第3話 『役』

 その晩のナージャは、朝から炎を撒き散らし戦っていた。


 巨大な狼と火の海も、戦いが終わったあとも。

 気が立ってそうで近寄れなかった。


 だけど彼女は、


「やぁ、久しぶり」


 私に気付くとにっこり笑う。

 大丈夫だよ、と伝えるように。


「久しぶりって?」

「3日も見ないと、もう来ないかなって」


 まえから私が見る夢は場面をかい摘んでいた。

 同じ時間が流れてはいないらしい。


 それも新しい発見ではあるけども。

 大事なのはそこじゃない。



「それより聞いて! 大変なことが分かったんです!」






「つまり、私はレイナがやる舞台の登場人物?」

「私が見たところも脚本に載ってました! 間違いありません!」

「へぇー」


 ナージャの顔はいまいち信じていない感じ。


「じゃあレイナは、この先のことも全部知ってるの?」

「全部は、知りません。途中までしか書かれてないから」

「ふーん」

「あ、でも、次の街はアルデリっていうんでしょ? そこで一人暮らしのおばあさんと出会って、ちょっとした依頼をこなすことになります」

「覚えとこう」


 彼女は焚き火を起こす。

 木を並べて、火打石と火打金を


「あれ? 炎出さないんですか?」

「あぁ、あれは、気持ち? 情熱っていうのかな。そういうのが強くなったときに、文字どおり燃え上がるの」

「危険人物じゃないですか」

「燃やすよ?」


 そういえば脚本にも書いてあった。


 ナージャはフライパンを火にかけながら、



「レイナは情熱燃やしてる?」



 屈託なく笑う。

 それが私の心を刺した。






 翌朝の教室。


「朝練来なかったね」


 時間5分まえに現れた旭ちゃんが、心配そうに話し掛けてきた。


「具合悪い?」

「そんなんじゃないよ。脚本読んでたの」

「だったら来たらよかったのに。みんなもそうしてたよ」

「うーんとね」


 頭の中に、ナージャの笑顔がよぎる。


「私ね、最近は義務感でやってた」

「ん?」

「『脚本を読み込まなくちゃ』って、読み込むために読み込んでた」


 旭ちゃんの顔が心配から真剣に変わる。


「だから一人で、しっかり向き合って読みたかったの。みんながいると、『周囲ががんばってるからがんばる』『がんばってる自分を見せる』ってなっちゃう」


 炎が見える。


「脚本にも書いてあったでしょ。『ナージャの炎は情熱の表出』って。自分から、心の底から、素直に」


 途中からは半分独り言だったかも。

 でも彼女はにっこり笑った。


「じゃあ怜奈ちゃんはナージャ役を目指すんだね。情熱を燃やして」


「えっ?」


 なぜだろう。

 思いもしないことでびっくりした。

 思いもしていない自分にびっくりした。






「アルデリ、レイナの言うとおりだったよ」


 その日のナージャは、狭い宿でもうすぐ寝ようというところ。

 脚本にはないオフショット。


「それで、脚本の続きは出た?」

「まだです。気になるんですか?」

「当たりまえでしょ。魔王を倒せるかどうかが懸かってる」

「確かに。私も続きを知るの怖いな」

「だよね。私もレイナも、人生が懸かってる」

「私も?」


 私が抜けた声を出すと、ナージャも逆に目を丸くする。


「そうでしょ? レイナは劇をやるんでしょ? スカウトが見に来るんでしょ? 人生が変わるチャンス」

「そう、かも」


「オーディション、絶対勝ってよね」


「えっ」

「え、じゃないよ。私だって知らない人より、知ってるレイナに演じてほしい」

「そう、ですね」

「私を演じるなら、もっとフランクに」

「えー」


 昼間の驚きが分かった気がした。


 目の前にいるナージャは、脚本の中の英雄とは違う。

 今みたいに普通の同年代の感覚と性格を持って生きている。


 それを演じる。ナージャ

 その概念が私にはない。


 虚を突かれた気がして、


「そういえば、近いうちに魔王の襲撃があります、あるの。助かるけども大怪我します。気を付けて」

「気を付けて回避できるならいいけどね」


 誤魔化すうちに目が覚めた。

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2024年12月2日 12:12 毎日 12:12

舞台と私と炎とナージャ 辺理可付加 @chitose1129

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