カラス
@MurayoshiHitoki
第1話 出会
人生なんて面白い事等何も無い。
神様とか言う誰かの創造作品により地球という球体は回され、ただその中で時間を経過し死に至るだけの行為でしかならない。
その中で愛とか情等は要らず一時的な快楽に出来る限り身を寄せて生きた方が賢く純粋だろう。
その昔動物だった人間は感情を手に入れたせいで嫉み怨み奪い、解決のできない苦しみを沢山生み出しその中で生まれ踠き死ぬ事すら美しいと言った。
それが美学ならば一瞬の快楽を何度も手に入れ続け、生きれなくなったら死ねば良いだけの話としか思えない。
現に今俺の手の中で冷たく熱を帯びる小さな袋の中身はこの偽物の世界からイマと言う現実空間で一番の幸せに誘ってくれるではないか!
いつからそうしているだろう…
覚えてないし思い出す気も起こらない。
珍しく新宿に雪が降った今日はある場所で「港区 は 00-21」のナンバープレートの白いベンツにポケットの中の「パケ」を渡す。
パケの中身は新作の通称「クイック」と呼ばれる吸引式のドラッグだ。
客が大物芸能人と言う噂も有り、黒いガラスをほんの少しだけ開けた隙間に差し込み渡すと代わりに封筒に入った現金を返されそれで取引は終了。
会話する必要もなく相手の顔は全くわからないのがかえって何の気も使わずやりやすい。
仕事を終えたら歌舞伎町にあるバーの裏部屋に構えたアジトへ戻り現金入りの封筒を渡し取り分を貰って仕事は終わる。
スムーズにいけばパケを受け取り渡しアジトへ戻るまで三十分程度で、一般サラリーマンと比べ物にならない程稼げるのであるから普通に勤務し時間と靴底と心を擦り減らしているなんて馬鹿らしくて仕方がない。
しかし捕まるリスクが伴うが、そもそもこの仕事をしているチームに捕まるのが怖いやつはおらずいたとしても多分ボスだけだろう。
看板の無いアジトのバーは五階建ての最上階にある。
おや?おかしいな…
いつも消してあるエレベーターホールの灯りが付いている。
この状況は何かが起きている時だ。
道路を挟んだ反対側の歩道で煙草に火を付け様子を見ているとヤバい状況だと言う事がわかった。
中からチームの男二人が外に連れ出されている。
警察に摘発された。
ゆっくり煙草を踏み消し何食わぬ顔で家に向かい歩き出すと嫌な気配が背中辺りに揺れているのに気付いた。
尾けられてたか…?
角のコンビニに入るそぶりを見せながら曲がった瞬間に全速力で走った。
「おい待て!」と声が聞こえるがこの雑多な街の中を網羅している人間の全力疾走には追い付けない。
焦ってはいるがびびってはいない。何なら少し刺激を感じニヤけている様な自分がいた。
どの位走ったかはわからないが完全に巻いた。
しかも余裕な事に住まいのアパートのある大久保方面へ抜けて自動販売機でジュースを買い一息ついているところだ。
現金封筒は兎も角、もう一袋パケを持っていた為どうしても捕まるわけにはいかなかった。
本当に危機を感じた時はパケを捨てて走るが捕まりたく無い訳では無くボスに罰金を払わなければならなくなるのが癪で全力で逃げるのだ。
アパートの近くになるとその周りを見回し安全確認の上帰宅するのだが、そこにはいつも通りゴミの捨て方に煩い中国か韓国のおばちゃんが電信柱の周りに捨てられたゴミ置き場の袋を突っついて騒いでいる光景だった。
おばちゃんはいつも以上にえらくヒートアップしてる様子で現地語でギャーギャー騒いで居たが途中で怒りながらどっかに去って行ったので、さてと家に帰る事にした。
がその時、がさがさとゴミ置き場で影が揺れ思わず動きを止めた。
「まだ尾けられていたか」と思ったが全く違う状況だと言う事が理解できた。
乞食だ。
おばちゃんはゴミ漁りをしている乞食に対して騒いでいたのだろう。
となるとおばちゃんは帰ったのではなく通報しに行ったのかもしれないと勘繰ると危険はまだ継続中だ。
「おい」と何度か声を掛けて此処か去らせようとするが振り返った乞食に違和感を感じた。
子供だ…
年は十歳か十五歳あたりであろうか?
ゴミ袋から食べれそうな物を探しては口に入れていた。
日本で子供の乞食なんて居るとは思っておらず気が動転したが、取り敢えず此処か去ってもらわないと困るのでポケットに差し込んでいた飲みかけのジュースを近くに置いた。
伸びっぱなしの脂汚れで鉛色に近い黒髪はジュースに気付くとカブカブと飲み干した。
“だからどっかいけ”と右手でゼスチャーをして見せるがまたゴミ袋を物色し始めたので諦めてそそくさとアパートに帰る事にした。
エレベーターのない二階建ての角部屋の扉を開けいつもの様にポケットの中身をテーブルの上に全部出し冷蔵庫からビールを出す。そしてソファーにもたれかかると煙草の煙とアルコールを嗜む。
ん?
テーブルの上に散らばった鍵やライター、封筒に財布…
後一袋あったはずのパケが無い。
せっかく一仕事を終え、全力で警察を巻いて帰って来たのにパケが無い。
いつだ?どこだ?などと服のポケットを全てひっくり返しても頭の隅から隅までほじくっても出てこない思い出せない。
外ではこんな時なのにさっきのカラスみたいな乞食が動物の様な声をあげうるさいので窓を開けて怒ろうかとするとこの部屋に向かって走って来てるではないか!
何故追って来たのかわからないから焦った。
ジュースの御礼でカラスの恩返しにでも来たのか?
アパートの街灯の下に来た時、その手にパケを持っている事に気付いた。
さっきジュースをあげた時に落としていたのか…
どうすればいい?この状況はどうするのが最善なんだ?
このカラスはパケの中身がドラッグだとしっているのか?
それとも本当に拾った物を届けに来てるのか?
そう考えている間に階段を上り切って目の前にいた。
整理がつかないままパケを受け取るとカラスは帰ろうとしたがその手を掴み部屋の中に入れた。
何故ならばゴミ置き場におばちゃんが仁王立ちしその視線の先の方からパトカーの赤い光が近づいて来るのが見えたからだった。
カラスは猫の様に目をまん丸くしてこちらを見ている。
ソファーに半ば無理やり座らせて冷蔵庫の中からおにぎりやサンドイッチを取り出し与えた。
パケを届けてくれた御礼ではなくパトカーとおばちゃんが去るまではここに居てもらわなければ困るだけ。
さて、どうやってカラスの口止めをしようか、いや、パケの中身の存在を本当に知っているのか。
もしかしてわかっていてゆすりにきたのか。 いろいろ頭の中を想像が駆け巡っているとあっという間に食事を終えたカラスがこちらを見ている。
ちくしょうまだ対処法が思い付いていない。
ほぼ無意識にシャワーを出し無理やり風呂場に突っ込んで“行水”させた。
確かに意識してしまうほどの悪臭だった。
この間に考えなければと思いながら手は勝手にやかんでお湯を沸かしカップラーメンのもてなしの準備をしている自分に腹が立って来た。
カラスは話せるのか?
風呂場の扉の外から「おい」と声をかけてみるとカラスは扉を開けた。
着衣のまま泡だらけになりはしゃいでいる姿は悔しい事に愛らしい少年のままだった。
服を脱げとゼスチャー付きで話しかけると何の疑いもなく脱いだのでシャンプーとリンスとボディーソープの順番を教えた。
自分は何をやっているんだ…
そう思いながら少し笑みが溢れている事を湯気の先にあるバスミラーに映った自分を見て確認した。
カラスがシャンプーの泡で遊んでいる間に浴槽にお湯を溜めそこで遊ばせ時間を稼ぐ事にした。
外を確認するとまだおばちゃんが警察二人にぎゃーぎゃー騒いでいる。
煙草に火をつけひと吹きするとニヤニヤがクレッシェンドし笑えて来た。
風呂場できゃっきゃする声を聞きながら食事の準備をしている新婚妻の気分を味わっている気がしていたからだ。
どんどん面白くなって来て沸いた風呂に発泡性の入浴剤を投げ入れてやる。
ほら見ろ、見る見る泡立ち気泡が弾けながら変色していく様に想像通り大興奮では無いか。
久々に笑った。
なんだこの時間は…
この時、カラスは多分ドラッグの事をわかっていないと判断した。
面白くなってしまった感情と共にカラスの存在に興味が湧いている。
それは父性では無くもしかして“自分より悲痛”な少年だと判断したからなのかも知れない。
ぴぃーっと鳴るやかんが時間の経過を知らせて来たので火を切り風呂場を覗くとカラスはにこにこしながら大人しく湯に浸かっていた。
バスタオルを準備し身体を拭く様に指示しカップラーメンにお湯を注ぎ三分と言う時間を待つ。
自分の着ている洋服で一番小さな物を探し、タンクトップと短パンを着させた。
まだ匂うが取り敢えずラーメンを食べさせようとすると突き返して来た。
“腹がいっぱいになったのか”と尋ねると首を振りこちらを指差し“食べて”とゼスチャーし返して来たので思わず笑ってしまった。
まさか乞食に同情されるとは誰が思うだろう。
“お腹いっぱいで要らない”と見せると嬉しそうに手前に寄せラーメンを抱えて食べ始めた。
それを見ながらビールを飲み煙草を吸っている。
この日、何かが心の奥底で動いた気がした…
カラス @MurayoshiHitoki
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