第7話 引き抜き
ユリアを見送ったアシュラはその後、下船の準備をしようと割り当てられた部屋に戻っていた。
とは言っても部屋の中に私物と呼べるものは殆ど無く、携帯端末と船内で調達した私服代わりの作業着数着と下着を纏めるだけで準備は直ぐに終わってしまった。
後はナラクと依頼主との交渉を待つばかりとなったアシュラだったが、見計らった様に携帯端末が震えて着信を伝える。
端末を開けば、ナラクからの“社長室へ来い”と短い文で表示されていた。
「社長室? ナタクの交渉が終わったのか」
アシュラに変わって交渉を進めていたナラクであるが、基本的には所有者のサポートが主体の人工知能である。
所有者の許可があれば自己裁量で交渉を進める事も可能だが、交渉における最終的な承諾に関しては所有者のサインが必要となる。
だからこそ、連絡を受けとったアシュラはナラクの交渉が終わり、契約における最終的な了承のサインが求められたのだと判断した。
「これで機体の修理は可能なるか。後は開発会社の診断次第だが……、後で考えるか」
口座に入金されるだろう報酬の使い道を考えながらでアシュラは何度も訪れた社長室への道のりを迷う事無く進む。
そして、連絡を受け取ってから三分も経たずに辿り着いた社長室の中に入れば交渉に当たっていたナラクと、向かい合う様に依頼主であるウェンディ・ヴァルダロスが座って待っていた。
「……なんでお前が此処にいる?」
「なに、君が船に乗っていると聞いて様子を見に来ただけだよ」
だが、アシュラが見慣れつつあった光景に挟まる様に、本来は此処にいない筈の偉丈夫が依頼主であるウェンディ・ヴァルダロスと向かい合う様に座っていた。
「……それで、コロニー駐留軍のウィリアム・ネヴィル大佐が何故ここに?」
「残念だが私は大佐ではない。少し前に昇進をして今や准将だ」
<バルカコロニー>駐留軍司大佐、いや、今や准将に昇進を果たしたウィリアム・ネヴィル准将はコロニー駐留軍を示す軍服に通過された新しい階級章を自慢げに指差す。
その姿に若干の苛立ちを覚えたアシュラだが、余計な口を開かずにナラクの隣に座った。
「それにナラクから聞いたよ、此処に来るまでも派手に暴れてくれたようだね」
「駐留軍の取りこぼしを掃除して治安維持に大きく貢献しただけだ」
「それは喜ばしい。君の働きで周辺宙域の治安は更なる向上を果した事だろう」
「感謝の気持ちは言葉ではなく、報奨金で示して欲しい所だな。それで、今や時の人となった准将殿が職務を放り出して何故此処にいるのですか?」
「君のお見舞いだよ。無事でよかった」
コロニーの現状を考えれば准将という地位を持つ人物が一輸送船の社長室にいる理由がアシュラには思いつかなかった。
そんなアシュラの悩みに答えるようにニヒルな笑いを浮かべた准将が理由を隠す事無く口にすると、憎まれ口叩いていたアシュラは驚きに固まった。
だが、直ぐに居心地が悪いとでも言うようにアシュラは表情を仏頂面に戻し、無事である事を示す様に両手を広げて見せた。
「私はこの通り五体満足です。道中の宙賊相手にも後れを取ることはありませんでした」
「それに関しては彼女からも聞いているよ。あの<レンクス>を使ってあれだけの機体を鹵獲出来たのだから、流石<宙賊狩り>といったところだ。それに、君があの程度の戦いで死ぬとは初めから思っていなかったよ」
「だとしても援護は早く来て欲しかったです。お陰で機体と手持ちの札を全て使い切りました」
「その点については申し訳ない。代わりと言っては何だが報奨金には色を付けておいた。後で確認してくれ」
アシュラに憎まれ口を叩かれても堪える様子の無い准将は余裕の表情は崩さず笑顔のままでアシュラと話し続ける。
だが、一介の傭兵とコロニー駐留軍高官という全く異なる立場である二人が交わす気安い会話はウェンディ・ヴァルダロスにとって予想外だったのか表情が驚きに染まっていた。
「ヴァルダロス殿、此方にいるウィリアム・ネヴィル准将はコロニー駐留軍における我々の協力者だ。また、彼との付き合いはアシュラが二つ名で呼ばれる以前の一傭兵であった時から続いている」
「二つ名で呼ばれる以前からだと、結構な期間になるのかい?」
「かれこれ五年以上の付き合いになる」
アシュラが傭兵になったのは宙賊への復讐が目的である。
だが、アシュラが傭兵として活動を始めた時のコロニー周辺には大小様々な宙賊が入り乱れ、どれか復讐対象の宙賊が全く分からない状況だった。
現在の好景気に沸くコロニーしか知らない人間が聞けば耳を疑う程に、過去の<バルカコロニー>は荒れ果てていたのだ。
そんなコロニーの状況を傭兵の立場で改善したのがアシュラであり、コロニー駐留軍の立場で改善したのがウィリアム・ネヴィル准将なのだ。
「最初の二人は互いに利用し合う関係だった。駐留軍が宙賊の居場所を教え、足の速いアシュラが宙賊を壊滅させればよし。出来なくとも、戦力を削られた宙賊を遅れて到着した駐留軍が包囲撃滅する。そんな歪な協力関係を我々と駐留軍は結んでいた」
「君達は使い勝手のいい猟犬として扱われていたのかい!?」
「確かに猟犬扱いだったが、報酬とサポート体制が万全であったから文句は無かった」
敵対勢力との艦隊戦を念頭に大型艦で編成されていたコロニー駐留軍は火力装甲共に宙賊よりも優れていた。
だが、基本的に艦隊での行動は初動が大きく、コロニーに潜伏された宙賊に簡単に察知され、尻尾を掴む前に雲隠れされる事が多い。
また、運よく捕捉に成功しても艦隊で行動するため鈍重であり、多数の小型船舶と少数の中型船舶で構成され逃げ脚の優れる宙賊を捕らえるのは困難であった。
だからこそ、駐留軍にとってアシュラという傭兵は使い勝手のいい猟犬であった。
宙賊が跋扈していた時代において、居場所を教えれば恐れず敵に噛みつき喰い殺す傭兵は貴重であり、鈍重な駐留軍にとって欠かす事が出来ない存在である。
そして、幾つもの共同作戦を経てアシュラという傭兵は駐留軍にとって欠かせない戦力となり、何時しか彼らが最も信頼する傭兵となった。
「ナラクが言うように<宙賊狩り>として規模の大小を問わず宙賊を狩るにはコロニー駐留軍の協力が欠かせなかった。そうして何度も顔を合わせれば顔見知りにもなる」
「そして我々駐留軍が宙賊討伐を企画した際の常連が彼です。周辺宙域の治安維持を任された駐留軍としても<宙賊狩り>の知見と戦闘能力は大きな助けとなりました。そうした事も重なって駐留軍には私以外にも<宙賊狩り>に対して好感を抱く者達が大勢います」
過去の話が聞こえてきたのかアシュラと准将は会話を切り上げ、ナラクの説明に各々の事情を付け足す。
こうして、駐留軍と良好な関係を築けたからこそアシュラは宙域における最大規模の宙賊に対して報復する機会を手にする事が出来たのだ。
そんな<宙賊狩り>の過去を聞き終えたウェンディ・ヴァルダロスは驚きながら対面に座るアシュラを見た。
「さて、ヴァルダロス氏への説明を終えた所で宙賊掃討作戦の顛末を話そう。アシュラ君も作戦の成否は知っておきたいだろう」
「既に周辺宙域の宙賊掃討戦は成功したとニュースでも話題になっている。それにコロニーの賑わいを見れば、残党も駐留軍が狩尽くしたと見ていいだろう。まぁ、幾らか取りこぼしがいたようだが」
「ああ、耳に痛いが基本的にはニュース通りだ。残党の追撃と並行して小惑星帯にあった宙賊拠点の制圧も完了している。それに伴ってコロニー行政部は周辺宙域の安全を宣言した」
コロニー駐留軍にとって小惑星帯に拠点を作っていた宙賊の規模と影響は大きく、コロニーにおいても多くの社会問題を引き起こしていた。
そして、周辺宙域の治安維持を一任されている駐留軍にとっても早急に解決したい問題であったが、情報収集の任に当たっていた軍人の多くが一般市民に偽装した宙賊の攻撃による負傷が多発して、有力な情報を掴む事が出来ずに宙賊拠点の特定は困難を極めた。
だが、駐留艦隊は<宙賊狩り>の協力によって小惑星帯に分散配置された拠点を特定。
それどころか囮となった<宙賊狩り>によって分散していた宙賊戦力を集結させ、一網打尽に掃討する作戦を繰り返した。
「君の働きもあって駐留軍は頭の痛い問題であった宙賊問題は解決する事が出来た。それ自体は喜ばしいことだが、宇宙から宙賊が全て消えた訳でない。だが、コロニー行政部は完全掌握した小惑星帯の大規模開発を決定してしまった」
「気が早いな」
「私も同五件だが、現在の好景気を止めたくないコロニー行政部の考えも理解出来る。そんな彼らにとっても治安維持は大きな課題で、駐留軍には小惑星帯を含めた新たな巡回を要望されている。正直に言って駐留軍も頭を悩ませているのが現状だ」
コロニー駐留軍は周辺の治安維持を目的としているが、その本質は軍隊である。
そして駐留軍は敵対勢力の軍隊を撃滅する事を念頭に入れての艦隊編成されており、軍隊未満の規模と逃げ足の速い宙賊を相手にするには最適化されていない。
「そこで駐留軍は対宙賊を念頭に置いた即応部隊の新設を計画している。そして、私は新設される即応部隊に君をスカウトしたい」
だが、先程迄あらか様に頭を悩ませていますというポーズから一転して准将はアシュラに引き抜きを仕掛けた。
その表情は真剣であり、不意打ちで虚を突かれて目を丸くしているアシュラとは対照的である。
「君に詰まらない書類仕事を任せるつもりはない。即応部隊に編成されるHW部隊のエースを務めてもらいたい。君さえよければ傭兵から軍に移籍しないか?」
コロニー行政部からの要望を実現する為に新設される即応部隊。
それは平和な時代において、人々にとって最も脅威となる宙賊との戦いを念頭に入れた部隊である。
そして、その部隊には長年に渡って宙賊と戦い続け、駐留軍にも大きな貢献を行った<宙賊狩り>であるアシュラを迎え入れたいと准将は考えていた。
「……少し考える時間を下さい」
「確かに急な話で悩むのも仕方がない。だが気が変われば何時でも連絡をくれ。私個人としても君が来るのを待っている」
そう言い終えた准将は立ち上がると社長室から出て行き、社長室にはアシュラとナラク、依頼主であるウェンディ・ヴァルダロスの三人だけが残された。
「駐留軍のエース待遇は一傭兵から見れば大出世だ。無論、軍隊故の縛りもあるだろうが生活は安泰。お前次第だが、パイロットして名を馳せる事も可能だろう」
「……そうかもしれないな」
ナラクの言葉を聞きながら、個人的にも付き合いも長い准将の言葉をアシュラはぼんやりと考える。
実のところ駐留軍への引き抜きは今日に始まった事ではない。
駐留軍が企画した宙賊掃討作戦で大きな戦果を挙げる度にアシュラは移籍を打診され、だが復讐を第一に考えていたアシュラは全ての申し出を断り続けて来た。
だが、あの頃の自分と復讐を果した今のアシュラの事情は違う。
端的に言ってしまえば准将の提案を強く断る理由を見付ける事が出来なかったのだ。
「誘った側である私が言うのもあれだが──」
そんなアシュラの迷いを見て取ったウェンディ・ヴァルダロスは柔らかな表情を浮かべてアシュラに語り掛けた。
「後悔しない選択を選ぶというのは難しい。それでも、後から思い返しても自分が納得できる選択肢を選ぶしかない。私はそう考えているよ」
「納得ですか?」
「その時には最善と思えた選択であっても、後から見れば間違っていたなんてことは多々ある。生きていく中で間違いなんて何度も経験する事になる。それでも自分自身が納得出来たのであれば、結果が何であれ割り切る事が出来る」
彼女の人生にも後悔した事は数え切れない程にある。
それでも自分が納得して選んだという事実があれば、どの様な結果が出ようとも割り切る事が出来る。
それが、幾つもの選択を経て彼女が学んだ一つの結論であった。
「考える事は無駄ではない。考え抜いた先に見えてくるものもある筈だ。人生の先達として言える事は、自分が納得できる選択を選ぶ。それくらいかな」
「……ありがとうございます」
「例には及ばないよ。後はそうだね、差し迫った問題を解決して落ちついてからゆっくり考えるといい」
「差し迫った問題……」
アシュラが手元の携帯端末で口座を確認すればコロニー駐留軍からの多額の報奨金として3000万クレジットが既に振り込まれていた。
その額はアシュラの懐を温めるには十分な額であり、壊れた機体を万全に修理する事が可能な金額である。
「そうですね。一先ずは失った機体をどうにかします。それに、機体を持たない傭兵など無職と大差ありませんから」
「そこまで言うのかい?」
「言いますよ。それに機体を失ったままでいると同業者に笑われますから」
戦う武器を失くした傭兵に価値はないという考えるアシュラは、機体の製造会社へ問い合わせを行う。
その表情は悩んでいた時と比べれば幾らかマシになっていた。
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明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
宙賊狩りの用心棒 @abc2148
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