第2話 涼ちゃん

「こんにちは、初めまして。今日はお招きいただいてありがとうございます」


「こちらこそ。綾乃が本当にお世話になったそうで、本当にありがとう。遠いところわざわざ来てくれてごめんね」


 同士が挨拶を交わすのを綾乃は不思議な気持ちで見ている。考えてみたら、自分を抱いた男性をこの部屋に呼ぶのは初めてのことだ。そして、以前に一樹と亮介と3人で暮らしていた頃を思い出したのだった。


「涼介ちゃん、コーヒーだけどいいかな。 砂糖とミルクは?」


「両方いただきます」


「なんか俺に聞かれてるような気がして紛らわしいな」


「ほんとね。呼び方考えたほうがいいかも。涼ちゃんとかどう?」


「はい、そう呼ばれたことあるので大丈夫です」


「俺は?」


「亮介でいいでしょ。亮介ちゃんって呼ぶこともあるけど」


 返事をしなかったので少しねているように見えなくもないが、亮介はそのまま涼介に話しかけた。


「いろいろ綾乃から涼介君のことは聞かせてもらったし、綾乃から俺たち夫婦のことも聞いてると思う」


「はい。びっくりしました」


「だよね。俺と綾乃はそんなびっくり夫婦なんだけど、いろんな人たちと出会いがある中で、綾乃の君についての思い入れとか、君について話をしている時の表情とかが他と違うというか、あ、いや全然怒ったりしているわけではないから安心してほしいんだけどね、俺ってそういう趣味だしね(笑)、えっと、その秘密というか理由を知りたいなぁと思って今日は来てもらったというわけなんだ」


 テーブルの上のコーヒーをカップを両手で握り、頷きながら亮介の話を聞いていた涼介は、ゆっくりと口を開けた。


「先週土曜日の今頃だったと思うんですが、山の頂上を散歩していた時に綾乃さんを見かけたんです。綺麗な人がいるなって思ったんですが、ナンパなんてしたこともないし勇気もありませんでしたからそのまま何もできず……。下見も終えたことだし帰ろうとしていたんですよね」


「そうだったんだ」


「はい。そうしたら近くにいた女性が倒れて、びっくりして固まってしまって、どうしようか迷っていたら綾乃さんがその人を介抱していて……」


「あたしが声をかけたのよね」


「そうです。そこからはもうご存知ですよね?」


「うん。聞いてる。しかしナンパしたことなかったのは意外だったなぁ」


「自分でも驚きです。お土産屋で再会したから運命感じちゃって思い切れたのかもしれません」


「なるほどね。これもご縁だね。じゃ、綾乃の他のどんなところがいいと思ったの?」


「たくさんあります。まず何と言っても、あの女性を迷わず助けに行くところは忘れられないです。しかも周囲の状況を判断しながらテキパキと……。すごくかっこよかったです」


「わかる! 度胸のある女性ってセクシーだよね。そういえば何でそんないろいろできたの?」


「昔、会社の研修の一環で訓練みたいなのがあってね。で、代表というか実践をみんなの前でやらされたんだけど、それをなんとなく覚えてたの」


 「そうだったんですか。女性のああいう姿を見たのは初めてだったので感動しました。たぶんその頃にはもう惚れてたんだと思います」


「俺もちょっと言っていい? 綾乃の自慢話なんだけどさ、初めて混浴温泉に行った時の話でね」


 スイッチの入った亮介は綾乃の好きなところの話題でと盛り上がっていくのだった。悪い気はしないが、自分のことがずっと褒められる場に居るのはちょっとくすぐったい。綾乃は席を外すためにコンビニまで全員のアイスを買いに行くことにした。



 

「いってきまーす」

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