勇者王予選会

 オルディアの高原から西に二週間、温暖な海辺の平坦な低地、重大な交易地で行楽地、そこがアクエラ地方だ。夏の盛りのこのエリアはとくに活況である。白砂の海岸には貴族や商人のパラソルが満開に花咲き、きんきんのビールとかき氷がぽんぽん売れる。氷作りは魔術師や魔法使いの夏場の貴重な収入源だ。


 勇者の一行は当世の一番の大都市に到着した。ウルルの市街地は河口の両岸に広がり、アルたちがこれまでに訪れた町の全部より賑やかで華やかだった。そして、町のあちこちに『第一回ウルル世界勇者王決定戦』の垂れ幕やのぼりや張り紙があった。


「勇者王というのは素人だな」勇者候補の勇者マニアのボルトン氏は呟いた。「勇者は世界を救ったが、王にはならなかった。世俗的な権力の象徴である王という冠は勇者の精神とは相反する。王は歴史にはなるが、伝説にはならない」


「伝説のクレーマーがここにいる」リタは呆れた。「さっさと登録を済ませて、服屋に行きましょうよ。もう少し涼しい格好をしないと、暑さで死んじゃうわ」


「ぼくは海の幸を食べに行く」アルは言った。


「これは観光じゃないぞ」勇者は年下の二人をたしなめた。


「でも、勇者を決める大会でしょう? 私は魔法使いで、勇者じゃないし」魔女は言った。


「ぼくは農民で、勇者じゃないし」農民は言った。


「勇者はそんなことでは決まらない。勇敢な心を持つ者が勇者だ。おれがきみらの勇者力を保証する」伝説の勇者はそう言った。


 で、一行は大会本部に向かって、参加要項を確認した。紹介状や推薦状を持つ代表者及び金千ゴールドを納付する者が参加を認められた。伝説の勇者マーヴィス・ボルトンはかの高名なフィッツジェラルド卿の推薦状で登録できたが、一つ後ろの真の勇者ベオウルフ・ラインハルト氏は渋い顔で参加費用をちゃりんちゃりんと支払った。さらに事前に登録を済ませた元祖勇者アレサンドロ・ディ・ラケーレ殿や東方の勇者シシド・フウガ殿などの張り紙がずらっとあった。


「勇者の名は遊びじゃないぞ」伝説の勇者マーヴィは不服そうにうなった。


「勇敢なる心を持つものが勇者だ」リタは彼の口調を真似た。「この地に来て、大会に参加できるという事実は相応な実力の証明ではありませんかね?」


「マーヴィス・ボルトンの名前は地味だね」平凡なるアルバート・ハレルヤ・アスランは張り紙を眺めながら言った。


「おれもハレルヤと付けるか」


「砂浜を走って足腰を鍛えなさい」魔法使いは発破をかけた。


 参加者登録を済ませたボルトン氏に大会の日程表が配られた。開催期間は一週間、初日は開会式とセレモニー、二日目と三日目が予選、四日目は休暇日、五日目と六日目が勝ち抜きトーナメントで、最終日が決勝と閉会式という流れだった。と、大会の概要は明かされたが、競技内容の詳細は霧の中だった。


「予選ってなんだ?」マーヴィは言った。


「短距離走とか幅跳びとかじゃない?」リタはぼんやり言った。


「それは単なる運動会だ。なんで主催は詳細をはっきりさせない?」勇者はパンフレットをぱしぱし叩いた。


「公平を喫するためじゃない?」


「きみは何か上の空だな?」


「大都会は違うなあ。皆がおしゃれだわ」魔法使いは年頃の少女らしく最新の服装に目移りした。


「姫さま、服屋に行きますか?」マーヴィは皮肉っぽくたずねた。


「夏服と水着ね。すぐに着れるものを少し買って、浜辺に行きましょうよ」


「女の買い物に付き合うのは勇者の仕事じゃないな。おれは先に行くぜ?」


「ええ、後で合流しましょう。アルはどうする?」


「ぼくはリタに付き合うよ。新しい靴を買ってくれない?」アルはぼろぼろの革靴を見せた。


「夏の海に革靴はダメよ。お姉さんがおしゃれなサンダルを買ってあげるね」リタは懐を叩いた。


「勇者とは孤独なものだ。きたれ、悪党。いでよ、魔物。勇者さまがおしゃれな足払いをくれてやるぞ」あきらかに振られたマーヴィは喧嘩腰で歩き去った。


 大会までの十日間、伝説の勇者は修行に、魔法使いと農民は観光と行楽に明け暮れた。資金はこの上なく豊富だった。ファトム砦の宝物庫の普通の財宝が資金源だった。これが服飾や食事に気前よく投じられた。マーヴィは質素な暮らしを心掛けたが、仲間の無駄遣いに文句を言えなかった。彼の武具は二人の遊び金より断然に貴重な宝物庫の神器だった。ミスリル製の疾風の小手、オリハルコン製の大地の指輪、アダマント製の灼熱の聖剣は最上級の魔法の武具で、破格の資産だった。この装備のおかげで玄人筋には伝説の勇者の人気が高まり、賭けのオッズが下がった。


 この間に大会の参加者は増え続けて、世界各地から集まった総勢二百余名のなにがしの勇者が登録名簿に名を連ねた。大半が無名の武者だったが、一部は本当に有名な冒険家や格闘家や貴族だった。そして、参加者は大会前からちやほやされた。


 連日の快晴に恵まれた真夏の昼の盛りにこの第一回ウルル勇者王決定戦がついに開幕した。ウルル競技場は五万の観衆で満員御礼となった。リタとアルは関係者用の特等席でアイスを食べながら、開会式とセレモニーを見物した。二百人の壮観な勇者の行進は目覚ましいものだった。それが大会の成功を予感させ、明日への希望を想起させた。優勝の副賞の水の盾が披露されて、平和的なセレモニーは終了した。


「勇者たちはステキだったわ」リタは夜の宿の晩飯の席で目を輝かせながらうっとりとつぶやいた。「女子の人気はアレサンドロ様ね。地元の人だし、美男子だし、お金持ちだし、二十二歳だし」


「おれの前のミカエル・ド・レジュイサンス殿は本物の王侯だぞ」マーヴィは言った。「庶民がそんな高貴な御仁と相対して、気後れや手加減なしで戦えるか?」


「真の勇者はそんな俗世の肩書には怯まないわ。魔族の王には挑めるが、人間の王には挑めないというのも変な話じゃない?」


「マーヴィはその二人には勝てるよ。その二人は弱そうだし」アルは平然と言った。


「その前に予選だ。ここで参加者が上位三十二名に絞られる」


「何をするの?」


「おれは知らん。まあ、初っ端から流血沙汰はないさ。運動会じゃないか?」


 マーヴィの予感は外れた。勇者王決定戦の予選の初っ端は運動会ですらなかった。主催が予想した参加人数は百名前後だったが、実際の勇者候補は二百六名に達した。そのために抜き打ちの身体測定が行われた。身長百八十センチ、体重七十五キロ以下は失格となった。つまり、大会組織員会の見解ではちんまりのちび助やがりがりのやせっぽっちは勇者的ではなかった。くしくもこの条項で百七十八センチのレジュイサンス殿は脱落して、関係者と参加者一同を安堵させた。さらに十五歳以下の少年と三十五歳以上の中年は道理的観点から外された。最年少の若き勇者が大会を去った。彼は十三歳だった。

 

 この突然の条件は賛否を呼んだが、結果的に参加者の全体は屈強な精鋭のように凛として、大会の体裁が上がった。ちなみに百八十六センチ、八十五キロ、二十八歳のマーヴィス・ボルトンは文句なしに残った。


 ここから本来の予選が始まった。最初の競技はでかい石を持ち上げるというシンプルな競技だった。力は勇者の証、参加者は張り切って、筋肉をうならせた。二メートル、百二十キロのむきむきの剛腕の勇者殿が一位を勝ち取った。


 二種目目は徒競走だった。速きことは勇者のほまれ、勇者たちが十名ずつに分かれて、足の速さを競った。ここで本家勇者殿が魔法で不正をしたことが発覚して、大会から永久追放となった。


 三つ目は射的だった。正確さは勇者のたしなみ、的撃ちと鳥撃ちで得点が競われた。この競技ではマーヴィが二位を獲った。


 結果、一日目で百名の明暗が分かれた。実質的に下位陣はもう逆転できなかった。裏腹に上位陣はトーナメントに目線を向けた。最も白熱したのは降格圏の三十位から六十位ぐらいだった。ちなみに伝説の勇者殿は十五位くらいだった。


 二日目は知識問題だった。読み書き算盤は勇者の心得、初っ端の力試しで猛威を振るった剛腕殿がここで失速した。そして、座学の筆記問題が我らの勇者にほほえんだ。


『勇者アルの本名を答えなさい』


『ルーメンの第五ハレルヤ遺跡に伝わる勇者の品は何ですか?』


『三大勇者劇の題名と作家名を全て示せ』


 これらは勇者マニアにはサービス問題だった。


「この大会は意外にちゃんとしたものじゃないか」と、マーヴィは主催への評価を改めた。


 この地味な種目の後は魔法の競技だった。天性は勇者の素質、当然のごとく腕力と筋肉頼みの勇者たちはここで点数を伸ばせかった。マーヴィは例の灯りの魔法と数秒の浮遊魔法を披露した。これは厳しい師匠の特訓のたまものだった。また、五メートルの高さで魔法が切れたが、ひらりとした着地が会場を沸かせた。


 これらの厳正なる予選で三十二名の勇者が勝ち抜き戦に進んだ。伝説の勇者は全体の八位でここに残った。

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