墓地下見で抱いたあゆみの願い
あゆみの病状がいったん落ち着いた頃、彼女はわたしと一緒に、車椅子でとある郊外の公園墓地を訪れました。スタッフの方が同行し、両親は少し後ろを歩いてついてきました。
あの日は、よく晴れていて、青空の下、芝生がきらきらと風にそよいでいました。小鳥のさえずりも聞こえて、いかにも「穏やかな永眠の場所」として整えられた空間でした。でも、あゆみは笑顔を見せず硬い表情のままでした。スタッフに案内された納骨堂の建物の前で、彼女は小さな声でわたしに尋ねました。
「ここって本当に、私がずっと過ごすところ、なの?」
わたしは答えに詰まりながらも、「一応の候補ってだけよ」と濁して答えました。でも、彼女はそのまま、静かに納骨堂の中に目を向けました。
案内された個室型の墓室は、冷たいコンクリートの壁に囲まれていて、薄暗く、無機質でした。備え付けの照明が白くぼんやりと光っているだけで、まるで時間が止まっているかのような場所でした。
彼女は車椅子から少し体を前に乗り出して、その墓室の一角を見つめました。そして、ぽつりとつぶやきました。
「ねぇ、私、ここでずっと、誰にも見られずに、一人ぼっちでいるのかな。お花もだんだん来なくなって、忘れられて、それでもずっと……」
彼女の声は震えていました。わたしは何も言えず、ただ、彼女の肩に手を置きました。その日、帰り道の車の中で、あゆみはしばらく黙っていたあと、ぽつんと呟きました。
「私ね、死んだあと、ああいうところに閉じ込められるの、怖いの。暗くて静かで、誰の声も届かなくて。まるで、この世界から消えちゃうみたいで」
「あゆみ」
「だからね、お姉ちゃん。お願いがあるの」
そう前置きして、彼女はゆっくり言葉を選ぶように続けました。
「わたしの体、エンバーミングしてもらって、できたら、スタジオのどこかに置いてほしいの。小道具としてでも、マネキンとしてでもいいから。たとえば、葬式のシーンで一瞬でも出番があったら、それって、私、ちょっとだけ「生きてる」って思える気がするから」
わたしは驚いて、思わず顔を見返しました。彼女の目は真剣でした。
「変なお願いかもしれないけど、わたし、あそこに一人で置かれるくらいなら、賑やかなスタジオの片隅にいたい。誰かが通りかかって、「あ、あゆみちゃん」って声をかけてくれるかもしれないでしょ?」
「そんなこと、本気で言ってるの?」
「うん。本気だよ。私、ずっとお芝居の世界の中のにいたいの。たとえ、話せなくても動けなくても、役者でいたいの」
それが、あゆみの最後の願いの一つでした。
あの帰り道、車の中であゆみが語った「私、小道具になりたい」という言葉が、ずっと頭から離れなかった。スタジオで、マネキンみたいに飾られる人生の終わり方。誰かの手で動かされ、撮影に使われる「存在」として残ること。わたしには、どうしてもすぐには受け入れられなかった。
病室でひとりになった夜、わたしは窓辺に座って、彼女が静かに眠る姿を見ながら考え続けた。「死後も見られる存在でありたい」「忘れられたくない」という彼女の気持ちはわかる。だけど、あのあゆみを、「物のように」扱われていいの? そんなふうにしてまで残すことが、ほんとうに幸せなの? 思い返せば、あゆみはいつもカメラの前にいることが好きだった。注目されること、演じること、人の心を動かすことに、強い憧れと使命感を持っていた。
でも、
「私の体を使ってね、映画に、出してほしいの」
その言葉の裏に、わたしは恐怖と寂しさが混じっているのを感じていた。
「ねえ、あゆみ。そんなに怖かったんだね。『いなくなる』ということが」
つぶやいたその時、わたしの胸の奥で、何かが静かにほどけていった。
あゆみが望んだのは、決して「ただのモノ」になることではない。「姿」でもいいから、舞台の上にいたい。「自分の存在が、誰かの心に残る」ということを、最後まで信じたかったんだ。そう思ったとき、ようやくわたしは、あの願いをただの奇異な申し出としてではなく、あの子らしい「最後の演技」だと理解できた。
次の日、わたしは母と父にあゆみの提案を打ち明けた。
「え……そんな……本気で……?」
母はしばらく絶句したが、わたしの手を握って言った。
「でも、それがあゆみの願いなら、きっと何か意味があるのよね」
そして、家族みんなでプロダクションに連絡を取り、専門家と相談を重ねた。エンバーミングの処置、法的な許可、保管設備、安全衛生管理といった数え切れないほどの条件が立ちはだかった。それでも、わたしたちは進めた。彼女が最期まで信じた「演技の世界」に、もう一度舞台を用意してあげるために。
そして約束の日、彼女はアクリルケースに納められ、チャペルの片隅に静かに運び込まれた。ふたを閉める直前、わたしは彼女の髪を撫で、そっと耳元で囁いた。
「わたし、まだちょっと怖いけど。でも、あゆみがそこにいたいって言うなら、きっとそれが正解なんだよね。だから、大丈夫だよ。ちゃんと見てるから。見届けるから。これからも、ずっと一番のファンでいるから」
ケースの中の彼女は、あの日、テレビの中で熱演しているのを見たときのような曇りのない顔で、まるでステージの幕が上がる直前のように、静かに、でもどこか誇らしげに眠っていた。
そして、彼女は、チャペルの中のアクリルケースの中で、今も静かに眠っています。でも、それは「終わり」ではなく、彼女が望んだ「続き」なのです。
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