第9話 お揃いの衣装でダンスを踊りましょう
「ロアナさん、小包が届いていますよ」
ロアナが、王太子に二度目の嘆願書(抗議文)を送り、アレキサンダーの合宿訓練が終わった日。
近衛騎士団から連名でロアナの寮部屋へ小包が届けられた。
ロアナは、やはり王太子相手に抗議文はやりすぎたのかと、恐る恐るそれを受け取りメッセージカードを震えながら開いた。イザベラも一緒に震えながら、隣にいた。
‘’アレキサンダーをどうか見捨てないでやってほしい”
訓練所へ差し入れに行った日のことを丁寧に謝罪された上で、念を押すように言葉を何度も変えて、そう書かれていた。小包は、どこで知ったのか……いや、情報源は明確だったが、ロアナの好きなミルクティー用の高級茶葉だった。ロアナはさっきとは違う意味で震えた、一体自分の婿殿は近衛騎士団で何をし何を話したのかと震えた。そんなロアナの背中を労るように、イザベラは何度も優しく撫でて慰めた。
「きっとあのバカ、全力で惚気たんだわ……あれ、聞いてたら何でか泣けてくるのよね……」
そう小さく小さく呟きながら、ロアナに同情した。ロアナは最後まで震えながら手紙を読み終え、アレキサンダーからの事付が無いことを確認した。少しだけマシになった震えを気合いで抑え込み、一番知りたかったことが何も書かれていなかったことに眉を寄せた。
「婚約指輪、気が付かなかったのかしら……」
「バスケットまで家宝にしそうな男が、それは無いわ」
「それもそうね」
ロアナの杞憂を鼻で笑い飛ばしたイザベラに、ロアナもおかしそうに笑った。また会って直接確認すれば良い、そう軽く考えて、早速ミルクティーの準備に取り掛かったのだった。
しかし、ロアナがアレキサンダーに会う機会は巡って来なかった。
訓練が明けたということは、卒業試験が始まったのだ。
ロアナは次期伯爵としての威厳のため、アレキサンダーは近衛騎士団への入団を確固たるものとするため、それぞれ好成績を収める必要があった。そのため、クラスも違う二人は顔を合わせる暇も余裕も無く、あっという間に試験期間は過ぎていった。試験最終日の放課後は、隣国トレス共和国への渡航の準備のために王城へ呼び出され、そのまま翌日の出発まで城の近衛騎士団の寄宿舎に泊まり込むことになってしまった。結局、二人はアレキサンダーの帰国を待たなければ、話をすることができなくなってしまったのだ。
(まぁ、他のことを全て完璧に準備しておけば、卒業パーティーまでにもう一度くらい二人でデートできるわね)
(不純異性交友って、バレなれば良いんだよな……早く帰りてぇ)
ご覧の通り、ロアナがヤキモキすることはなく、アレキサンダーもアレキサンダーで職務に専念することで現実逃避を決め込んでいた。
そんな事情の中、アレキサンダーが隣国へ発ったその日に、成績上位者の一覧が貼り出された。
これに二人の名前を見つけて安堵したのは、ロアナだけではなかった。
アレキサンダーに憧れてロアナに嫉妬している女生徒たちが多いのは事実であるが、まるで物語のような二人の婚約と現状に憧れている女生徒たちも隠れているがかなりいたのだ。男子生徒たちもアレキサンダーのロアナへの接し方に触発され、自身の婚約者に積極的に気持ちを伝えるのが静かに流行っていた。良識のある生徒たちからは、応援されていたのだ。そのことに二人は、全然気が付いていなかった。しかし、それも仕方がないのかもしれない。アレキサンダーに至っては自分の成績を確認することもできずに王太子とともに隣国に旅立っており、ロアナは不在のアレキサンダーの分と合わせて卒業式と卒業パーティーの準備に忙しくしていたために、二人ともが忙しく他のことに気を回す余裕があまりなかった。
そんな中、注文していたアレキサンダーと合わせた衣装も出来上がったため、ロアナはそれに合うアクセサリーなどの小物を一から揃え、ヘアメイクまで完璧に打ち合わせも済ませていた。
あとはアレキサンダーが隣国から帰ってくるのを待つだけとなった。
※※
「王太子たちが、隣国から帰って来られなくなっているですって?」
帰国予定日にアレキサンダーを出迎えるため、伯爵邸に帰ってきていたロアナに王城から早馬が届いた。予定時刻を過ぎてもなかなか姿を見せないアレキサンダーに、ひょっとして何か事故に巻き込まれたのかと屋敷全体で心配し始めた時だった。
手紙の内容は内密にと前置きし、事の顛末が書かれていた。
二週間前、王太子一行は予定通り城を出発し、安全な旅程で三日かけて隣国へ無事に入国した。
そこから隣国の王女殿下の結婚式までは問題なく過ごし、無事に当日を迎えた。筆頭公爵家と次期女王である王女殿下の結婚式とあって、それは豪華絢爛な式であったという。若く美しい花嫁と花婿の弾けんばかり笑顔に、各国の列席者たちは皆幸せのお裾分けをいただいた気分で終始和やかな雰囲気だったという。
しかし、事件はその後の夜会で起こった。
『私、この方と結婚したいわぁ』
今回結婚したトレス共和国の優秀な王太女には、評判があまりよろしくない異母妹である第二王女がいた。これまたあまり評判のよろしくない国王の愛妾が産んだ娘であった。愛妾を溺愛していた愚鈍な国王は、この愛妾に瓜二つな娘を殊更に可愛がり甘やかした。
その結果、王女とは名ばかりの人前に出せるような教養も知識もない、幼子にすら常識が劣る我儘な王女に育ってしまった。成人して早々に継承権の放棄と臣籍降下が決定されたような人物だった。
ただ困ったことに容姿と悪知恵だけはすこぶる良かったため、嫁ぎ先は慎重に進められていた。下手に高位貴族に嫁がせて、嫁ぎ先を巻き込んで下剋上しないとも限らなかったからだ。そう皆が慎重になり過ぎた結果、まさかの一番の友好国を巻き込んで問題を勃発させたのだから、やり切れないものがあった。
『申し訳ないが、その者はすでに結婚している。我が国が、一夫一妻制なのは流石にご存知でしょう』
大人の対応をした王太子であったが、それでも妹姫はその者にしなだれかかるのをやめなかった。周りの者がどんなに諌めても離れようとはせずに、気にせず甘い猫撫で声で狙った男を誘惑し続けたのだという。
その相手というのが、アレキサンダーだった。
(あの人、どんだけモテるのよ)
ロアナは、もう手紙が嫌いになりそうだった。ここ最近、良い思い出が全く無い。こうなるのなら、アレキサンダーと文通すれば良かったと後悔した。
『あらぁ、知ってるわよ。でも、いわく付きの婚約からの結婚だったのでしょう?そんな奥さんより、私のほうがずっと美人で魅力的だと思うわぁ。そうでしょう?』
普通の常識のある人間ならば死んでも言わないようなことを、素晴らしい笑顔で王女殿下は自信満々に言い切ったのだという。だらしなく着崩したドレスから溢れそうな豊満な胸を押し当て、髪や化粧が乱れるのも気にせずアレキサンダーに猫のように纏わりつき体をくねらせていた。いくら絶世の美女と謳われようと、こうも痴態を晒しては、その魅力より顰蹙による嫌悪感の方が勝るというものだ。その軽蔑の視線を羨望のものだと思い込んだ彼女は、とうとうアレキサンダーに抱きつきキスまでねだろうとした。
『つまんない奥さんなんて、国ごと捨てちゃえば良いのよぉ。私のところに婿入りすれば、一生楽しく暮らせるわよぉ!』
「ダメダメダメダメ、それは言っちゃダメ。うちの婿の地雷、というか全方位的にダメな気がする……!!」
思わず、手紙に向かって必死で止める。しかし、これは事後報告である。
結果、アレキサンダーより先に王太子と他の近衛騎士たちが激怒してしまった。乱暴にその痴女をアレキサンダーから引き剥がすと、祝いの席を挨拶もなく退席した。
アレキサンダーは、その間近衛騎士らしく一言もしゃべる事はなく職務に専念していたが、途中我慢できなくなたのか、瞬きすら止めた死んだ瞳で遠くを見つめながら、ひたすら左手の薬指の指輪が見えるように左耳のピアスを撫で続けていたという。
「いや、こんな形で知りたくなかった」
どっちがサプライズか分かったものではない。
そして、そのまま予定を切り上げて皆が帰国しようとした結果、愛娘に泣きつかれた隣国の国王が飛んできて、必死に謝罪され引き留められた。
だが、強かにもアレキサンダーとの婚姻をどうにか進めようとしたため、王太子たちが怒髪天を衝き……今、隣国との友好条約を破棄する一歩手前で止まっているというのだ。(ちなみに、破棄を迫る場には、簀巻きにされた隣国の国王が床に転がされていたという)
まさに、国と国を揺るがす大事件だった。
国力はコードアート王国の方が上なので、隣国は失態を犯した本人たち以外の全員がこの事態に騒然となった。口説いた相手が悪かった。鬼神の如く戦場で戦い続けているジャックロード辺境伯の次男で王太子の幼馴染、しかも近衛騎士団でも目を掛けられている将来有望な国の未来を背負っていくであろう若者だったのだ。王太子じゃなかっただけマシか。そんなわけあるか。
お祝いムードから一点、城の中が喪に服したように静まり返ることになった。
聡明な王女は自分の結婚にケチをつけられた事に泣くのではなく、身内の恥を晴れの場で全世界の要人の前で晒したことで国の品位をどん底まで下げた事に泣いた。だからさっさと殺しておけば良かったのだ、と筆頭公爵家中心に愚鈍な国王を頑なに庇っていた宰相(愛妾の父親)を積年の恨みを乗せて殴り倒した。
その後、速やかに臨時貴族議会を開き満場一致で二人の廃嫡及び廃位を可決し、母親の愛妾とまとめて仲良く親子水入らずで北の海に沈めた。
その上で改めて王太女夫婦が正式に謝罪し、一週間後にこれまた速やかに戴冠式を行うというので、友好条約を結んでいる国々の要人はそれを見届けるまで滞在が延びたのだという。国王には迷惑していたが、次代の王太女が出す政策は周辺諸国にも金を産んでいたため、戦争を仕掛けて国を潰すよりも残すことをそれぞれが選択したらしい。
『卒業式には間に合うから心配しないでほしい』
「もはやそこの心配は秒で通り過ぎていたわよ」
手紙の最後にあったアレキサンダーの走り書きの一文に、そう呟いてからロアナは安堵の息を大きく吐いた。手紙を届けることができるというので、アレキサンダー宛に一言だけ書いて、王国の早馬に託したのだった。
‘’お揃いの衣装でダンスを踊りましょう”
それだけで、もう十分だった。
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