第17話 第3の道

 エスタンシアの住民に別れを告げ、まばらとはいえ草木が生えていた平原地帯を抜けると、今度は強い風が吹きつける荒野の台地地帯が広がっていた。

 露出した岩肌の微高地には申し訳程度の低草が生い茂るのみであり、この地域を吹き付ける強い風が木の生育を許さない――そんな厳しい環境である。



「ホントに同族がこの先に居るのかなー? 木が無いじゃんこの辺」


「……確かに、地球を考えると南半球には針葉樹林帯は存在しないもの。陽乃が懸念するのも分かるわ」


「お、出た出た地球トーク。……でもさ、それもう殆ど参考にならないんじゃないの?」


「まあね。ケッペンもソーンスウェイトも人工天体には適用できないのでしょうね」


 もっとも別に自然天体だったとしても天体の運航に影響を与える魔法がある以上は、どうやっても古典理論どころか最新理論ベースですら気候の話を出来るとは思えないが。


 ……でも。陽乃の第一声のように、ここまで南に来たところで同じ種族の共同体コロニーが存在するかもしれないとは思いもよらなかったのは確かだ。


 陽乃と二言三言交わしたのちに、その話へと戻る。


「えっと、牧場長さんの話だと結構遠い感じだったっけ?」


「ええ。恐らく到着よりも冬のが先に来ると思うわ」


「あー……この辺、春夏秋が短そうだもんねー……」


 吹き付ける風の冷たさはもう雪が降るまで秒読みという様相を示していた。きっと到着する前にどこかで冬ごもりの必要があるだろう。

 冷帯生まれの私たちボーリアルコニファーだから、種族的に寒さには強いはずなのだが、悲しいことに人並みには寒さ自体は感じるのが悲しいところである。


 だから雪中遭難とかしたら普通に死んでしまう。しかも凍死ではなく多分寒さをずっと感じながらの餓死という絶対体験したくない死に方で……。




 *


「うーん……もう、ダメじゃない?」


 そんな会話を重ねてから2週間くらい。荒野の終端が見え森へと入りつつあったが、まだまだ同族のコロニーは影も形もない場所まで来たところで雪が積もり始めた。

 まだ土を仄かに覆っているくらいだが、本格的に積もるまでに到着するのは不可能だろう。陽乃がエルフの里で会得したサバイバル技術の一環として動物の痕跡が減ってきたみたいで、動物らの一部はもう冬眠態勢に入っているようだ。


「……となると、陽乃。ここで春まで待つってことよね?」


「そうだねー。水源くらいは探しても良かったかもだけど、明日葉の魔法で何とかなるっしょ?」


「ええ、まあそれはそうなのだけど……」


 森の木々は落葉せずに刃物のような鋭さを持っている……常緑針葉樹があるばかりで越冬に必要な住居はおろか管理小屋や廃墟すらない人工物が不在の世界である。


「そういえば明日葉さ? 魔法で家とか建てたことあったっけ? 一応手順なら説明――」


「……こんな感じかしら?」


「えっ?」


 陽乃が素っ頓狂な声を挙げているのを後目に見つつ、私は適当に太そうだった木をちょっと改造する形でツリーハウスをフィーリングで形成してみる。すると、体感5mくらい上の高さに入り口がある2階建ての建物が木の上に出来ていた。

 物体を召喚、というか生成する魔法はまあそこそこあるから、その要領でツリーハウスが作れるかなと突発的な思いつきでやった割には想定外に上手く行った。創造した感覚的には3LDKはあるだろう。


「すごいじゃん、明日葉っ! これも、あのエルフの里でもしかして隠れて習ったりしてたの!?」


「いや、あそこのツリーハウスは多分魔法とか使ってなかったと思うけど。

 でも多少は関係あるかもしれないわね、実物を見てそこに住んでいたから再現できたのかも」


「もうこれだけで大工要らずじゃんもー」


 多分イメージしてなかったからだろうが、梯子はしごとかは生成されなかったので、陽乃がまず木登りをして、その次に私や荷物をロープに括りつけて引き上げる形でツリーハウスの中へと入る。

 ……ロープを登るなんて芸当は出来ないので、救助されるような感じで上に来たわけだが、それが地味に今までの旅路の中でもトップクラスの恐怖体験だったのは黙っておこう。



「明日葉の魔法でここまで出来るなら、テントとか持ってくる必要無かったかもねえ」


「……あまり再現性が無い気がするから、あるに越したことはないと思うわよ」


 フィーリングでやった以上、今のままだと二度目にやってどうなるかは微妙だ。……もしかすると、この越冬期間で今の魔法の体系化をやらなきゃダメだろうか?

 便利なものであるが故に、後から陽乃に求められても大丈夫なようにしておかないと。




 *


 それから1ヶ月経つ頃には雪も相当深く積もってしまい、ツリーハウスから眼下を眺めると、1ヶ月前と比べて白く厚くなった地面が明らかに近い場所に位置しているのが感覚的に分かった。……何メートル積もったのだろう、これ。


 幸いそこまで雪が酷くなる前に陽乃が最後の狩りに出かけて、まとめて動物を狩ったこともあり食糧の見込みはある状態だ。1シーズン分には心許ないとはいえ、アイテムボックスに食べ物もそこそこ入れていたしね。

 陽乃は吹雪の日とかは流石に家の中に居るが、晴れていればロープを別の木に渡らせたりして、地面に降りずに移動するという器用な真似をしている。


 それで主に松ぼっくりとか松の実とかを集めていて、冬眠していない小動物とか鳥とかと取り合いになっているらしい。何で陽乃がそんな可愛い動物たちとタメを張ってそんなものを集めているかと言えば、松ぼっくりは燃料になるし、松の実は食べられるんだよね。実の味はナッツみたいな感じ。



 一方で、私はほぼツリーハウスに引きこもっている。一応、魔法で家を寒くしないようにという建前もあるが、単に出不精なだけでもある。基本は魔法の研究をしていて行き詰ったときに陽乃にかまってもらったり遊んでもらったりしている感じ。


 旅の間、ここまでゆったりとした時間が流れることはそう多くは無かっただろう。それに、旅先では砂漠踏破を除けば常に他の人は居たために、ここまで世界に2人きりしか居ないような気分を味わうことも少なかった。



 そんなある日。

 今日は朝から結構風が吹いていたのがツリーハウスの中からでも分かったので、粉雪レベルの天気ではあったものの陽乃は外出を断念して一日中私に引っ付いて遊んでいた。私も、申し訳程度の進捗で魔法に関する文献を読み進めてはいたが、いかんせん期日などは無いために陽乃とじゃれ合う方がむしろメインになる有様で。


 そのまま夜になって、陽乃と共に私はちょっとだけ狭く、それ以上に心地よく感じるダブルベッドへと潜る。すると案の定、陽乃の脚が私の身体に絡み付く。

 彼女の瑠璃色の瞳を見やろうとしたら、その瞬間視界には金色の彼女の睫毛が近付いたかと思えば、唇に柔らかな感触を感じた。



「……ん。陽乃、いきなりね?」


「んー? まーね、駄目だった?」


「別にいつでも構わないわよ、陽乃だし。

 でも……何かあったりした?」


「うーん、いやー……。何かってワケじゃないけどさ。

 ……そろそろ、この旅も終わりが見てきたよね、って」


「それこそいきなりな話ね。今更じゃない」


「そうなんだけどさー」


 陽乃の金色の髪に右手の指を絡めるように触れば、陽乃は快さそうに目を細めてそれを受け入れる。耳に入るのは陽乃の吐息と……家の外の強い風の音。あとは、陽乃が身体を動かしたときに出る布擦れの音くらいか。

 そんなことを考えながら陽乃の髪を撫でていたら、私のつがいはこう告げる。


「……春になったらボーリアルコニファー、私たちと同じ種族のコロニーに行くじゃん?」


「そうね」


「で、私たち以上に寒冷地での生活に適応した種族って居ないよね?」


「少なくとも、人族のくくりの中ではそうなのではないかしら。私もこの世界のすべての種族を知っているわけではないし、何ならそういうのは陽乃のが詳しいと思うけど?」


「まあね。だから、多分次行く場所が。

 『世界の果て』の手前の最後の街なのかなーって思ったりもするんだよねー」


 陽乃は、旅の終着点を思い描いているようだった……あるいは、その旅路の終わりのことかもしれない。



 ただ。旅が終わった後のことは前に少し話したことがあったかもしれない。

 結局、どこかに定住しても良いし、元の北のコロニーに帰っても良い。陽乃が望むなら一生ここで暮らすのだって私は別に構わない……それなら自給自足の体制は整える必要があるけどね。


 とはいえ。だから陽乃にかける言葉はそうした終わった後の話にはしなかった。


「……陽乃は。『世界の果て』に何があると思う?」


「え? ……そーだなー……。ベタなとこだと金銀財宝とか?」


「今更手に入れる意味があるのかしら、商会長さん?」


「確かにー、こういうタイプの臨時収入って税の申請がめんどいんだよねー。

 じゃあさ『旅の宝は明日葉との絆です』エンドとかは? こういうのもありがちだよねー」


「実質何もないやつよねそれ」


「ま、そだねー。明日葉との絆なんて最初からあったワケだし。

 もち、思い出って意味では楽しかったけどね!」


「……確かに、何年経ったか気にも留めずに旅行するなんて経験。絶対日本に居た頃は出来ないわよね」


「あははっ! それはそうかもー!」


 長命種族だからこその生き方。それをここまで満喫できた貴重な機会であったことには間違いないだろう。

 そして、そうした生活が『日常』に戻ってもこれからずっと続いて行く確信があった。


「なら、陽乃。他には『世界の果て』にありそうなものって何が思い浮かぶかしら?」


「えー、ちょっとは明日葉も考えるの手伝ってよー! 私ばっかりに聞かないでさ。

 でも、そうだね――」



 ――そんな話をし続けているうちに、夜更かしをしてそのまま話しながらいつの間にか私も陽乃も眠りにつき。


 また、次の日も変わらない一日を迎える。




 *


 春。

 まだまだ眼下に広がる地面には雪が積もっているものの、歩けないといった規模ではなくなったために、陽乃と相談してそろそろこのツリーハウスからも撤収することにした。

 物資とかは全部アイテムボックスにしまって、ツリーハウス自体はそのままに。この場に旅人が来るかも分からないが、別に解体する必要も無いだろう。別に風化してそのまま動物の住処になっても良いし、下手したら帰りの道中で私たちが再度使う可能性だってある。


「それじゃあ、行こうか……陽乃」


「そだねー」



 そうしてその場を後にして、ひたすら南へと進んでいく。

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