第46話 いざ魔界へ

 キサメは悪魔と戦ったのは今回が初めてだった。前に一度「夢見のダンジョン」で遭遇しているがその時は本当に手も足も出なかった。


 いや、それ以前にその悪魔によって召喚された魔物達にすら及ばなかった。


 これでも私達は「勇者」なのかと歯がゆい思いと悔しい思いをした。


 元々武術家の家に育ったキサメだ。その思いは他のクラスメイト達よりも強かったのかも知れない。


 だからこそ、これではいけないと思いキサメは自分一人で修業の旅に出たのだ。


 教会の意向や目的がどうあれ、キサメは武術家としての血が自分の弱さを許せなかったのだろう。


 そして世間はやはり広かった。教会から差し向けられた刺客にすら遅れを取りもう少しで死ぬ所だった。


 そして死にかけていたキサメを救ってくれたビーもまた自分よりも強いと思った。


 だからこそキサメは強さを渇望した。それは自分の為だけではない。勇者としての目的を達成する為にも今のままではだめだと思ったからだ。


 そしてそこに現れたのがあの「夢見のダンジョン」で見た途方もない強さを持った冒険者だった。


 キサメは思った。もうこの人しかない。自分を高みに導いてくれるのはこの人しかいないと。


 例え断られてもついて行く覚悟で教えを請うた。すると不思議な事にその冒険者は承諾してくれた。


 ただし条件があった。それはこの町のダンジョンの30階層まで一人で辿り着けと言うものだった。


 初めはキサメも楽観視していた。普通のダンジョンなら今の自分の力で踏破出来ない事はないと。


 そして29階層までは順調に進んだ。魔物も問題なく倒す事が出来た。むしろキサメには弱過ぎる位だった。


 しかし30階層に来てその様相の全てが変わった。それはただ単に魔物が強くなったと言う事ではなかった。


 この程度の魔物ならまだ十分戦える。しかしこの階層を取り巻く空気そのものが違っていた。


 ともかく息苦しい。普通の冒険者なら片時も持たないだろう。Aランクですら数十分と言った所か。


「何なんだここは」


 そう思ってると向こうで魔物と戦ってる冒険者を見た。まさかこんな条件の所で戦える冒険者がいるとは夢にも思わなかった。


 そしてその冒険者を見て理解した。確かにこの人なら戦えるだろう。それも苦も無く。


 その冒険者は戦いながらキサメの方に来てこう言った。


「この魔物を倒してみせろ」と。そうか、これが私に対する試験なのだと理解した。


 こんな物すら倒せない様では、あの技を身に着ける資格はないと言う事かとキサメは理解した。


 相手はかって苦戦した、いや殺されかけた超Aランクの魔物オーガキングだった。


 しかしキサメもまたあの時のキサメではなかった。それなりに修練し腕を上げていた。


 それはディーに教えられた技だった。まだ完全ではないがそれなりに自分の物にしていた。


 そして遂にキサメはそのオーガキングを倒してこの冒険者ナナシの眼鏡に叶ったようだ。


 それからはこのダンジョン内のこの環境の中で過酷な修業が始まった。騎士団でもこんな訓練はしないだろうと思われる厳しいものだった。


 しかしナナシは言った。私の受けた修業はこんなものではなかったと。


 一体この人は誰にどのような修業を受けたのか。


 しかしそれは最後まで語られる事はなかった。


 そして33階層で悪魔に出会った。正直キサメは驚いた。まさか悪魔がこの世界に出てきているとは。


 しかも2体も。更には34階層で3体の悪魔が待っていた。


 今度の悪魔は前の悪魔よりも強かった。一番強いのが上級悪魔だと言うらしい。


 しかしおかしい。それほど脅威を感じないのは何故かとキサメは思っていた。


 それはキサメ自身がナナシの修業によって更に強くなっていたとは思わなかったのだろう。


 驚きはこれだけではなかった。この3体の悪魔を倒したナナシはこの先の魔界に行くと言い出した。


 それはいくら何でも無謀過ぎる。魔界がどんな所かそれすらわからない。


 しかも魔界には上級悪魔を上回る更に強い悪魔が何体もいると言う。


 そんな者達を相手にどう戦うと言うのか。いや、それ以前に魔界でどうやって自分の身を守ればいい。それが先決問題だった。


 悪魔の世界に人間の姿で現れたらそれだけで殺害対象になってしまう。


 ナナシは大丈夫だと言って幻影魔法で悪魔に化けた。しかしキサメは魔法が使えない。だから彼女は悪魔に化ける事が出来なかった。


 そこでナナシは何処からかドクロの仮面を取り出してそこに小さな角を付けてキサメに被らさせた。


 これで表面上は何とか誤魔化せるだろう。そしてナナシは更に自分達に鑑定阻害魔法を施した。


 これで例え相手が鑑定眼を持っていても素性を見抜く事は出来ないだろう。


 ナナシのこの魔法を突破するにはこちらの世界で言うSランク以上の力がいる。それは魔界将軍レベルでも難しいだろう。


 そこまで準備して遂にナナシ達は魔界に乗り込んだ。


 魔界側では悪魔の魔導士達が魔素球の管理をしていた。彼らはそこに現れたナナシ達を見て驚いたようだ。


「おい、お前達は何をしている。帰って来ていいと言う指示はまだ出てないぞ」

「お前達は上級悪魔クレゲントの配下の者だろう。クレゲントはどうした。いや待て、お前達の様な者がクレゲントの配下にいたか?」


 そう言った途端二人の魔導士の首は飛んでいた。即死だ。


 流石のキサメもこれには驚いた。この世界は「弱肉強食」だとはわかっている。


 しかしそれでも自分と同じようなヒューマン型の相手を殺すのはまだ少し気が引ける。


 ディーにも言われた。人を殺せない様ではこの世界では生き残れないと。


 そしてディーと共に冒険をして野盗や盗賊の類と戦って少しは人も殺した。


 しかしその心の反動は酷かった。初めての時などは吐きまくってしばらくは食べ物が喉を通らなかったくらいだ。


 無理もないだろう。殺し合いとは無縁ののどかで能天気な日本と言う国から来たのだ。そうなっても当たり前だろう。


 しかしこの世界ではそれでは通らないのだ。自分の命は自分の手で守らないと命はない。ここはまるで戦場と同じだ。


 それに比べてこのナナシはどうだ。全く意に介してはいない。まるで仕事を片付ける様に簡単に殺してしまう。


 それは相手が悪魔だからだろうか。これがもし人間ならどうだろう。


 いや、それでも彼女なら躊躇することなく殺すだろうと思った。


 しかしそれは殺人鬼とは少し違う感じがする。感情を挟まない純粋な殺人マシン。必要なら殺すが必要でないなら殺さない。そんな感じだ。


 ナナシ達は魔素球が配置された魔界の荒野から町に向かって歩き出した。


 その間に幾多の魔物達に襲われた。こちらの世界の魔物達よりも多少は強いようだがそれでもナナシ達の敵ではなかった。


 その全てを殲滅して一つの町の防壁の前に辿り着いた。当然この防壁の前には門番兵がいた。


 ただナナシは倒した魔導士のマントと首からぶら下げていたペンダントを奪っていた。


 それを見た門番は「魔導士様でございましたか」とすんなりと中に通してくれた。


 この世界でも魔導士はやはり特別な地位にいるようだとキサメは思った。


 町の中はこちらの世界の町よりは少し雑だがそれでも商店の様な物もあるし悪魔達も多く行き来し、兵士の様な者達も通りを闊歩していた。


 魔界と言っても中は我々の世界とよく似ているのだなとキサメは思った。


 ただ違うのはそこに行き交う一人一人の魔力値がヒューマンよりも高いと言う事だ。


 なるほどこれでは戦争になるとヒューマンは苦労しそうだなとキサメは思った。


 ナナシはキサメを連れて一軒のバーに入って行った。そう言う所の方が情報が拾いやすいと言う事をナナシは経験から知っていた。


 ここで得られた情報はここが南地区と呼ばれる所で魔王が復活して人間界に侵攻するのも真近いだろうと言う事だった。


 これは予想外の事であり人間界に取っては由々しき事だ。まさかもう魔王が復活していたとは。


 まだもう少し時間がかかると思っていたが予定が狂ったとキサメは思った。


 道理で悪魔がダンジョンに頻繁に現れる訳だ。戦争の下準備か。


 これはキサメに取っては重要な問題だった。自分達勇者は魔王を倒す為に異世界から召喚された。


 しかし私の力はそれに足りているのか。もし今魔王と戦ったら本当に魔王を倒せるだろうかと思った。


 無理だ。今の私ではまだこのナナシさんの足元にすら及ばない。そんな力で魔王に勝てる訳がない。


 キサメはそんな事を思っていた。

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