第5話 若き獣王「ヴァン」

「やつは?」


 重低音が効いた男の声。


 夜月を彷彿とさせる銀色の毛並みを持つその獣人――ヴァンは、廃村と化した村を睥睨しながら口を開いた。


「あの野郎、モグラみてぇに地下へ逃げ込みやがったんだ兄貴ッ、いま穴を掘り返してるッ、通ったら今度こそ逃がさねぇッ!!」


 ヴァンと同じような毛並みを持つ獣人。


 猛獣の様な瞳をギラつかせ、明らかに立場が上であるはずのヴァンへと喚き散らかす。


 理性の欠片もない弟の姿。


 ヴァンは冷めた金色の瞳でそれを見つめたあと、長い銀髪を揺らし、踵を返す。


「全体に告げる、帝都へ戻り、残党狩りに努めよ」


 空気によく通るヴァンの静かな一言。


 廃村を血眼になって探し、穴を掘っていた全獣人が耳を逆立て一斉に動きを止める。そして、次の瞬間にはヴァンの命令に従って駆けだした。


 瞬く間にばらけていた獣人たちは使役している狼を巧みに操り、隊列を組んで来た道程を戻っていく。


 廃村に残されたのはヴァンの近衛とその弟、トルファンのみ。


「オイ、兄貴……、なんのつもりだ?」


「まだ帝都には人間が多くいる、トルファン、お前も早く戻れ」


「親父がやられたんだぞッ!! 親父は俺たちの王だッ、王がやられたッ、たった一人と小娘一匹の人間にッ、頭やられてケジメもつけずッ、このままあの野郎をみすみす逃がしてたまるかよッ!!」


「王亡き今、俺が王だ、命令に従え」


 有無を言わさぬヴァンの態度。


 頭に血が上っていたトルファンは、口から牙を覗かせ、体中に魔力を巡らせていく。


「身内で争っている暇はない」


「本来、俺たち獣人は強さで王を決める、…兄貴と俺、どっちが強いか白黒つ――」


 トルファンが駆けだそうとした瞬間。


 その喉ぼとけに、槍の先端がつきつけられる。


 ぴたりと動きを止めたトルファンは、ヴァンではなく、正面に現れた女の獣人を睨みつけた。


「てめぇ、誰に矛を向けてやがる」


「おにぃ、トルファン馬鹿、口で言ってもきかないなら力づくで躾ける、…リファンがやるよ」


 ヴァンの近衛の一人であり、血縁、そして獣人唯一の女戦士リファン。


 彼女は短めの銀色ポニーテイルを揺らし、タレ目を細め、殺気を剥き出しにしてくるトルファンを「がるぅぅ゛」と威嚇した。


「リファン、てめぇ…、雌の分際で雄同士の決闘に出しゃばんじゃねぇよッ」


「雌でもおにぃの近衛で天才、トルファンよりも強い」


「部隊一つ持てねぇやつが吠えるなよ、ガキがァアッ!!」


「吠えてるのはそっち、やっぱり馬鹿」


 口喧嘩をし始めた血縁二人。


 ヴァンはただ一言「やめろ」と告げる。


 僅かに込められた怒気。


 リファンは「きゅぅん」と委縮し、トルファンは睨みながらも後退して口を閉ざした。


「深手を負っている今、そう遠くへは逃げまい、帝都の人間を駆逐したのち、全種族の兵を集めここを攻め落とす・・・・・・・・


「ここを攻め落とすって……、先日、俺がもう終わらせたが?」


 帝都襲撃により兵が出張らっていたところを狙い、一方的に攻め入ったダンゲェル村。


 虐殺の限りを己が尽くした周囲を見渡したあと、トルファンは訝しむようにヴァンをみた。


「湖の下、地下都市が築かれている」


「…地下都市?」


「帝国兵よりも厄介な連中だ、下手に手を出せばこちらがやられる、父の仇は必ず討つ、今のうちにその牙を研いでおけ」


 話は終わり、そう言わんばかりに、ヴァンは自身が使役している魔物の狼――魔狼の背へと飛び乗った。


 そして、近衛を連れ、一陣の風のようにその場を後にする。


「トルファン、置いてくよ?」


「っち、…クソが」


 父であり、王を殺した人間の雄。


 トルファンはどんな手を使っても必ず殺すと決意し、煽る様に先を走るリファンの背を魔狼と共に追いかけるのであった。


 一方、使い捨ての道具のようにその場に置いていかれた枯人たちは、とくに嘆くことも無く、黙々と地面を掘り続け、地下へと続く道を掘り当てる。



お前先いけヴぉヴぉ俺、こわいヴぇ、ヴぇええ


腹痛くなってきた…ヴぉヴぇヴぇお…


うそつきヴぇヴヴぉ


 魔族の中でも最下層の存在である枯人。


 彼らは自分たち種族の目的のため、残された神力の残滓を追い、先へと進む。


 盛大に臆病風を吹かせながら。

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