第2話

日中、保育園では静かにしていた。

暴れない、騒がない。母に迷惑をかけないように常に常に気をつけていた。


でもふと、その張り詰めたものが切れそうになって誰もいない所で泣いていた。



家でもそう。



母が寝てから部屋の隅で膝を抱えて、声を押し殺して泣いていた。

そうすることが母のためだと思っていた。



でも、5歳くらいのある日の夜中、部屋の隅で泣いていると、母に見つかった。


「どうしたの?」


母は優しかった。


でも、母は次の日も僕を保育園に送ったあと仕事に行く。

だから、「大丈夫…だよ…。」と、母を振りほどいて布団に潜った。


母もすぐ追ってきて後ろから僕を包み込んでくれた。


…やめて欲しかった。爆発してしまいそうだったから。でもそんな事したら母が困ってしまう。寝られなくなってしまう。母が大変な思いをする。


その時、今思えば間違った事を思いついてしまった。


『僕が消えよう。ママの為に。ママの幸せのために。』




僕は母が寝息を立て始めたのをみて、


トイレで母に精一杯かける平仮名で手紙を書いて家を出た。





――――――――――――朝方4時。


(チャイムの音)


「…流星、どうしたの。」

「僕を泊めて。」

「紗里は?」

「家。」

「どうしたの?」


彼女は母の妹の千紗。



しゃがんで僕と同じ目線になってくれた。



「……。」


涙で千紗が見えなくなった。



「ママになんか言われた?」

「違う…ママは悪くない…悪いのは僕なんだ…生まれて来た僕が悪いんだ…生きてる僕が悪いんだ…僕が死ねば、ママは楽になる、幸せになれる…僕なんかが居るからやだからママは苦しいんだ…。」


千紗は止めどなく涙が流れ落ちる僕を強く、強く、抱きしめてくれた。




―――――――――――――――。


「…。」

「流星…。」


「ごめん、流星。紗里が顔見るって聞かなくて。」

「…ママ、ごめんね。」


僕は布団から出て立ち上がって玄関に向かった。



「流星、どこ行くの。」


千紗が真っ先に止めに来た。


「なんでママ呼んだの?」

「そりゃ呼ぶでしょ。あんたまだ5歳だよ?」

「……もういい。誰も頼らない。」

「流星…。」


千紗は僕を抱きしめてくれたが、僕はすごく冷静に、


「離して。もう二人には頼らない。迷惑かけないから。」


と言って部屋を出ようとすると、


「流星!!待って!!」


と母に止められた。


「流星、どこ行くの?」

「大丈夫。もう迷惑かけないから。だから僕を殺して?それか施設にいれていいから。だからママは楽になって?好きな事いっぱいして?」


母は僕の頬を叩いた。

それでも僕は怯まなかった。そしてもう考えが戻らなかった。


「ほら、ママは僕が嫌いなんだ。だから叩くんだ。ね?だから僕は居なくなるから。もういいよ。幸せになって。」


けど千紗は当たり前だが、ドアから出してはくれなかった。


そしてそのまま抱きしめてくれた。



「流星、しばらくうちにいる?千紗と居る?」

「…ママとしか寝れない。」

「でもママを楽にしてあげたいんだよね?それにもう少しで小学生になるんだから一人で寝る練習もしないといけないんじゃない?」

「ママとずっと居れないの?居ちゃいけないの?流、ママ居ないと寝れない!寝たくない!…でもいい。一人で寝る。どっか行く。もういい。一人でいい。」


「流星、そうじゃない。一回でいいからママに全部ぶつけてごらん。」

「嫌だ。」

「どうして?」

「困らせたくない。悪い子になりたくない。ママの子でいたい。いい子でいればママはいなくならない。」

「…姉ちゃん、一日でいいからさ、仕事休んだら?あたし言ったじゃん。手に負えないなら施設にでも預ければって。こんなに押さえ付けて何がしたい訳?」

「どこでも行くよ。ママが幸せになるなら、流、どこでも頑張るよ!」


「姉ちゃん、どうすんの?」

「連れて帰る。流星。ママに遠慮しないで。次そんなこと言ったら本当に捨てるからね。ママには流星しかいないの。」

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