第14話 平面神話

「――『人工的』に作られた世界って言うと……。

 ゲームの世界か何かに転生したってこと?」


「あら、陽乃は随分とヒロイックね。

 でもどうかしら。単に『宇宙船』とか『宇宙ステーション』みたいなものの凄く大きい版がこの星、という意味での『人工』ね」


 とんでもない規模感だが、自然現象として説明するのは些か無理が生じてきているものが多い。

 ただ天動説であるならまだしも、自転が無い状態で天体の航行を説明しようとすると他の星が相当奇怪な動きをしている必要がある。その辺りを見かけか実際にかは知らないが、魔法で随分と補正しているだろう。


 加えて地球モデルだと全く説明できないこの惑星の気候。もっともケッペン自体がかなり古典的な理論なのを差し引いても気候的に説明できない部分が多すぎる。


 場所が変わっても一向に変わらない星図と日照時間は、球体でないから説明できるとしても。そもそも星の形が自然に平面の『六角形』になるのは、あまりにも無理がある。加えて日照時間が日本とほぼ同一なのも作為的だ。


 ここまで考えれば、本来公転周期で決定する1年の日数という単位系まで一緒なのは不思議だろう。



 しかしそれらすべてが『宇宙ステーション』的に惑星を建設した際に、後天的に設定されたものとして考えれば、一応無理を押し通せる。



「いやいやいや! でも、明日葉それは無理があるよー。

 だって、これまで見てきたテクノロジーじゃ、宇宙に星を作るなんてのはとても出来ないように思えるし、魔法でもそこまでは無理っしょ?」


「そうね。だから『喪われた』とか『秘匿されている』……って言うと、ちょっと陳腐なオカルト雑誌や陰謀論みたいになってしまうけど。

 とはいえ、肝となるのは『アクリル板』ね。あれはいくら記憶持ち・・・・の存在があっても、そう簡単に再現できるものではないもの」


「……アクリル板がオーパーツってこと?」


「普通に製造が出来ていそうだから、オーパーツではなさそうだけど」



 そこで一旦話を区切る。陽乃は星空をしばらく眺めた後に、私へと視線を移す。


「そっかー。これが作り物ならさ。

 ウチや明日葉も作り物ってことになるの?」


 ……星の航行が魔法で操作されている可能性を示唆したとはいえ、そこに見える星が人工物と決まったわけではない、という言葉は飲み込む。

 どう考えても陽乃が気にしているのは後者の私たちの実在性なわけで。しかし、実に哲学的な問いかけだ。


 簡単に答えられないからこそ……茶化す。


「……木から生まれたボーリアルコニファー私たちってことを考えれば、少なくとも人間よりは植物由来だとは思うわよ?」


「あはは! そんな化粧品じゃないんだからさー」


「――でも、陽乃。

 こうなった以上は確実なことが1つあるわね」


「……? えっと、明日葉それは――」



 私は一息入れて。陽乃の瑠璃色の目を、彼女の髪色と同じまつ毛がくっきりと見えるように見据えて告げる。


「この世界が球体ではなく平面なら。

 私たちが目指そうとしている――『世界の果て』には。必ず、何かがあるわよ」


「あー、この地図の端っこの先がどうなっているか、だね。

 滝とか崖とかになってて落っこちちゃうかも?」



 あるいは壁が立ってたりとか。ちなみに、陽乃の言ってるやつの類型で、有名な俗説である『コロンブスの船員が世界の果てに落っこちるから反対した』というのがあるが、あの当時時点でも地球は球体である方がポピュラーだったので、どうやらそんな事実は無いようである。


 それはともかく。

 『電車を終着駅まで乗ったらどうなるか』くらいの感覚で始めた陽乃との『世界の果て』への旅路であったが、ここに来て全く意図をしない形で新たな意味を帯びてきた。



 ただ。

 1つだけ、ここに来て逆に分からなくなってしまったものがあった。それは『世界の果て』の中でもとりわけ『南』を選んだ理由であるところの――


「……でさ。結局、時計が反対回りなのを調べにここまで来たけど、明日葉何か分かったの?」


「……。北半球も南半球も無い世界となると、振り出しなのよね。

 ええと、ちょっと思い浮かばないわ。此処より先に、国子監よりも進んだ先進的な場所があるかは微妙だし」


 時計の回転が逆な理由については結局分からず仕舞いであったということ。

 元々、南半球での日時計由来だろうと目算を付けていたが、それが崩れたためにこの世界の時計は日時計以外のルーツを持っている可能性が高まった。


 時計が反対回りなことが何かに影響するかと言えば、別にそんな訳は無いだろうが、でもその謎を片手間とはいえ追ってここまで来た以上は旅を終わらせるまでにはその意味も知れたら良いな、って心持ちではある。




 *


「そろそろこのエスニック感の強い料理ともお別れかー。名残惜しい!」


「……そう言いながら食べているのがお寿司だと、説得力が皆無だけどね、陽乃」


 しかも『なれずし』ではなく『握り寿司』の方なので。最初に龍海明都ロンハイミンドーに来た時には手が出せなかった生の海産物も、しばらく滞在するうちに『大丈夫でしょ』の精神で食べるようになった。やっぱり生魚って普通に美味しいし。



「――で、このまま南に向かうんだよね、明日葉?」


「ええ、そのつもりよ。ただ情報収集した感じ、この街よりも大きな街はここから先には中々無さそうなのよね」


「あー、ここのところ結構大きい街に連続して寄ってたからね。

 ま、雰囲気変えにはちょうど良いんじゃない?」


 思えば砂漠の中の人工都市もこの熱帯中華風都市も、観光地として整備されているような場所はいくつもあった。当然全部の大都市を回ったわけでは勿論無いけども。


「そうね。ここからは郊外を回るのも良いかもしれないわ。

 ただ、そうなると準備は入念にするべきね」


「そーだねっ! あ、でもでも!

 準備だけじゃなくて、ここでやれることは色々やっちゃおうよっ! 多分、他じゃ出来なそうなこともいっぱいあるし!」


 陽乃のミディアムカットの金色の髪が揺れる。海外で美容室や床屋を探すのは大変だから、私のつがいは自力で髪をお気に入りのCカーブにしているんだよね。……私の分も定期的にやってもらっているので大いに助かっているが。


「ええ、勿論。陽乃の気が済むまで付き合うわよ」


「おっ、明日葉! 今のはポイント高いね!」


「なんのポイントよ、それ」


「えっと……つがいポイントっ! かな?」



 ……と。そんな感じで、そこから先のスケジュールは陽乃に一任することにした。



「いたたたたっ! めっちゃ痛いっ!」


「……そりゃ、あっ! 痛いタイプのマッサージをさっ! 陽乃がっ、希望したんっ、じゃないっ!」


 全身をほぐすマッサージのコースを陽乃が予約して。実際に施術を受けてみたら最中はすごく痛かったけれども終わってみればすごくすっきりしたり。



「めっちゃ、自然って感じ! って、うわ! 蚊がすっごい――」


「虫除けがほぼ意味を成していないわね、これ……」


 マングローブ林のカヌー下りツアーに行ったりもして。これは、終始熱帯っぽさを感じる自然を満喫できたし、途中でワニなんかも見ることができた……ツアーガイドの人は『とても不運』とは言っていたが。



「おー、よく分かんないけどすごい!」


「語彙が死んでいるけども、陽乃と同感」


 ナイトステージ的なイベント会場で、民族衣装を着て太鼓の音色が響くダンスを見たりした。ちょっと有料のいいやつを見たので、所々で魔法による演出も織り交ざっていて迫力もあってとても楽しめた。



「せっかく、海に面している街に来たんだから泳がないとねっ!」


「まさか、砂漠のプール以来、連続で水着の出番があるとはね」


 海水浴をはじめとして海のアクティビティもいくつかやったりした。一番私が良かったな、と思うのは床がアクリル板になっている船に乗ってちょっと沖合に出て、海の熱帯魚やサンゴの様子をアクリル板越しに見るってやつ。



「……めっちゃ楽しかったっ! 何なら、今までで一番遊んだかもっ!」


「ふふっ、そんなに気に入ったらなら帰りも寄ろうかしら?」


「あっ、そっか! 『世界の果て』に行った後もコロニーに帰らないといけないもんね。完全に後のことを忘れてたよー」


 もっとも、種族慣習的には私たちが今旅行しているこれは『番を探す旅』なので、場合によってはコロニーに帰らずに、どこかに定住するケースもある。

 ただ、今のところ楽しくとも、ここに絶対住む! となるような出来事は起きていないので、一通り目的を達したら帰るつもりだ。

 別に、この旅が終わっても陽乃と一緒に暮らすだけだからそんなに変わらないし。



 ハイエンド向けの野外レストラン的な場所で陽乃と話し続ける。出発から何年経ったのかもう忘れてしまったが、300年経っても陽乃とのこういう他愛もない時間は本当に好きだ。

 そんな詮無きことを考えていたら、正装をした店員さんがやってきて1本のボトルを私たちのテーブルに置く。


「……ん? 明日葉がお酒って珍しいねー」


「ええ。でも、今日はちょっと特別。

 陽乃に色々楽しませてもらったし」


「……まーね! だって、明日葉はウチの大事なつがいだし! 当然っしょ?」


「ふふっ、ありがとう陽乃。でも、貰ってばかりだと申し訳ないから少しは私からも返させて頂戴。

 ほら、陽乃のグラスにも注いであげるから――」


「もー、お返しなんて無くても明日葉が居るだけでウチは色々助かってるのになー。……っと、ありがと!

 えっと、じゃあ……ここは明日葉から、かな?」


「良いわよ。

 じゃあ、陽乃――乾杯」


「乾杯っ!」



 ――そうして、龍海明都での最後の夜は更けていった。


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