Ⅶ
§6
霊歴三〇二一年、一月七日。この日、ベルナデッタは八歳の誕生日を迎えた。
「行こう、ベルナデッタ。ここから、お前の人生が始まるんだ」
「……いやだ」
「時に逃げることも肝要。じゃが、逃げ続ける者はすべてを失う。お前が愛した両親、妹のようにな」
「それは関係ない!!」
「なぜそう言い切れる? 家族がお前のもとを離れたのは、お前が自らの運命から目を背け、逃げ続けた結果だろう。あの時、お前に正しく力を扱う器があれば、あのような悲劇は起こらなかった。違わんか?」
「だから、加減できるようになったんだよ!!」
「いいや、お前はその力を無理矢理押さえつけているにすぎない。それでは、お前の感情が沸点に達したとき、再びその力が暴走することだろう。無理矢理押さえつけている分、その反動はあの時をはるかに上回るぞ!」
「そんなこと、言われても……」
「行こう。あの場所には、お前と同じ運命を背負った者たちがおる」
ベルナデッタは祖父に手を引かれ、引きずられるように歩を進めた。彼女は確かに、ベアナックルボクシングの試合など見たくはない、と思っていた。それを見れば、その先に進んでしまえば、もう二度と後戻りできなくなる。そんな予感があったからだ。
しかし、その気持ちに反して、ベルナデッタは祖父の手を振り払うことができなかった。それは彼女にとって、特別な力を何も持たない普通の少女になったような感覚であった。二人はテリームの自宅からしばらく歩き、荒廃したジャーミの地に足を踏み入れた。
「ジャーミって確か人がいないんじゃ……」
「ああ、確かに普段は人っ子一人いない寂れた場所だ。脱魔術運動の最中、色々とあってな……。じゃが、今日のような特別な日はかつてのように戦士が集う」
ベルナデッタは祖父の言葉を受けて周囲を見渡すと、ぽつりぽつりと人の気配を察知した。その数が増えていくと、彼女はあることに気が付く。自分たちを含め、全ての気配が同じ一点を目指していた。そして、そこで━━━
決闘が、始まるのだと。
その場所は、寂れたコロシアムであった。しかし、そこは元々コロシアムであったわけではない。 廃墟となった建物から資材をくり抜き、積み上げて作られたツギハギの闘技場。そしてそこに集まる者たちは何かを待っている。虎視眈々と、まるで獲物を狙う猛獣のように。
その光景を目の当たりにしたベルナデッタが抱いた感情は、激しい共感であった。祖父が言うようにここには自らと同じ境遇。常識、普通、月並み……。そのような一般性を捨ててしまった者たちがここに集うのだと、容易に察することができた。移り変わる時代の中で、娯楽としての暴力は衰退した。しかし、その規模が小さくなるほど、人々から後ろ指をさされるほど、彼らの情熱はより深く、より鋭く研ぎ澄まされていった。戦乱の世が終わり、ドルディアは魔術を、いや、力が支配する社会を終わらせた。その時代の転換から、取り残された者たちが望むものは━━━
「さて。今日、俺と踊ってくれるのは誰なんだい?」
チャンピオンの登場により会場は怒号のような歓声に包まれる。この瞬間、ベルナデッタの肌は、生まれて初めて鳥肌を立てた。
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