1220 贈り物
よくよく考えれば可笑しかったのだ、と洗った顔を拭った柚葉は改めて思った。
うさんくさい支配人を筆頭に、縮こまる
こんこんと思考にひたる柚葉は身支度を終えて、大広間の扉を開けた。日が開けぬ部屋は、真っ暗だが夜目が聞いているので問題はない。
こんな立派なところで働けること事態が夢物語なのだ。縦長の窓は綺麗に磨きあげられ、端に置かれた椅子の背に施された螺鈿細工はため息が出るほど美しい作り。数少ない従業員が人間かどうかを置いても、働き者であることは確かでホテルの質に文句をつけれる所はなかった。
確かに客は一風変わっているが、柚葉だってこの界隈に入って人生の半分は過ごしている上、周りが助けてくれる。神様相手でも、何とかなっていたのは確かだ。
しかし、それはそれ、これはこれ。本当に神様だとしても、神様ではないにしても神様を泊めるという発想が不可思議、極まりない。
自分の見た目以外をちゃんと見てくれる人なんていなかったのだ。
「認めてもらったと思ったのに」
何処かで喜んでいた気持ちを蔑ろにされた気分だった。
未練を振り払うよう、雑巾を絞った柚葉は
問題をしでかす前にと思ったが、次の就職先が目下の悩みだ。家を追い出されるほどの醜女が働ける場所なんてあるのだろうか。
神様達は人間の顔立ちには興味がないのだろう――と、柚葉は結論付けた。迷いを断ち切るように両膝を床につけ、左、右と雑巾をかけていく。心を落ち着かせるには作業に没頭して、無になるのが一番だ。
「あのぉ」
柚葉は脇目ふらず耳も傾けずに手を動かした。薄暗い朝陽を背に感じながら、影の中を淀みなく進む。左半分を終えたので、次は右半分だ。
「あのぉ、柚葉殿」
射し込む淡い光で輝いているように見えても、意外と汚れがあるものだ。床にできた僅な染みに柚葉は躍起になった。見つけてしまっては磨き上げなければ気が済まない。
柚葉が一息ついた時には、飴色の床は明るい陽射しを浴びていた。気分よく大広間を後にしようとした足が止まる。
入り口近くに見覚えのない木箱が置かれていたからだ。
用心深く近寄った柚葉は、そろりと中身をうかがった。徐々に開かれていく目に箱いっぱいの黄色い果実が映る。
何もなかったはずの場所に柚が湧いて出てきた。
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