第4話 裏東京

 暁律は夜の闇に包まれた街を歩きながら、黒井が残した意志を胸に、復讐の道を進む覚悟を固めた。黒井の命を無駄にしないため、自らの手で全てを清算しようと決意した。

 まずは情報を集める必要があると考えた。組織の構造、工作員の配置、そして黒井を殺した組織の正体……暁律には圧倒的な情報不足が課題だった。

彼女は情報を探しに裏東京と呼ばれる場所向かった。

「……おい嬢ちゃん。その先は裏東京だぜ。帰りな」

 先頭の男が言った。彼はタバコを咥えながら、ニヤついた表情で暁律を見下ろしている。背後には、似たような風貌の男たちが控え、路地を完全に塞いでいた。

「これで見逃してくれる?」

 耳につけたピアスを外すと、タバコを咥えた男はそれを品定めすると、手にしたピアスをポケットに滑りこませた。

「……死んでも知らんぞ。早く通りな」


 荒れた裏東京の路地を歩いていた。どこまでも続く薄暗い道には、不快な臭いが漂い、壁には無秩序に描かれた落書きが広がっていた。

 時折聞こえる笑い声や不気味な足音が、彼女を取り囲む闇の一部となっている。

 大通りには人通りが絶えず、雑多な喧騒が響いていた。

 ネオンライトがまばゆい光を放ちながら、怪しげな看板が並ぶその光景は、裏東京特有の混沌をそのまま映し出している。通りを行き交うのは、顔を隠すようにフードを深く被った者や、怪しげな品を抱えた商人風の男たち。

 まるでこの街全体が影と取引の温床のようだった。


 暁律が歩く路地の片隅には、数人の浮浪者が座り込んでいる。彼らは汚れた毛布に身を包み、寒さをしのぐように肩を寄せ合っていた。一人がじっと暁律を見つめると、くしゃくしゃの顔をわずかに歪めて声をかけてきた。

 「……嬢ちゃん、目的はなにか知らないが、こんなところくるもんじゃない」

 その声は、警告と憐れみが入り混じっているようだった。

 しかし、暁律は立ち止まることなく、一瞥を与えるだけで歩みを続けた。

 通りを進むたびに、周囲の視線が集まるのを感じた。流し目を向ける者、遠くから様子を伺う者、あからさまに敵意を滲ませる者――この街の住人たちは、どこかしら危険な匂いをまとっている。

「……覚悟はしてる」

 と、自分に言い聞かせるように呟き、暁律はコートの襟を少しだけ引き上げた。

 暁律が歩いていると後ろから声をかけられた。


「なんだお前は?こんなところになんの用だ」

 暁律は立ち止まり動じることなく、低い声で答えた。

「私は情報が欲しくて来ただけ。あなたなんかに用はないわ」

 と、暁律は冷ややかな声で答えた。その瞳には一切の恐れも迷いも感じられなかった。

「……まぁまて」

 男は手を軽く上げて制するような仕草を見せながら、ニヤリと笑みを浮かべた。その声には威圧感を含みつつも、どこか探るような余裕が感じられる。

 暁律は足を止めたまま、冷ややかな目線を男に向けた。

「何が言いたいの?」

「この街では『用がないじゃ済まない』んだよ。関わり会いたく無いなら出て行きな」

 男は薄笑いを浮かべながら、どこか挑発的な口調で言い放った。その目には、暁律を試すような色が見て取れた。

 暁律は一瞬だけその言葉を飲み込み、冷静に答えた。

「残念だけど、私はこの街を出るつもりはない。必要なものを手に入れるまではね」

 男は肩をすくめ、鼻で笑った。

「この裏東京はお前みたいな奴が長く居座れる場所じゃねえぞ。ここじゃ誰もが何かを奪い合う。それを覚悟してんのか?」

 暁律は短く頷いた。

「いいだろう。お前が探してる情報屋とかいう偏屈野郎は、裏東京のD3地区に住んでる」

「D3地区ね。ありがとう」

 暁律はその言葉を口の中で反芻しながら、小さく頷いた。

「心配しなくていいわ」

 と、暁律は短く返した。

 暁律は男の言葉を耳にしながらも、振り返らなかった。

 男は肩をすくめ、少し嘲るような声で続けた。

「あそこは裏東京の人間でも滅多に寄り付かねぇ場所だ。気をつけるんだな」

 その声には警告というよりも、暁律がどうなるか見物だという含みがあった。

「心配はいらないわ」と暁律は冷静に返し、その場を離れようと再び歩き出した。

 背後で男が呟くように笑い声を漏らしていたが、暁律は気にも留めなかった。

 彼女の心は既にD3地区に向いており、そこに待つ情報屋から組織の足跡を追うための手がかりを得ることだけを考えていた。


 ───D3地区。この街でもっとも荒れたエリア。そこには、彼女が求める真実と、新たな危険が待ち受けていることを暁律は理解していた。それでも、彼女の足は迷いなくその方向へ向かっていた。

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