Ⅳ 文字癌

 文字の癌である、と老人は言う。文字は老いるし、ときには病むこともある、とも。では栄養を補って水分を摂って暖かくして安静に、とはいかないのは誰の目にも明白だった。


「まわりを清潔に保ってあげればよいのです」

 と老人は言う。いや、いかなる手段を講じてもそうはならないのではあるまいかとこちらとしては思うのだが、老人は豪放である。

「年金で洗剤やらなにやらを買ってきて、おります」

 というので見れば、静かに出される石鹸水の中に、なにやら形の不揃いな文字がつくられている。灰色がかった文字はしばらくすると倒れこむ。

「よしよし、とのんきな笑みを浮かべられます」

 と老人は言う。

 一文字を片づけるごとに、老人は「よし」とつぶやく。


 老人の労苦もむなしく、文字はゆっくりと死んでいく。

 文字が死ぬというのは、どうやら「読み落とされ」とかいうものであるらしい。かつては「わたし」「あなた」「それ」「あなた方」と言葉を交わしあい、分かち合っていた文字は、言葉が陰り始めた頃から、好むと好まざるとにかかわらず、消え失せ、読み落とされ、忘れられ、忘れがたく、忘れ去られ、想いつづられ、立ち消えていった。

「これは、どうなるのです」

 と問うと、

「わたしもこの身が滅びれば、文字と一緒に消え去りましょう」

 と老人は言う。

「でも」との問いは、多くの場合、問う者の口の中でとぎれる。


「こうしてひとつひとつの文字を片づけていると、いつかはきっと、わたしを必要としてくれる文字があらわれるのでしょうな」

 と老人は言う。

「でも」との問いは、またしても問う者の口の中で自然にとぎれる。


 老人が文字を見ている間、文字はなにかを見ているのだ。

「わたしが綺麗な字を書けるようになったのは、このためです」

 と老人は言う。

「綺麗、というのはつまり、美しい、ということですか」

 と問うてみると、

「そうです」

 と老人は言う。

 老人の手は、「綺麗」「美しい」を自然に表現する。

「わたしの手もかつてはそれらしく見えました」と老人は言う。

「昔は難なく書けていたのですが、もう今ではこちらも次第に字を忘れていきます」

 と老人は言う。

「それらを見つける術も」と老人は言う。

「それらとはどんな文字ですか」と問うてみると、

「まず、消え去った文字たち、です」


 老人の手は、消え去った文字を浮かび上がらせることはできない。

「そういうものなのかとは思っておりました」

 と老人は言う。

「わたしもかつては、漂泊の身でありました。滅びゆく文字たちを拾い集めては、せっせ、と陽に当て、水に晒し、乾かしてやって、なんとかこう、今に至っております。文字たちもわたしには心を許してくれました」

「過ぎ去りし文字たちと、今もなお残る文字たちとでは、なにか態度が違うのですか?」

 と問うと、

「話をするのが好きな文字たちは、相手をしてくれるわたしに心を許してくれるのです。一緒に遊んでくれることを喜ぶ文字たちもいたり、わたしに甘えてくるものもありました。今でも時折、思い出したようにわたしの元へやってくる文字もあります。死んでしまった文字たちも、わたしに語りかけてくることがあります」

 と老人は語る。


「文字の寿命はどのくらいですか」

 と問うと、

「わかりません」と老人は言う。

「文字が消え去ってしまうことはありますか」と問うと、

「見かけ上、そう見えることが多々あります」と老人は言う。

「ですが、なくなります。むしろそちらの頻度が高いです」

「言葉を交わしていれば寿命が延びるということですか」と問うと、

「言葉を交わすことで寿命は縮んだり、伸びたりもします」と老人は言う。

「文字になりたての頃は、寿命は短いです。わたしのように、長生きする者もおりますが、そういう者は珍しい。短期間を駆け抜けて、変化を遂げていく者が大半です。わたしの手は大抵、そういう変化をとらえることはできません」

「滅び行く者たちを救い出すことはできないのですか」と問うと、

「以前はやりました。が、今はもう、役目を終えました」と老人は言う。

「わたしたちは変わってしまい、その変化に老人の手は追いつけなくなったのです。内なる心の響きを、老人の手はとらまえることができません」

「さらには、わたしもかつてそうでしたが、老人の手は次第に退化するに及んでいます。以前は、文字を以前の姿に戻すことができたのですが、今はもう、できません。今のわたしは、こうして目の前にあらわれている文字をただ、片づけていくことしかできません。かつては、この文字たちとともに、わたしもともに文字であったことが、できたはずなのですが」と老人は言う。

「今でも、そう思っています」


「文字と語り合うことはできますか」と問うと、

「時として」と老人は言う。「時としてその語らいは好ましい」

「おじいさんが文字と語り合うことができるというのを、わたしも知っています。おじいさんは今でもとても、文字を大切にしています」と言う。

「それでも」と老人は言う。

「文字と語り合ったその言葉の響きは、今」

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