スタジオで再会しました
今日は、プロダクションからいただいた新作ファンタジー映画の入場券を手に会社帰りに立ち寄った近所のショッピングセンターに併設されているシネコンに行きました。わたしは、劇中の葬式のシーンでのあゆみの「名演」を見て、そしてスタッフロールに刻まれた「平間あゆみ」の文字が流れていくのを見て、そのたびごとに涙を流しました。シアターを出た後、頭に焼き付いた彼女の登場シーンを思い起こしながら家に帰りました。
それからしばらくたった頃、映画プロダクションのロケスタジオに行ってあゆみに会ってきました。案内された事務室に入ると、彼女が眠っているアクリルケースがありました。そこで、
「お姉ちゃんね、映画館行ってきて新作、ちゃんと見てきたのよ。あの時、病室で忘れ去られるのが嫌だ、ずっと活躍していたい。でもそれはただの夢なのかな、って言ってたよね? でもちゃんと活躍しているよ。すごいじゃない。立派だよ」
そう、あゆみに話しかけました。もちろん、なんの返事もないけど、わたしの思いはきっと伝わっていると思いたいです。
アクリルケースの横には、病室であゆみが書いた手紙のコピーがバインダーで綴じられ、アクリルケースの横に置かれていました。手紙のタイトルは「これから出会う新人俳優の皆さんへ」でした。最後の方に感想を書けるようになってある白いページも挟み込まれていてそこにも妹へのメッセージが何かしら書いてあるので、たまにあゆみの姿を見た俳優さんが読むことがあるようでした。
そこへ、どこかで見た記憶がある女性がやってきました。
「こんにちは。平間あゆみさんのお姉さんですよね?」
「ええ、そうですが……」
「羽島さおりと申します。」
「え!?今売り出し中のあの。テレビCMにも何本も出ている」
「そう言われるとなにか恥ずかしい……」
雲の上の住人のようなあの人にこんな簡単にばったり会ってさすがスタジオだと思いました。
「この手帳にサインしてもらってよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん。お名前なんとおっしゃりますか?」
「平間めぐみと申します」
彼女は手際よくサインを済ませた。
「ありがとうございます。でもあなたの活躍を見ているとなにか複雑な思いがするのです。もしあゆみが病気にならなかったらと思うと……」
「妹さんに急に重い病気が見つかってからのことを想像しただけで胸が張り裂けそうで……あたしからはなんと言ったらいいかわからないけれども、演技であなたの助けになれたら、と思っています。あたしも彼女に憧れてこの世界に入った一人だから」
「そう言ってくれて本当にありがとうございます……」
そしてわたしの視界がぼやけて、ハンカチで目を拭いた後彼女と別れた。
「平間さん、またお会いできたら嬉しいです」
「こちらこそ」
彼女は野外スタジオの中に消えていった。
帰宅後、わたしは過去に何度も読んだあゆみが書いた手紙を机の引き出しから取り出して改めて読みました。封筒の表には「私がスタジオに運ばれてから読んでください。そしてコピーを私の横に置いてください」と書いてありました。
「『これから出会う新人俳優の皆さんへ』
この文章が読まれる頃には私はきっと棚の上で段ボールに囲まれて置かれているアクリルケースの中で横になっていると思います。
私は、しばらく家にいた後、いろいろな思い出のたくさん詰まったこのスタジオにまた戻ってきます。小道具倉庫は活気があって退屈するひまもないでしょうね。
私の横を通り過ぎる俳優さんや裏方さんとの出会い、そしていつか出番が来るのが楽しみです。どんな映画に小道具として出演させてもらえるのかは想像もつかないけど。
少し前に車椅子に乗ってとある公園墓地に下見に行った事があるのですが、静かでさびしかったのと、半日で飽きそうな地下のコンクリートの箱でずっと過ごすなんてと感じたので、そこに入ってずっといたいとは思いませんでした。それで、プロダクションの方に『まだもっといろいろな作品に出たいんです。なにかやれることはありますか?』と聞いてみました。そこでこんなのはどうかな?と言われて『小道具になって活躍する』ことにしました。
というわけで、私はもう動くことも話しかけることも出来ないけれども、これからお目にかかる皆さん、どうぞよろしくおねがいしますね。
平間あゆみ」
これを読んだわたしはまた、ハンカチで涙を拭いた。
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