おばあちゃん百合アドベント

飛鳥井 作太

第1話 助手×探偵

 After(助手(六十代後半)×探偵(六十代後半)(高校時代の後輩×先輩))


 今日も今日とて、染井探偵事務所には依頼が舞い込んで来る。さぁて今回は浮気調査か素行調査か……なんて呑気に構えていたら。本日やってきたご依頼は、なんとなんと、所長が五十年以上も前から切望していた調査についてで。

「先輩! 遂に来ましたよ! 例の『坂の上のお邸』調査! やりましたね!」

 だから、つい。ノックもせずに全力で所長室のドアを開けてしまった。年甲斐もなく大声付きで。すると、

 びきっ

 ……うっ。肩と腰に嫌な電流が走る。ううーん。寄る年波恐るべし。

 まあいい。あとで、湿布で何とかしよう。すぐに対処を思い付き、切り替えられる(諦めとも言う)のは、年の功というやつだ。つまり結局、年を取ることにも利点欠点、両方あるということだ。

 それはさておき。

 きっと所長は……先輩は、目を輝かせてこう言うはず。『行くわよ、奈子!』。

 そう思ったのに。

「……お断りしようかしら」

 先輩は、私から視線を逸らして寝ぼけたことをのたまった。

「はあっ!?」

 思わず、素っ頓狂な声が出る。

「だ、だって。あすこの坂は急だし……。お邸も、確か明治時代に建てられたものでしょう? 車椅子に対応なんてしてないわ。きっとあなたの負担に……」

 先輩は、そっと車椅子の肘置きを撫でてため息を吐く。……確かに、先輩の車椅子を押すのは私の役目で、その私も今や七十に手が届く歳なわけで。

 しかし、そんなの。

「ええい、知ったことか!」

「きゃあっ! いきなり何するの!」

 先輩の背後に回り、問答無用で車椅子を押した。こうなったら実力行使だ。腰が文句を言っている気もするが、後でちゃんと労わるから待ってて欲しい。

「今から行きますよ。依頼、もう受けちゃいましたから」

「あ、あなたも歳なのよ!? 無理して何かあったら……っ」

「無理なんてしません。当たり前でしょ。ガンガン周りを頼りますよ、おばあちゃんですもの。それに」

 私は笑った。遠い少女の日が、昨日のことのように蘇る。

「あなたが言ったんじゃないですか。『人は、真実に手を差し伸べざるを得ない』って」

「!」

「大丈夫。きっとみんな助けてくれます。あなたが真実を追い求める限り」

 そうでしょう? と先輩の顔を覗き込む。あの頃から随分増えた皺。真っ白になった髪。でも、その瞳に宿る光は変わらない。視力が衰えようと、彼女の瞳は真実の切れ端を決して見逃さない。

 だってあなたは『稀代の名探偵』『女学院が生んだ奇跡の頭脳』なんだから。

「……そうよ。そうよね」

 先輩の口角が、やっと上がる。鋭く、それでいて楽しげに。

「昔からの目標が、やっと目の前に来たってのに。怖気おじけるなんてね。私らしくなかったわ」

 声に、力が戻って来る。私を仰ぎ見た先輩の顔には、もう弱気は見当たらない。

 代わりにあるのは、何処までも謎を追うきらきらとした眩しい輝き。皺くちゃのおばあちゃんなのに、不思議。その瞳を見ていると、あの少女だった頃の先輩がそこに居るみたいな錯覚を覚える。私まで、気持ちがあの頃に戻っていく。……それでも無茶はしませんけどね。今だって、ちょっと腰が怪しいんだから。

「行くわよ、奈子。あの邸の裏も表も暴いてやるわ」

「そう来なくっちゃ。大丈夫。『頼もしい』私の甥っ子にも、すでにメールを飛ばしてます」

「優秀!」

 私たちは、今日も笑いながら謎の中へと飛び込むのだ。


 ※※※


 Before(高校時代。後輩×先輩)


「さあ奈子、今日も行くわよ! 今日はソフトボール部の消えた優勝トロフィーの行方を追うの。腕が鳴るわね」

 ホームルームが終わるや否や、染井先輩が教室へ飛び込んで来た。そして私の手を取ると、その勢いのまま教室を飛び出す。

 まったく。廊下は走っちゃいけないのに。二人して、すごい足音を立てて走ってしまっている。風紀の今居先生に見つかったら、とんでもない大目玉だ。もう、本当に困った人。

「ちょ、ちょっと先輩! また厄介ごとに首突っ込んで!」

「ちっちっちっ、こっちから突っ込んだんじゃないわ。向こうから舞い込んで来たの」

「どっちでも一緒ですよ!」

 今やこの学校の厄介ごとは、『女学院が生んだ奇跡の頭脳』たる染井先輩のもとへ自然と流れつくようになっていた。それに巻き込まれるこっちの身にもなって欲しい。

「だーいじょーぶ。私の見立てでは、校内にあるはずだから。そうね、部室棟と、……あと念の為、ツェツィーリアホールも見ておくくらいで構わないわ」

「ちょ、部室棟だけでどれだけの部屋数があると……! ホールだって、舞台裏も袖も、色々物が置いてあって面倒くさい場所です」

「あら。誰が私たち二人だけで探すと?」

 先輩が、ふふんと笑って振り返る。不敵で、悪戯な笑みだ。

「違うんですか」

「まさか! 色んな人たちにご助力を願うつもり」

「……お願い、聞いてくれますかね」

 探し物なんて、面倒くさいこと。しかも色々『曰く付き』らしいのに。

「大丈夫」

 先輩が、あっけらかんと言い放つ。

「人はね。真実がそこにあれば、手を差し伸べざるを得ないもの。きっと助けてくれる」

 力強いその言葉は、ただ眩しく私の胸を射した。

「それに、交渉はあなたのお得意分野でしょう?」

 結局、一番面倒くさいところを私に頼む。困った人。……それなのに、嫌じゃない。この眩しさに惹かれてしまう自分が悔しい。けれどやっぱり、嫌じゃない。狡い。

「そこ、任されちゃうんですか」

「もちろん」

 先輩が、片目をぱちんと瞑る。

「だってあなたは、誰よりも優秀な助手だもの!」

 ああ。もう。

 どんなに複雑怪奇な出来事も、一目で見抜くあなたが。こうして真っ直ぐ私を頼ってくれる。この喜びに、私は参ってしまった。だから。

「……仕方ありませんね」

 そう、仕方ない。

「何処までも、お供しますよ」

「ええ、何処までもついてらっしゃい! ずぅっと素敵なショーを見せてあげる」

 言葉通り、本当に何処まででも私を連れて行きそうだ。思わず笑う。きっとあなたは、どんな謎をも解いてしまうのでしょう。

「いい? いつか、私は絶対あの『坂の上のお邸』の謎も解いてみせるんだから」

「調査に入った人をすべて殺すという、例のお邸ですか?」

「そうよ。そのときは、あなたも一緒よ」

 私は繋いだ手を握り返して言った。

「当然です」

 笑いながら、私たちはきっと果てまで共に駆け抜けていく。


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