けると、両目から後頭部までを包み込むゴーグル型VR機器を取り外す。


 れんが寝ていたのは、白い壁にベッドとVR機器しかない一室。


 実は、10年ほど前。ゲーム機で、すでに一躍有名だったVR開発者とチートスキル持ちの魔法使いたちがタッグを組み、”魔動装置”を作り出した。


 簡単にいうとVRゲームと同じ扱いで、身代わり人形『アバター』という存在である。

 ゲームのように着せ替えはもちろん。”別人”を作り出すことも可能だ。


 つまり、”性別”も変えられる。


 ただし、魔動装置にも限度があって一人一体のアバターしか持てない。

 当然、限りがあるため非戦闘スキル持ちはもちろん、支援型スキル持ちもアバターを持っていなかった。


 面倒くさがりだったれんは、自分の写真を撮ってコピーして現在いまに至る。


 ただ、この画期的な科学と魔法の融合によって、死者は大幅に減った。

 加えて、通常なら戦えなくなった年寄りも若者のように戦える。

 メリットしかないように思えるが、ダンジョン内部で生活していることに変わりはないため、一日の人数、時間、生活区を守る生身の人間は必要不可欠だった。


 ちなみに、魔動装置とリンクしているときは仮想空間のような世界観で生身の人間は出てこない。

 それと、最新のゲームと同じで配信システムも導入されている。


 さきほど二人と話をしていたのは、最先端ドローンによるものだった。

 リスナーとの会話は直接耳に聞こえてくるため、コミュニケーションが取りやすく、希望も未来もない世界で”人気Vチューバー”なんて者もいる。


 れんは配信を始めて、まだ一週間のためほとんど観られていなかった。


「はぁ……。ぼっちは辛いから有難いけど、シモネタと話をしてると精神的疲労が半端ないんだよな」


 リスナーは戦闘スキルがない者や、女性が多い。

 それなのに、れんのリスナーは一人が変態である。


 今日も朝の日課をこなしたれんは、小腹を満たそうと部屋を出たときだった。

 現実世界にいる最先端ドローンが、目の前を飛んでいる。

 しかも、赤い封筒を手にして。


「えっ……? 俺に手紙?」


 ドローンはれんの瞳から勝手に本人確認を行うと、足下に赤い封筒を落として飛び去って行く。


 れんがいるのは戦闘シェルターと呼ばれる場所だ。

 VR機器をつけていた仮想空間にあるような住宅街は、2024年までの遺産であり、いまは廃墟となっている。


 おもむろに赤い封筒を手で切って中を覗くと、れんは目を丸くした。


「”特別招待状”……?」


 『これは、極秘の任務である。”選ばれし者たち”よ、ダンジョンボスを討伐してほしい。ただし、これは氷山の一角にしか過ぎない。そのため、テストプレイでもあるが、心してかかるように。アバターは失われたら、君たちの自由希望は闇に閉ざされると肝に銘じてほしい』


「これって、脅迫じゃないか? アバターを失ったら自由が闇に閉ざされるって……。つまりは、あとは生身で戦うしかないってことだろう」


 アバターを失ったら、リスナーであるハロハロやシモネタのように守られた環境で生きていくことになり、行動制限によって自由はない。


「まぁ、アバターがあっても仮想空間を動いているに過ぎないんだけど……。それでも、スキルツリーが成長したら、現実世界の幅が上がる」


 複数スキル持ちや、チートスキル持ちは生身のまま外を自由に出歩けている。

 ただし、調査としてが主であり仕事に変わりはない。


「このディストピアを楽しく生き抜くためにも、スキルツリーを成長させるのが俺の目標だ! それに、たちってことは他にもいるってことだよな?」


 特別招待状は、誰にも明かしてはならないと書かれていて、この戦闘シェルター内であっても聞くことはできなかった。


 明確な場所も書かれていたため、れんは両親に昼食後、また任務に出かけることと遅くなるかもしれないとだけ伝えて、再び同じ部屋に戻る。


「まさかの時間無制限って、ヤバすぎるだろう……。アバターを失ったら、スキルツリーの育成が年単位に遅くなる。気合入れろ!」


 再びふかふかのベッドに飛び乗ると、相棒であるVR機器を装着して目を閉じた。



 再び目を開けると、先ほどとは違う薄暗さの廃墟になった住宅街がある。



 ――ハロハロさんが接続しました


 ――シモネタさんが接続しました



 れんがVR機器とリンクしてから二人がくる速度が異常なほど怖く感じるが、いまは勇気に変わる。



@ハロハロ

あれー?次は、夜配信じゃなかったの?

@シモネタ

はぁ、はぁ……。わたくしのイケメン推しの勘が告げている……。イケメン魔法使い君を支援しろと!



 相変わらずな二人の様子に笑みを浮かべるれんは、辺りを見回した。

 そして、さきほどスライムを倒したことでスキルツリーが光っていることに気がつく。


「ちょっと野暮用でな。あっ……スキルツリーが光ってる」



@シモネタ

なんていうことでしょうか!イケメン魔法使い君の、スキルツリー操作をこの目で見られるなど、ディストピアに感謝を!

@ハロハロ

いやいや……。こんな世界に生まれてなかったら、普通にゲームとして楽しめてたからね?



 れんは、スキルツリーを開いてファイアーから分岐している箇所を凝視ぎょうしした。

 れんのスキルツリーは、ファイアーから始まって、次は二か所しかない。

 しかも、うわさによると一度選ぶと、もう一方は捨てられたスキル扱いとなり、覚えることは叶わないとか。



@シモネタ

それで、イケメン魔法使い君の次なるスキルは!?

@ハロハロ

ちょっと……。スキルツリーの詮索せんさくはご法度はっとでしょ!本人が教えてくれるなら別だけど……



「俺は、初心者だから……二人の意見も聞きたい。配信を観ているのは二人だけだし、政府も関与しちゃいけないリスナーと配信者だけが共有できる場所でもあるからな」



@シモネタ

うおぉぉお!!さすが、イケメン魔法使い君は、格が違う!僭越せんえつながら、わたくしもイケメン魔法使い君にこの頭脳を差し上げる所存!

@ハロハロ

あーあ。レンは優しいんだか、世間知らずなんだか、これだから放っておけないのよねー



 スキルツリー自体を見せることは不可能なため、れんは魔物がいないことを確認して、光っている箇所の名前を上げる。


「ファイアーアローと、スピードアップだな。つまり、両極端だ……。もしかしなくても、究極の選択じゃないか?」


 そのまま理解してしまうと、スピードアップを選んだら、攻撃魔法すべてを失うかもしれない。

 最初の分岐にして、ハードモードだった。



@シモネタ

うはっ……!炎魔法使いって、そんなでしたっけ?共有された情報ですと、中級魔法を覚える二階層くらいからえげつないと聞いたのですが……

@ハロハロ

ぐぬぬ……。これは、選択肢が一つね……



 案の定二人の意見もれんと同じで、スピードアップを諦めてファイアーアローを会得する。


 無事にスキルツリーを成長させることに成功したのだが、次のスキルも見られない鬼畜仕様は相変わらずだった。


 しばらく道なりに進んでいくと、前方から誰かが戦っている音が聞こえてくる。

 重たい金属が合わさって鳴るような音に、魔法職ではないことは分かった。


 慎重にさらに奥へ進んでいくと、スライムではなく、亡霊のような魔物と戦っている一人の眩しい男と目が合う。


 眩しい理由は、金の短髪に青い瞳と長く尖った耳。それに加えて、白金プラチナの鎧を身にまとっていた。


「うわっ……。異世界に迷い込んだかのような見た目に、手の込んだ見た目装備……」


「えっ……? あっ! ごめんなさい! 邪魔でした?」


「あっ……。そんなことはー……戦ってる音が聞こえたんで」



@ハロハロ

ディスり発言が聞こえてたんじゃない?


@シモネタ

またなんと!王道イケメンタンク君ではないですか。こんな逸材がいたなんて、わたくしとしたことが……。



 見た目重装備に加えて、手に持つ斧で明らかに前衛職であり、体を張るタイプだと分かる。

 とても恐縮している姿が、見た目と合っていないことでれんは頭を掻いた。



@シモネタ

でも、やはり。黒髪黒目の日本人特有である、イケメン魔法使い君が最推しです!

@ハロハロ

それ、いま言うこと!?



「いや……。そんな宣言されても嬉しくないから」


「ま、まさか! ドローン配信を閲覧されている方がいるんですか!?」


「えっ……まぁ。二人だけですけど」


 何やらドローン配信に興味を持っている金髪イケメンタンクは、感動して両手を合わせている。


「はっ! 申し遅れました。わ……は、ライセット。宜しくお願いします!」


「あっ、俺はレン。見ての通り、魔法使いだ。宜しく」



@シモネタ

皆さん、聞きましたか!? 僕男ぼくだんイケメンタンク君ですよー!


@ハロハロ

はいはい。良かったねー。せっかくだし、二人でパーティー組んじゃえば?


@シモネタ

それは大いに有りデスな!わたくしにとって、役得でしかない!



 ただ配信を卑猥ひわいな目で見ているだけのシモネタにため息を吐いた。

 この場所にいるということは、ライセットも特別招待状を貰って来た同じ仲間だということになる。

 互いにメリットしかない。


「あのさ、ここで会ったのも何かの縁だし。もし良かったら――」


「是非! お願いします!!」


「いや、まだ何も言ってないけど……」


 リスナーの声はれんの耳に直接届いているため、ライセットには聞こえていないが、即座にオッケーされる。


 見た目とのギャップが激しい仲間が増えたことで、特別招待状については互いに伏せたままスキルについての話をする。


「ライセットは、見た目と武器からして前衛職のタンクでいいんだよな?」


「あっ……ハイ! わ……僕は、レンさんと違って一ヶ月前から、VR機器にリンクしているので、スキルツリーも結構成長してるので、お役に立てるかと!」


「そうなのか? 一か月前ってことは……もしかして、同い年? アバターを貰えるのは”18”からだから」


 先頭を歩くライセットは、どこかそわそわしながら小さく頷いた。



 二人は初めて来る場所を慎重に進んでいく中、急にライセットに突き飛ばされて尻餅をつく。


 ライセットは片腕を前に出した瞬間、それが盾に変化して”何か”を弾き飛ばした。


 ――キーン



@ハロハロ

なになに!?レンの配信観てるから、ライセット君の前方見えないよー!

@シモネタ

イケメン魔法使い君を、身を挺して守る!イケメンタンク君、イケメンのかがみ!!



「ハッ! 急だったので、ごめんなさい!! だ、大丈夫ですか?」


「えっ……と。大丈夫。守ってくれて、有り難う……」


 一瞬で脅威は去ったのか、片手を差し出してくるライセットに身体を起こして前方に視線を向ける。

 すると、こちらに駆け寄ってくる銀髪ツインテールの、美少女・・・がいた。


 アバターは自由自在に変えられる。

 つまり、目の前の美少女はまやかしだ。


 疑いの眼差しを向けるれんに対して、ライセットの目は輝いて見えた。


「も、もしかして! 貴方は、Vチューバーのネオンさんですか!?」


「えっ? アタシのこと、知ってるのぉ? みんなぁ! ファンの子に会っちゃったぁ。これって運命かなぁ?」


「えっ……? Vチューバーって……あの?」


 しかもれんと同じくリスナーがいるようで、ネオンと呼ばれた美少女の配信ドローンが勝手に動いて二人を映している。


 急すぎる展開についていけないれんは、彼女の装備を眺めた。ネオンが飛ばして来たのはダガーで、水着のように腹部は露出しているし、足も短パン姿は完全にアタッカーの前衛職である。


「そうだぁ。貴方たちも、ここに来たってことはぁ、ボスを倒しに行くのよねぇ? 一緒に行きましょう!」


 れんとライセットと違ってサクッと秘密情報を口にするネオンに二人して焦った表情をするが、特別招待状のことを話さなかったら大丈夫だと教えられた。


 廃墟は亡霊の魔物しかおらず、明らかに怪しげな場所にたどり着く。


「本当にサクサク来たな……」


「迷路感ゼロよねぇ」


「でも、ここから本番ですから……ドキドキしますっ」



@ハロハロ

配信を見守ってきて一週間で、ボスなんているんだ?って感じなんだけど


@シモネタ

しかも、金髪イケメンタンクが増えて、オマケの美少女もいい!!ボス戦もサクッと終わる予感しかないですねぇ



 調子のいいことしか言っていないリスナー二人を聞き流すれんも、現実世界ではどうなっているのか気になっていた。


 紛うことなく、廃墟の住宅街の中に無数の墓地がある。


「レッツゴー!」


「うひゃぁ! 墓地なんですけど!? ネオンさん、カッコイイ……」


「うわっ……。なんか、とても良くない感じしかしないぞ」


 仮想空間とはいえ、本当のVRゲームのような演出はなくBGMもない。

 それなのに、霧のような白いもやが立ち込めてきて少しだけ緊張が走る。


 霧が晴れたように視界があらわになったにも関わらず、れんたちは別の意味で戦慄せんりつした。


 そびえるように、ぷるぷるしていて青くて透明なシルエット――。


「――スライム?」


「へぁ!? す、スライムですか!?」


「ちょっ! 墓地って言ったら骨や死神だろうがァ!!」


 さきほどまでと違うネオンの姿に、れんの予想通りアバターの姿をいじった通称、”ネカマ”だと判明する。



 ――ぷるぷるっ





@ハロハロ

まさかの隠しボス的なー!?それしか言えないフォルム!現実世界のそこら中にいる雑魚なわけないじゃない!


@シモネタ

滾りますねぇ!でも、そうするとスライムじゃない彼は一体……。



 入って直ぐのところに留まっている俺たちが話をしていても、一向にスライムもどきは襲ってこない。

 ただ、れんは一つの仮説を立てていた。ゲームでお決まりの変質能力を持つ魔物といったら一体しかいない。


「まさか……ミミック!?」


「えっ……。スライムよりは強いですけど! それでもボスには見合わない」



 ボンッ!!



 その瞬間、正体がバレたからなのか爆発音と再び白い煙に包まれたスライムは、黄金に輝く宝箱に変身した。


「ぷはっ! ウケるんですけどぉ。みんな、見てみてぇ! 初のボスモンスター。ミミックだってぇ」


「でも、ここぞとばかりに黄金に光ってるぞ……」


「ま、まぁ……一応ボスですし? VR機器が分かりやすく演出しているのかも……」


 今度は近づいてもいないのに、勝手に宝箱の蓋が開く。

 すると、中から触手のような黒くて細長いツルが出てきた。


 先ほどまで馬鹿にしていたれんたちは即座に臨戦態勢をとる。

 ゲームで良く見るミミックとは明らかに違い、高速で伸びてきた触手がローブに触れた瞬間、ジュワーという音がして溶けていた。


「ハッ……嘘だろ?」


「レンさんは、もっと下がって! 僕が、前に出ます!」


「アタシは、レンの前で攻撃するわ!」


 ローブの触手を斧で粉砕したライセットが走り出す。特殊なミミックは、ライセットの挑発によってターゲットを変えたように、無数の触手を伸ばしてきた。


 それを難なく避ける身体能力にれんは思わず胸を押さえる。


「いやいや……。これは、見た目がイケメンだからであって、俺にそっちの趣味はない」


 ライセットの動きに合わせるようにネオンも無数のダガーを本体であるミミックに向けて飛ばした。

 だが、すべて命中したにも関わらず、カンカンと軽い音をさせて一切ダメージがない。


「本体硬すぎぃ! やっぱりダガーは駄目かぁ。仕方ないなぁ」


「俺も……――ファイアーアロー!」


 さすがに二人の前で厨二病の真似事をする勇気はなく、魔法が直撃しても一瞬燃える演出があっただけで、一切変化はなかった。


「魔法も物理も駄目って……。最強かよ!?」


「ライセットくん、アタシが直接叩くから援護宜しくぅ」


「は、はい! 頑張りますっ!!」


 スキルを使ったのか先ほどより速い動きで走り出したネオンは一直線にミミックへ向かっていく。

 それに気が付いたミミックの触手が伸ばされるが、ライセットの斧によって粉砕された。


「せぇえの!!」


 いつの間にか双剣を手にしていたネオンは、全身を丸くして体重をかけるようにミミックを切り裂く。



 ――ガキィィイン!!



「マジかよ……。やっぱり、宝箱じゃなくて中身の黒い奴か……?」


 金属音を鳴らして弾かれたが、直ぐに体勢を立て直すネオンもさすがだった。

 れんも、ただ突っ立っているだけなことにスキルツリーを確認する。

 すると、次の分岐が光って文字が映し出されていた。


「スキルツリーが成長してた!」



@シモネタ

分岐はどうでした!?発現するスキルの名前は?



 れんが確認したところ、分岐は三つに分かれていて、攻撃魔法は見当たらない。

 代わりに、二つが赤く光っている。


「オール・シールド、ウエポン・エンチャントと……えっ? スピードアップ――」


 スピードアップは最初の分岐で捨てられたスキルだった。

 ただ、赤く光っていたスピードアップはバグったように文字が乱れて変化する。




@シモネタ

どうしたのですか!?イケメン魔法使い君!

@ハロハロ

ちょっとー!全然分からないんだけどー



「スピードアップが変化した……。マジック・スピードアップ……!」


 もう一つ赤く光っているのは、武器の能力値を二倍にするウエポン・エンチャントだった。

 だが、れんが意識をスキルツリーに向けていたとき、ネオンの叫ぶ声が聞こえてくる。


「レン、後ろッ!!」


「えっ……?」


「レンさん!!」


 いつの間にか地面をって背後に忍び寄っていた触手に気が付かず、胴体に巻き付かれた。


「うぐっ……! 痛みは当然ないけど、溶ける!?」


「レンさんの援護に向かいます!」


「アタシがヘイトを集めるわぁ!」


 ジュワジュワと溶けていくローブにれんの顔は強張る。


 明らかに、ミミックはれんのスキルツリーに反応して目標を変えた。


「ちょっ……ローブが溶けたら、初期アバター装備の上下黒いただの服だぞ!?」


 ドロっと少しだけ卑猥ひわいに聞こえなくもない音が耳に聞こえてきて、部分的に溶けていた。


 ――アバターを失ったら、自由は奪われる。


 れんは、ただの変態になるよりも生死じゆうに関してを重要視していた。



@シモネタ

ぶはっ!!まさかの現実に近いアバターで、こんなにキワドい演出も可能なのは初めてで興奮するー!良いぞ、もっとやれー!


@ハロハロ

キャー!まさかの、お色気シーン!?イケメンなら、許せる!だけど、アバター失うのはヤバいんじゃない?



 れんに向かって走るライセットも、どこか目が泳いでいる。


「こんの!! 変態モンスターがぁぁあ!!」


「うおっ……! こぇえ……」


 目の前で斧によって断ち切られる触手から、身体に残ったまま気持ち悪く動く残骸ざんがいを腕力で引き千切る姿に、思わず上擦った声が漏れた。


 その間、ネオンは辛うじて目で追える速度で飛躍ひやくして連続攻撃を繰り出している。


「うはっ……。美少女に守られている……いや、ネオンの中身は野郎だ」


「……レンさんを辱めたしばき倒して奴、殺すきます!」


「えっ……?」


 触手といったら、定番は女子のあられもない姿だというのに、現状では男のれんが、イケメンエルフに助けられるという誰得状況だった。

 それなのに、興奮しているリスナーの二人にれんは白い目を向ける。



 戻っていったライセットは、すでにミミックの宝箱部分に斧を振り落としていた。


 その姿はまるで廃墟に現れた鬼のように映る。


「……なんか、火がついたようで怖いな」


「レェン! 二人でミミックの口を開けるから、全力で魔法を撃って!」


「分かった!」


 れんは考えることを捨てて、マジック・スピードアップを選んだ。

 すると、ファイアーアローを覚えたときとは違って、眩い光が体を包み込む。

 当然、残りのスキルツリーは”灰色”になった。


 無数の触手をなぎ払うライセットに合わせてネオンが宝箱に双剣を押し込む。

 驚いたミミックの動きが停止したタイミングで、反対側にライセットが斧を突っ込んだ。


 しかも、マジック・スピードアップは肉体に影響するスキルのようで、永続スキルという文字ことばが脳に刻まれる。


「――ファイアーアロー!!」


 ミミックは触手を伸ばして二人の体に巻き付いた瞬間、れんは上空からファイアーアローの雨を降らせた。


『グギャァァァア!!?』


 火で出来た無数の矢が、見えない速さで黒い本体に刺さった瞬間、雄叫びのような声が響いた。


「や、やったか!?」


「ちょっと、ファンのみんなぁ? エッチなアタシのこと想像して、ミミックのこと応援してたでしょぉ」


「ハァ……終わりましたね! あっ、スキル経験値は?」


 溶けるように消えていくミミックから、さきほどまで見ていたスキルツリーを確認すると、また光り輝いている。

 しかも、さきほど選ばなかったもう一つの赤く光っていた分岐が"点滅"していて他は選べなくなっていた。


「へっ!? 宝箱ぉ! こんなゲーム演出もあるものなの? でも、金色なんだけどぉ」


「金色は、見たくないですね……。宝箱の中身は気になるけど」


「ここにきてドキドキしてきたわ……。よし、開けるぞ!」


 れんは一旦スキルツリーを放置して、二人と共に怪しげな宝箱を開く。



@ハロハロ

ワクワクターイム!

@シモネタ

はぁ……残念です。あと少しだったのに



 リスナーが見守る中、三人で宝箱を開けた。

 開けた瞬間、白く光り輝いて周りが見えなくなる。



 光が収まって中にあったのは、小さなコインが一枚だけ。


 表面にはミミックの絵が刻まれていた。


「「「なんでだよ!!」」」


 <ミミックのコイン>

 ミミックが描かれた、ただのコイン。現実には持ち出せない。

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