第23話 夢見のダンジョン

 聖都から東に10日ほど言った所に少しレベルの高いダンジョンがあった。ここは皆「夢見のダンジョン」と呼んでいた。


 何故「夢見のダンジョン」と言うかと言うと人は一攫千金を夢見てこのダンジョンに入るが、そんな者に限って誰も戻っては来ないと言われている。だから「夢見のダンジョン」なのだと。


 5人の勇者達はバルツ枢機卿に言われて能力向上の為にこのダンジョンでの特訓を要請された。これも今後の事を考えての事だと言われて。


 魔王を倒すのは当然の事として、獣人にすら後れを取る様では話にならないとはっぱをかけられたのだ。


 この行軍の責任者は護神教会騎士団団長ハルメルだった。ハルメルは強い。今でもまだ隙があれば勇者と言えども追い込まれる技量を持っていた。


 しかしそれでも4代前の護神教会騎士団団長には遠く及ばないと言っていた。


 では今の我々がその人と戦ったらどうなるかと長谷川が聞いたら、今の貴方達ではまだまだ足元にも及ばないだろうと言われてしまった。


『そんなバケモノが本当にいるのかよ』と全員が思っていた。


 しかし吉村を素手で倒せる獣人の少女がいる以上あながち嘘とも思えなかった。


 要は誰よりも強くなればいいのだろうと彼らは自分自身に言い聞かせていた。


 流石に馬車で10日も来るとこの辺りは聖都とは比べ物にならない程田舎になって来る。


 しかしここにも冒険者ギルドはある。むしろ冒険者ギルドだけに関して言えば聖都のギルドよりも繁盛している位だった。


 それはそこにダンジョンがあるからだ。冒険者は誰しもダンジョンに夢をる。そこで取れる数々の魔石にドロップアイテムから出て来る高価な遺物。


 どれ一つ取っても一攫千金の元だ。誰だってここで一旗揚げようと思うものだ。ただしそこにはリスクもあれば罠もある。


 ここで命を落とす者も少なくないと言う事だ。それでも人は夢を諦め切れない。つまりは人の欲だ。


 勇者様御一行はこの町、ユレインで一応高級とされる宿屋に部屋を取った。


勿論聖都の宿屋から見れば月とスッポンの様な所だが、皆ここからのし上って行く事を夢見ているのだ。


 その日の夜はこの町でも旨いと評判の店に夕食に出かけた。


 そこは確かに評判だけあって結構混んでいた。


 先行した騎士達が勇者様のご到着だ皆席を開けろと怒鳴っていた。


 王様や貴族でもないのにこの横暴な程度は少しおかしいだろうに、勇者の中からも周りからも誰もそれはよくないと言う者はいなかった。


 勇者達は恐らく今までの扱いでそれが当たり前だと思っていたのだろう。困った勇者様だ。しかしそれをとがめる者は誰もいなかった。


 中央の席を開けさせて勇者達が席に着いた時に「勇者様ってそんなに偉いんですかね」と言った者がいた。


「何だと、勇者様に向かってその口の利き方は何だ」

「勇者様が偉いと言われるのは魔王を倒した後の事じゃないのか。今の勇者は我々と何処が違う」


 そう言って一人の冒険者が席を立ち出て行こうとしていた。


 その冒険者は細身で少し落ちぶれた感じで腰には細身の剣を差し、顔はフードで隠していた。声が少ししわがれた感じで男とも女とも想像がつき難かった。


「貴様、無礼にも程がある。謝れ」


 そう言って騎士がその冒険者の肩を掴もうとした時、伸ばされた冒険者の左手の拳が騎士の胸にあてがわれ、そのまま騎士は反対側の壁まで吹き飛ばされた。


 そしてその冒険者はそのまま姿を消した。


 ただその状況を理解出来た者は誰もいなかった。あの冒険者が何をしたのか。


 殴った訳ではない。何かの武器で突いた訳でもない。なのにその騎士は吹き飛ばされ、しばらく立ち上がって来る事が出来なかった。


「おい、佐川、樹雨。あいつは何をしたんだ。俺には何も見えなかったぞ」


 佐川も樹雨も共に格闘技や武術に馴染みがある。


「分かんなかったよ俺には。樹雨、お前何か分かったか」

「私にもはっきりとは、でもあれはもしかしたら」

「もしかしたら何だ」

「発勁かも」

「何、発勁だ。おいおい、ブルース・リーかよ」

「そじゃー佐川君にあの真似が出来ますか」

「そ、それは・・・無理だな」


 一瞬にして相手を行動不能にしてしまう技。あれは一体何なのかとキサメは思っていた。


 そしてそれを使える者の力量を考えていた。もしかしたら私達よりも上かもと。


「まぁまぁ今晩は前夜祭だ。みんな食って飲もう」


 分隊長の音頭で夕餉の会が始まった。その時団長のハルメルは何か思案気にしていた。


 翌日から勇者達のダンジョン攻略が始まった。この日は勇者の姿を一目見ようと近隣から人が集まっていた。


 ダンジョンの中でも勇者の後をゾロゾロとついて来る冒険者が多くいた。


 勇者が魔物相手にどんな戦い方をするのか一目見ようと言う所だろう。


 勇者達もダンジョンを攻略するのは今回が初めてではない。以前にもやっている。だから緊張はなかった。


 それに初段階、中段階の魔物では相手にもならなかった。ただ30階辺りからそこそこに強い魔物が出だした。


 ランクで言えばDからCと言う辺りか。この辺になるとついて来る冒険者の数も大分減った。


 流石にCクラスとなると冒険者も自分の命が惜しくなる。ましてBクラスともなると勇者達ですら手間取る事になっていた。


 更に進むとここから先は危険度Aランクだ。Aクラスの魔物も出だして来た。


 現在の位置は第45階層だ。ここから先が「夢見るダンジョン」と言われる所以の場所だった。


 倒せは大きな収益に繋がるがそれだけ自分の命も危険に晒される。


 それでも流石は勇者達だ。果敢に攻めていた。


「よーこの辺りで少し休憩を入れようか」と今ではリーダー格の長谷川が皆に言った。


「そうだな、そうしようぜ」と立木が答えた。


 こんなダンジョンでも休める所はある。そこに陣取ってポーションを飲み英気を養っていた。


 すると何処からか変な匂いがして来た。これは魔物の匂いではない。まして何かを焼いている様な匂いでもない。


 ただ空気その物に匂いが付いて来たと言うか。少しずつ息をするのが苦しくなって来る感じだ。


 まだ勇者達なら何とか持っているが、遂行の騎士達では動く事すらままならなくなってきていた。


「おい、皆撤退だ。この空気はおかしい。毒かも知れない」

「おやおや、もう撤退かね、勇者様方」

「誰だ」

「この空気こそ魔界の空気その物なんですよ。魔瘴気と言いましてね。そんな事では魔界には攻め込めませんよ」

「ま、魔界だって。お前は悪魔なのか」


「はい、私はグリーンメイルと言う者です」

「グリーンメイルだと。悪魔か、なら成敗してやる」

「出来ますかね、貴方達に」


 その悪魔は片腕だった。組し易しと見た立木が切って出た。


 立木は剣道部の主将だった。しかも神からギフトを貰っている。彼の剣技は今や聖教徒法国随一とまで言われていた。


 その立木の剣技を持ってしてもこの悪魔を倒せないでいた。


「まぁそこそこにはやる様ですが、これでは前の勇者の方が強かったかも知れませんね」

「前の勇者とはどう言う事だ」

「貴方達の先代の勇者の事ですよ。あれはもう100年以上も前になりますかね」


「100年以上前にも私達の他に勇者がいたと言うのですか」

「ええ、いましたね。確か4人でしたか。二人はAクラスの魔物にも勝てなかったですね。そして残りの一人は引き分けかな?後一人のみが勝ったようですがね」


「魔物に負けたと言うのですか」

「そうですよ。貴方達の実力とは所詮その程度の物でしょう。私にすら届きませんよ。それで魔王様を倒すと言うのですか。肩腹痛いですね」

「おい、皆でこいつを倒すぞ」

「では前回の続きと行きましょうか」


 そう言ってその悪魔は5体の魔物を引き出した。ケロべロス、フェルリン、岩竜、サイクロプス、オーガキングだった。


 どれもこれも特Aクラス、Sクラスにも届くと言う様な魔物達だった。


 それぞれの魔物達に襲われた勇者達はタジタジだった。命がある方が不思議。そんな戦いだった。


 その間隙を縫って立木一人が今度こそと一刀のもとにと袈裟懸けに切り付けて行った。


 しかしその悪魔は何と立木の剣を片手で握り止めそのまま圧し折ってしまった。そして間髪を入れずに長爪で立木の首を掻き切った。


 コロリと立木の首が体から転げ落ちた。それを見た長谷川も佐川も黒澤も震えがこみあげて嗚咽していた。


 ただ一人樹雨のみがその悪魔を見据えていた。


 正直もう絶体絶命だった。この状況を奪還する方法は何もなかった。


 しかしその時一人の冒険者が彼らの前を通り過ぎようとしていた。


 そして『邪魔』と言って5体の魔物を一瞬にして破壊してしまった。その冒険者が触れた所から爆発が起こり、魔物達は爆散した。


「な、何です貴方は。私の魔物達を一瞬で殲滅するなんて。貴方は人間ですか、それともバケモノですか」

「私の薬草採取の邪魔になる」

「何ですって、薬草採取ですって、こんなとこで薬草採取する者がいる訳ないでしょう。ここは危険度Aランクの階層なんですよ」

「ここでしか取れない薬草もある」


「もう許しません。ヒューマンの分際で。私が殺してその魂をいただきましょう」


 そう言って襲って来た悪魔を一刀の元に唐竹割にした。頭の天辺から股先まで綺麗に真っ二つに切り裂いていた。


 上位悪魔ならこれでも復元するのもだが、流石に復元出来ずに霧となって消え去ってしまった。


 そしてその冒険者は何事もなかったように歩き去って行った。


 その冒険者こそ昨日騎士を弾き飛ばした冒険者だと気づいた時にはもう何処にもいなかった。


 その力は天と地、今の勇者達とは雲泥の差があった。大人と子供の喧嘩にすらならないだろう。


 残った4人の勇者達は命が助かった事も忘れてただただ唖然としていた。


 随行の騎士達は魔物の魔圧に当てられて8割方が死んでいた。生き残ったのは団長のハルメルと部隊長のクルエルだけだった。それも辛うじてだ。


 それはもう夢を見てるような感じだった。ただ樹雨の目とハルメルの目だけが何処か違う所を見ていた。


 その後死んだ立木をストーレッジに隠し、勇者達は人目を避けて一路聖都に向かった。


 聖都ではその報告を受けて教会No2のバルツ枢機卿は途方もなく落胆していた。


 一つには大事な戦力を失った痛手もあるが、悪魔どころか魔物にすら勝てない勇者に腹さえ立てていた。


 そしてそれと同時に暗部に対しその冒険者の身元を探れと指示を出していた。


「ともかく勇者の皆さんには今以上の修練をお願いいたします」と言ってその場を去った。


 長谷川達もバルツ枢機卿がかなり怒ってるだろうなとは推測出来ていた。何しろここでは衣食住から全てを無料で面倒を見てもらっているのだ。自分達に出来る事は期待に応えるしかない事位は分かっていた。


 そんな時樹雨がここを抜けると言い出した。


「樹雨、どう言う事だよ、それは」

「私は私なりの方法で強さを求めたいと思いますので武者修行に出ます」

「おいおい、冗談だろう。ここを出てどうして生活して行く気だ」

「その時はその時です」

「しかしなーここの人達がそれを許してくれるかどうか」

「明日、誠心誠意に話してみます」


 樹雨はこの時自分の力の限界を感じていた。あの悪魔どころあの5体の魔物のどの一体にすら満足に勝てなかった自分に。


 だからこそこことはまた別の所で別の方法で鍛えなければならないと考えていた。


「あのさー俺も抜けさせてもらうわ」

「佐川、何言ってるんだよ、お前まで」

「俺さ、まだ死にたくないんだよ。ここに居たら殺されちゃうんじゃないのか」

「そんな事ないって、俺達が強くなれば済む事じゃないか」


 しかし佐川の意識は元々そこにはなかった。むしろ死んだ吉村の意識に近かったかも知れない。



「それで立木みたいになれってか。もう嫌なんだよこんなの。俺さ、ここで良い思いが出来ると思ったから今まで我慢して来たけど、これってなに人殺しの世界じゃん。殺すのはいいけどさ、殺されるのはまっぴらだよ」

「おい、佐川。それはちょっと」


 ゼロが危惧していた想像が当たっていたと言う事だろう。

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