第8話 念願

あれからお嬢様は荒れている。

もっとも元から品行方正とは言い難いお嬢様であったが、より酷くなっていた。


メイド達の間でも、最近のお嬢様は台所のものを盗んだり変な儀式を行ったりといった奇行や独り言が増えたと噂になっているほどだ。


「臭いですわ!!」


「変わった朝の挨拶だな。」

飛び起きたお嬢様に悪霊はそう言った。


「これも効果なしですわ...」

お嬢様は悪霊を睨みながらベッドの天蓋と一緒に吊るしてあるニンニクを片付けた。


コンコン

「お嬢様。おはようございます。」


やってきたメイドはさっさとお嬢様のお召し替えを済ませるとそそくさと部屋を出て行った。


お嬢様が臭いからだろうか。


いや、これは今日だけに限った話ではない。

最近は皆に恐れられ、じいや以外の使用人たちは以前にもましてお嬢様と距離をとっているように見える。


_______

「そろそろお昼でございます。

稽古はこの辺りにしましょう。」


じいやに言われお嬢様は素直に剣を納めた。


「お嬢様。本日は午後から来客がいらっしゃる予定です。

お食事の前に汗を流されて来るとよろしいでしょう。」


剣術の稽古の後にお嬢様はいつも湯浴みをしている。

なのでじいやがわざわざ念押しする事などなかったのだが今日は違った。


来客が来るからだろうか。

それともお嬢様が臭いからだろうか。


「来客ですの?

今日はお父様もお母様もいらっしゃらないですわよね?」

両親がいないこの家に誰が何のために来るのかとお嬢様は疑問に思った。


「ええ。お嬢様へのお客様です。

ですが旦那様も一緒に帰宅されると聞いておりますよ。」


「お父様が!?」


お嬢様の顔が急に明るくなり、湯浴みをしに走り出した。


_______

「それでキリエの様子はどうだ?」


「剣術の稽古は真面目に取り組んでおられましたよ。

ただ、本日もニンニクに囲まれて眠るなどの奇行や独り言が多いのは相変わらずでございます。」


「そうか...

神父様、娘をお願いします。」


「ええ。フォーク家の、ベル様の頼みとあらば喜んでお引き受けしますよ。」


コンコン

「キリエ、いるかい?」


ドタドタドタ、ガチャ

「お父様!!お帰りなさいませ!

会いたかったですわ!!」



「ただいま、キリエ。

いい子にしていたかい?」

「ええ!もちろんですわ!」


「ほほほ。可愛らしいお嬢様ですね。

さすがはフォーク家のご令嬢。」

お父様とじいやの隣いた見知らぬおじさんが社交辞令を述べてきた。


「お父様、こちらの方は?」


「ああ。神父様だよ。

詳しい話は客室でしようか。」


お嬢様たちは客室へと向かった。


「キリエ。

それで、その、最近困ったこととかはないかい?

おかしな遊びにハマったりとか...」


「なにもないですわ!

毎日いい子にしてお勉強だってしっかりとしていますわ!」


「あれをいい子というなら世界中がいい子で溢れているな。」

お嬢様は悪霊を睨んだ。


「そ、そうか。それならいいんだが...」


「旦那様。

お嬢様は近頃おかしな1人遊びをされたり独り言で怒鳴ったりすることが増えています。

お嬢様に怯えているメイドたちだっております。」

お嬢様は今度はじいやを睨んだ。


「そ、そんなことは...ないですわ!」

言い訳をするお嬢様を見て神父が口を開いた。


「ベル様。これはきっと悪霊の仕業です。

お嬢様がしていないとおっしゃられているのですから、悪霊に操られて行なっていたのでしょう。」


「いやいや、どう考えてもこいつの嘘だろ!

俺は操るなんてできないし、こいつの頭がおかしいのを俺のせいにされても...」

悪霊は反論したがその声が届くことはなかった。


「悪霊...それは確かに、その...

でも!私はいい子にしてますわ!

おかしいことなんてないですわ。

お父様信じてくださいまし!」


お嬢様は揺れていた。

確かに悪霊を払おうと毎日色々な策を講じている。

だがお父様におかしな娘と思われたくない気持ちもあり、悪霊に取り憑かれているとも言い出せなかった。


「キリエ、大丈夫だよ。

キリエがいい子なのはわかっているさ。

でも念の為お祓いはしてもらおう。

いい子がお祓いをしてもらってもバチは当たらないだろう?」


「そ、そうですわね。」


「おいおい。

俺を払ったって何も変わらないだろ。

俺が何かしてるわけじゃなくて、お嬢様自身がやってることなんだから...」

と言いながら悪霊は気づいた。


(いや、俺のせい...なのか??

確かにお嬢様は元々わがままだったりはするけど。

奇行ってのは毎日やってる除霊ごっことかのことだよな...

独り言も俺と話してるのを聞かれたんだろうし...)


「そうか。俺がいない方がお嬢様は普通に、幸せに暮らせるんだな。」


悪霊が反省している間に神父による詠唱が終わろうとしていた。


「邪悪なる魂を清めたまえ。

エクソシズム!!」


部屋の中が眩しい光に包まれた。


お嬢様が目を開けると、そこに悪霊はもういなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る