自作解題
本作は、互いの関係を直ちには読み取れない8つの断章から構成される。これは、本作品の制作に用いた確率的円城塔模倣機関(円城塔LLM)が1000字以上の出力を極端に苦手としていることを直接の原因としている一方、作品全体として円城塔作品らしくなるように意図して構成したものでもある。円城塔は、「パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語」や『Self-Reference ENGINE』、あるいは『Boy's Surface』や『文字渦』のように、フラッシュフィクションを積み重ねて短編を、短編を積み重ねて長編を構成する作家である。この積層型構造を再現することに加えて、作品自体がその作品がどのようにして生成されたのか、どのようにして振る舞うのかを自ら記述するという自己言及構造も採用し、文体・論理・数理のいずれについても円城塔らしくなるよう努めている。
なお、本作の制作に用いた確率的円城塔模倣機関は、私が合法的に自作したものである。作成方法の詳細については、下村思游「円城塔のローラ:Apple silicon専用機械学習フレームワークを用いた円城塔LLMの開発と運用」を参照されたい。
最初に完成した部分原稿は、Ⅶ「あなたにお会いできなくなってから」で、2024年12月3日の生成である。これは、円城塔らしくない文字列をpromptとして用いる、最初期の試験運用の結果を流用したもの。この部分原稿が円城塔ではないのは明白なのだが、円城塔の確率モデルに従いつつも多義的な読みを許す円城塔らしくない文章として、あまりにもよくできている。この部分原稿を元に、本作は生成された。
明らかに内ポケットには入りえないものが内ポケットから見つかるというオチは、ミルクボーイの漫才のつかみに通じるものがある。また、オチで物語の矢印が急にこちらを向く様は、小松左京や筒井康隆が用いてきた、日本SFにおける古典的なオチである。無論、さらに遡ればH・P・ラヴクラフト「ダゴン」などが挙げられる。
なお、本部分原稿で修正したのは真に意味不明な発話一箇所だけで、それ以外は全く修正していない。
Ⅱ「化石」が12月9日生成。初期円城塔が頻繁に用いていた、一見矛盾しているが実は真理であるというような疑わしい命題をpromptとして用いる試験運用の結果を流用したもの。ここで用いられているpromptは、最初のテスト運用で試した文字列のひとつ。
本部分原稿において、私は、円城塔らしくはあるが円城塔が使わないような私独自の執着を導入している。すなわち、目の前の現象から、それを可能にする法則を再構成すること。この執着は、私がかつて専門としていた素粒子物理学が依拠せざるをえない観察体系であり、私が円城塔作品を研究する際の指導原理であり、観察対象の法則を正確に記述することを試みる物理学という体系が依拠する本質のひとつである。もちろん、円城塔も物理学を背景とするのだが、円城塔が依拠するのは系全体の振舞いを統計的に捉えようとする複雑系であり、私が依拠するのはたった1つの素粒子について7桁や9桁の精度を要求する素粒子物理である。
詳しくは後述するが、確率的円城塔模倣機関は、数理と論理を扱えないことを弱点としている。本部分原稿では、この数理と論理を補うことを目標とし、意味不明な箇所の論理がある程度通るようにいくつかの修正を加えている。しかしながら、論理の補強にも限度があったこと、またオチにおいて円城塔らしからぬ視覚的かつ多義的な十字架というイコンが登場していたことから、このイコンを活かして抽象的な結末を迎えることを狙って、あえて論理をやや不完全なままに留めることにした。
Ⅴ「無限猿」が1月7日生成。前2作と間が空いているのは、年末の繁忙期で思うように研究時間が取れなかったことと、良質な出力の確保に苦戦していたことによる。しかしながら、これによって以下のような特徴を確認することが出来た:特徴的な語彙を出力に含めるとその出力を極端に多用する、「」で名詞を括ったものを極端に多用する、1000字以降に同語反復が顕著に見られる、後半は極端な同語反復による破綻が多発する、数理と論理が明確に欠如している、場面転換を行うことが出来ないなど。これらは(同語反復になるが)確率的円城塔模倣機関が確率的な生成を行うことに起因する。
逆に、本作は、それらの問題点を意図的に利用することを狙って生成された。数理と論理としては数学における無限の猿定理を導入した。無限の猿定理とは、ランダムにタイプライターのキーを叩く猿が無数にいるならば、いずれあらゆる文章は猿が叩くであろうというもので、ボルヘス「バベルの図書館」や円城塔の諸作品に関連する有名な話題である。本部分原稿では、“それ”は猿が叩いた結果ではないという命題が冒頭に置かれているが、これをマスターが即座に否定する。ここで、マスターは“猿がキーボードを適当に叩くとアルファベットの組み合わせと順序が自然に導かれる”と主張し、しかもそのマスターは“COFFEE HOUSE MOUNTAIN GIRLS”のマスターである。つまり、作中の描写から、本部分原稿は猿が叩いたものである可能性が高い。実際、本部分原稿は確率的に生成されており、本部分原稿は猿が叩いたものであるという主張は正しい。ここに、円城塔作品に特徴的な、自己言及構造が自然に現れている(実際には、それが自然に現れるような文字列が出現するまで粘っただけなのだが)。
また、「」で括った文字列が頻出する、後半は極端な同語反復が見られる、といった欠点は、天丼をひたすら繰り返すという手法によって克服されている。このやりとりもなかなか軽妙であり、とても確率的に生成されたものとは思えない。しかしながら、そもそも同語反復の天丼が発生するのはこの確率的円城塔模倣機関が依拠する確率モデルの複雑系に由来しており、本部分原稿は、秀逸なギャグでありながら、そのテクスト自身の文字列の来歴を文字列自身が語るという高度な自己言及構造を備えている。そのテクストを可能にする複雑系の振舞いを自ら記述する本部分原稿は、文学の内部で文学のダイナミクスを表現しており、円城塔の用いる複雑系という数理を再現することに成功している。
さらに、小説における前衛的な手法の前例をいくつか見たい。筒井康隆「繁栄の昭和」は、通常の語りの途中で、突如既に記述した文字列が割り込み、作中時空がフラッシュバックを起こすという手法が用いられている。また筒井康隆「フル・ネルソン」は作品全体が「」で括られた会話文・発語のみから構成されている。本作全体で頻出する、確率的円城塔模倣機関によって生成されたことに起因する奇妙な文字列は、円城塔だけでなく、これら筒井康隆の実験小説を強く連想させる。また、フィリップ・K・ディック『高い城の男』は、実際に易経を用いて確率的に創作されたという逸話が知られている。一度読んだ文字列が素知らぬ顔で再度出現する、あるいは猿が叩いたと思われる文字列が出現するテクストを読んだとき、読者は自身の読み間違えを疑い、作中における現実を疑いつつテクストを読むことになる。この作中の記述に対する不安感や、現実に対する不安感は、ディック作品に特徴的な現実への不安感と共通する。
Ⅷ「変分原理」は同1月7日生成。最後を飾ることを狙って生成させた。生成される小説に数理と論理がないという欠点を補うため、変分原理という物理学の概念をモチーフとした文字列を入力として与え、欲しい表現を備えた出力が得られるまで粘った。始点と終点があればその間に実現される経路はただひとつしかない、というのが変分原理の主張である。本作では、変分原理を導入することで、実現される小説テクストの一意性を命題として掲げる。また、変分原理というモチーフは「託宣」の創作過程で創作過程自体が変分原理っぽいことから連想されたもの。つまり、部分原稿をいくつか生成させて見比べるうちに、各部分原稿が何らかの過程の結節点のようなものに見えてきて、各部分原稿間を埋める論理や物語を無数の差分の中からただひとつに定めていく、という過程が変分原理に酷似しているということによる。すなわち、この変分原理というモチーフは、本作の創作の過程をも象徴するメタ的なモチーフである。
逆に、冒頭で文章は一意であることを主張しつつ、オチで物語自体は無数の差分として広がっていくことを主張する。これは後述のⅢ「反復」を受けたもので、本作が本質的に読みづらく、意味が掴みにくい不明瞭な物語であることから、何度も読み返されて印象が変化するだろうことに賭けて導入したものである。何度か読み返されれば、私が散りばめた論理や数理に気づいて深読みしてくれるものだと期待しているが、新人賞の投稿原稿でこれを期待するのは分の悪い賭けである(私が何も知らない状態でこの作品を読んだなら、執筆意図に気づくことは困難であろうから、読み手側を責めることはしない)。
本当は、このオチは「ムーンシャイン」のように鮮烈な異化作用でカタルシスを解放するもの、あるいは「良い夜を持っている」のような大団円にしたかったのだが、そもそも確率的生成が後半になるにつれて破綻していくという特性をもつため、これを達成することは困難であった。本作が真に円城塔の作品であったなら、ラストシーンの圧倒的なエモさによって全てを押し切っていただろうし、そのエモさを理解するために私のような熱心な読者が執拗に本作の論理と数理を解析していただろう。虫のいい話をするならば、本作のオチが弱いことに引っかかった人が、本作を読み込んでくれるという僅かな希望に縋りたい。
Ⅰ「弁明」は1月8日生成。作中において類似の文字列が反復する例が多く見られ、素で読むと不要な苦痛を読者にもたらすため、これに対する弁明として最初に置くべき小説を狙って生成させた。もしこの作品の作者が円城塔や筒井康隆であったなら、小説の導入部が相当意味不明でも作者への信頼によって読み進めてもらえるだろうが、私にはそのような信頼がないので、このような弁明によって読者の注意を繋ぎ止めることにした。
本部分原稿では、昔話を繰り返し聞かせることで過去を忘れさせないこと、同じ話を繰り返すことで「聞き飽きた」と言われることを目的としているということを明言することで、本作に論理を持たせている、また、読む際の違和感を極力軽減するため、口調の修正や接続詞の除去など、他の部分原稿と比較しても手を加えた箇所が多い。一方で、妙に馴れ馴れしい語り口や、初期円城塔を彷彿とさせるオチによって、緩急のついた文章となっている。
Ⅳ「文字癌」は同1月8日生成。生成される小説に、小説そのもの、文字そのものを語らせる、ということを狙って生成させた。無論、円城塔「文字渦」を目標としており、これは随所に見られる表現から達成されたものと考えている。論理と物語はいいのだが、同語反復が過度に見られたため、添削箇所が一番多くなっている。円城塔らしい文字列を入力に使うことで、効率的な生成に成功した例。
また、ここで文字や言葉が消えるという論理が自然に導入され、Ⅶ「あなたにお会いできなくなってから」において「さよなら」が失われた現象をうまく説明出来た。よって、文字は消えるものだという論理を用いた物語を追加で生成させることにした。無論、この論理からは筒井康隆『残像に口紅を』が連想される。
Ⅲ「反復」も同1月8日生成。連作『文字渦』において、連作全体を貫く論理と問題意識を紹介する「梅枝」と同じ役割を果たす小説を狙って生成させた。本作は、随所に光る表現があるが、基本的に解釈に困る文字列が頻出し、読者が文章を繰り返し読み直すことになるであろうと予想されたため、何度も読み返すことを想定し、“同じ文章を読むことは二度とない”という命題を導入した。この命題は、Ⅷ「変分原理」で導入される小説テクストの一意性と関連しており、両者を合わせることで“小説テクストは一意だが、読み返すごとにそのテクストから読み出される物語は変化し、無数の差分物語を生成する”という拡張命題となる。これは、円城塔が多用する“小説テクストは一意だが、観測者が変化することによって観測結果である物語が変化する”という命題に近いものであり、円城塔が影響を受けていると考えられる伊庭幸人の“無時間の思想”の文芸的変奏でもある。
また、先述の通り、本部分原稿は、Ⅶ「あなたにお会いできなくなってから」において“さようなら”という言葉が失われているという記述があったことから、“さようなら”がまだあった頃の話として設定している。運よく“文章の改変”“文章の選りすぐり”という概念が登場したことから、クライマックスの一部を改変し、確率的円城塔模倣機関の作成にも用いているファインチューニングという機械学習の手法をルビとして挿入することでインパクトを高めた。なお、最後の挨拶の反復は生成された文字列のままである。この部分原稿は極めて完成度が高いのだが、その代わりこの裏には300作以上の失敗作が眠っている。
Ⅵ「帰還」は1月9日生成。論理と数理を導入した作品の比率が高く、Ⅶ「あなたにお会いできなくなってから」のような比較的単純な物語の比率が低かったことから、繋ぎとなるような箸休め的小説を狙って生成した。Ⅶが自分の中に自分以外を見出す話なので、これを補強するため自分と自分以外が混交する物語を選択した。言葉を失うという文言を加えることによって、Ⅳ「文字癌」とⅦの橋渡しをする目的を強化したほか、文法的に意味不明な箇所を改めた。
託宣 下村思游 @ss_scifi
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